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第13話 知ってる話とちょっと違う

 ミランダ・ソーンクラウン。

 悪役令嬢である彼女は、ヒロインであるクリスティーナを執拗に虐める。

 初めはクリスティーナが”透明”であり、劣等生だから。

 しかし、クリスティーナは攻略キャラクターと共に成長し、逆境を乗り越え、光属性に目覚める。

 その頃にはミランダとクリスティーナの立場が逆転しており、自棄になったミランダは、クリスティーナに決闘を挑む。

 それで、ミランダはクリスティーナとの決闘に敗れ、退学を余儀なくされるのだ。

 退学した後のミランダは、チェルンスター魔法学園を卒業できなかったということで、親に見捨てられ勘当されてしまう。

 まあ、ミランダは在学中に数々のやらかしがあり、都度、親にもみ消してもらっていた。

 それでも卒業できなかったのだから、一家の恥として勘当したくもなるだろう。

 それが、ミランダの”破滅”である。

 【恋と魔法のコンチェルン】でのミランダの役割はどのルートを通じてもほぼ同じである。


(破滅フラグ……、僕が折ったのでは?)


 フェリックスはふと思った。

 ミランダの破滅の始まりは、間違いなく、今である。

 それが無くなり、このままクリスティーナと良好な関係がきずけるのなら。

 ミランダはチェルンスター魔法学園を無事卒業し、幸せになるのではないだろうか。


(ただ、問題が一つある……)


 ミランダの悪評をクリスティーナが受け入れてくれるかだ。

 フェリックスは視線をミランダとクリスティーナから、彼女たちを見てヒソヒソと話している生徒たちに移した。


「プライドが高いミランダさんが、”透明”のクリスティーナさんを受け入れた……、ですって!?」

「しかも、面倒を見るらしいぞ」

「ミランダ先輩って……、この間の属性魔法の授業で、対戦相手にトラウマ植え付けたんだろ」

「ああ。その対戦相手、攻撃魔法を使うのが怖くなって、その授業を休んでるらしい」

「うわ、まじ?」

「クリスティーナって奴も、そうなっちゃうんじゃね?」


 彼らはクリスティーナに聞こえる声量で話している。

 きっと、ミランダと模擬決闘を行った、あの女生徒とつながりがあるグループなのだろう。

 明らかに、ミランダを嫌っている。


(あれ? おかしいな)


 だが、フェリックスは彼らの会話に首をひねる。

 内容が、フェリックスが知るものと異なっていたからである。


(ここで”血染めのミランダ”っていう二つ名が明かされて、悪役令嬢であることがプレイヤーに分かる展開になるんだけど)


 ミランダの数々のやらかし。

 一番は、授業でクラスメイトを殺害したことだろう。

 クラスメイトの返り血を浴び、恍惚な表情を浮かべていたことから、その二つ名が付いた。

 そんなことをしたら、普通なら退学ものだが、そこはミランダの父親が処理したんだと思う。


(でも、殺したなんて話……、出てこなかった)


 ミランダの噂話が、ゲームの物語と全く違う展開になっている。

 そのことについてフェリックスには心当たりがあった。

 赴任初日にリドリーの助手として参加した、三年A組の授業。

 あそこでフェリックスは、ミランダと対戦していた女生徒を救った。


(僕があそこにいなかったら、あの子は……、死んじゃってたの!?)


 あの時、フェリックスがミランダを突き飛ばしていなかったら。

 一歩、反応が遅れていたら。

 女生徒はミランダに殺されていた。

 フェリックスはその事実に気づき、血の気がすうっと引いてしまう。


(僕は気づかないうちにミランダの未来を変えていたんだ)


 それが再びゲームの物語から逸れた理由なのではないかとフェリックスは考える。

 また、物語を変えてしまったとフェリックスは思うも、今回はミランダのイメージアップにつながっている、善行だと自身に言い聞かせた。


「フェリックスさま」


 クリスティーナと握手を解いたミランダに声をかけられる。


「少し、お時間いいですか?」

「うん、いいけど」


 二人の間に割り込むという目的を果たしたフェリックスに、用事はない。

 フェリックスはミランダの提案を素直に受け入れた。


「話って、なに?」


 フェリックスはミランダに問う。

 ミランダはじっとフェリックスを見つめているものの、なかなか本題に入ってくれない。

 少しすると、ミランダがフェリックスの服を掴み、引っ張った。


「……内緒のお話なので、人がいないところで話したいですわ」

「っ!?」


 ミランダは顔を真っ赤にして、ぼそぼそとフェリックスだけに聞こえる小さな声で告げる。その恥じらう表情はフェリックスの心を鷲掴みにした。


「も、もちろん」


 フェリックスはミランダに引っ張られ、生徒がいない場所へ向かう。



(二人きりの話って何だろう……、てかっ! あの顔、可愛すぎなんだけど!!)


 フェリックスの思考は赤面して精一杯のおねだりをするミランダでいっぱいだった。

 ミランダが立ち止まった。

 ここには、フェリックスとミランダの二人だけ。


「それで、話っていうのは……」

「――ください」

「え?」

「頭を……、撫でてください」

「……は?」


 フェリックスの思考は停止した。

 正確には思考が吹っ飛び、頭が真っ白になった。

 ぽかんとしていると、ミランダが早口で目的を告げる。


「私、クリスティーナさんを優秀な魔術師に鍛え上げますから! ですからっ」


 ミランダはうつむき、フェリックスに頭頂部を向ける。


「褒めて……、欲しいんです。フェリックス先生に」

「……」


 フェリックスはポンとミランダの頭に手を置く。

 サラサラとしたプラチナブロンドの感触と、触れる度に髪に振りかけていた甘い香水の香りがこの場を包む。


(ミランダは……、本当は誰かに褒められたい子なんだ)


 ソーンクラウン公爵家では、たとえ学年で一番の成績をとっても、決闘で無敗だとしても、それが”当たり前”。

 厳格な家に育ったミランダは、自分の功績を家の者に褒められたことはない。

 だが、内心ミランダは誰かに自分の成果を褒めて欲しかったのだ。


「ミランダさん、僕の無茶な頼みを聞いてくれてありがとうございます」


 フェリックスは望み通り、ミランダを褒める。


「クリスティーナさんをお願いします」


 ミランダの頭を撫でていた手を解くと、彼女は顔を上げる。


「はいっ」


 ミランダはゲームでは見たことのない、年相応の満面の笑みを浮かべ、フェリックスの頼みを受け入れた。



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