「フリーズニードル」
決闘が始まってすぐに、ミランダは魔法で氷の針を生み出し、フェリックスに向けて放つ。
ミランダの作った氷の針は鋭く、素早い。
「ファイアオーラ」
フェリックスは防御魔法でミランダの攻撃を防ぐ。
炎の魔力を自身に纏わせる魔法。
フェリックスへ向けて放たれた氷の針は、彼の身体に刺さる寸前で溶け、水となって床に落ちた。
「ふーん、やりますわね」
「ミランダさんもね」
魔法を防がれたミランダは、フェリックスの実力に感心しているようだった。
ミランダは教師のフェリックス相手でも自身満々だ。
(ミランダは水と風の魔法を掛け合わせた氷魔法が得意)
模擬決闘では水魔法しか披露していなかったが、ミランダの得意魔法は氷だ。
大きな魔法元素は火・水・風・土の四つだが、それを掛け合わせて独自の魔法を生み出す術師もいる。ミランダもその一人だ。
(戦闘スタイルは攻撃的。威力は弱いけど、スピードがある)
フェリックスはミランダの攻撃魔法を防いでゆく。
ミランダの強みは放たれる魔法の速さである。彼女は威力を犠牲に素早さを求めた。
「なら、これはどうかしら!!」
ミランダの杖の先に、氷の魔力が集まる。
氷の針が十本に増え、それらがフェリックスに向って放たれる。
「効かないよ」
身体に炎の魔力を纏っているフェリックスにはミランダの氷の針は通用しない。
フェリックスの身体に刺さる前に、溶けてしまうから。
(溶けた氷の針は水となって床に落ちる)
ミランダは無駄だと分かっているのに、氷の針をフェリックスに向けて放っている。
これはフェリックスを油断させるためのミランダの策である。
ミランダは水と風を融合させた氷魔法が得意。彼女は水魔法と風魔法もある程度使えるのだ。
(初見では慌てちゃって、負けたこともあるけど――)
ゲーム内でのミランダとの決闘を思い出す。
当時、普通に勝てそうじゃんとフェリックスが油断した直後に、ミランダの秘策で逆転された苦い思い出がある。
(相手の出方さえ分かればっ!!)
ミランダの氷魔法が止まった。
直後、ミランダが企みの笑みを浮かべる。
「油断しましたね、フェリックス先生」
「……なんのことかな?」
「この勝負、私が勝たせてもらいますわ!」
ミランダが杖を天井へ上げる。
すると、フェリックスが溶かしていった水が一気に天井へ上がった。
「ウォータボールっ」
ミランダが高々と魔法を叫ぶ。
そして、杖を床へ振り落とした。
「レイン!」
これがミランダの秘儀。
風魔法で床の水滴を天井に上げ、水魔法で水滴を凝縮させ、殺傷力の高い水の粒がフェリックスに降り注ぐ。
氷魔法であればファイアオーラで解かせるが、水魔法となると効力が消えてしまう。
効力が消えれば、フェリックスの防御魔石が割れる。
ここで何もしなければ、フェリックスの負け。
ミランダは笑みを浮かべており、勝利を確信している。
(でも、勝つのは僕なんだけど)
フェリックスは杖を頭上に掲げる。
「ファイア」
魔力を杖に込める。
チャージをするには詠唱時間が足りない。
「バーストっ」
フェリックスは杖に込めた火の魔力を呪文にせず、暴発させた。
杖の先で暴発した魔力は、ミランダが作り出した水の粒を弾き飛ばす。
水の粒たちはジュワと音を立て、霧となってフェリックスの身を隠した。
「えっ!? 信じられませんわ」
勝利を確信したミランダは、フェリックスの行動に驚愕していた。
「どこ、どこですの!?」
一帯が霧に包まれ、ミランダはフェリックスの姿を見失い慌てている。
厳しい訓練を積んでいるミランダだが、しょせんは子供。
対戦相手が予想外の行動に出た時の対処はまだまだだ。
「ファイアボール」
フェリックスはミランダの死角から魔法を放った。
「きゃっ」
それはミランダに当たり、彼女の防御魔石がパリンっと割れる。
「勝負あり! 勝者、フェリックス・マクシミリアン!!」
濃い霧の中、審判のアルフォンスはミランダの防御魔石が割れたことに気づき、勝者の名を叫んだ。
フェリックスは杖を軽く振り、霧を風魔法で拡散させる。
「うそ……」
決闘に負けたミランダは、真っ青な顔でその場に座り込んでいた。
「僕の勝ちですね。ミランダさん」
「……」
フェリックスはミランダに手を差し伸べる。
ミランダはぼーっとした顔でフェリックスを見上げている。
フェリックスが差し出した手を取る様子もない。
「この私が……、負けるなんて」
ミランダはじっと、自分を負かした相手の笑顔を見ていた。
☆
「勝者、フェリックス・マクシミリアン」
ミランダの防御魔石が割れた。
(私、決闘に負けたの……?)
チェルンスター魔法学園に入学して以来、実技や決闘で負けたことがないのに、新任の教師に負けるなんて。
歴戦の魔術師ではなく、戦争に出たこともない、命のやり取りもしたことがない、魔法学校のぬるま湯につかっている教師に。
「僕の勝ちですね。ミランダさん」
敗北に絶望していると、ミランダを打ち負かしたフェリックスの声が頭上から聞こえる。
見上げると、ミランダに手を差し伸べているフェリックスの姿があった。
「あっ……」
ミランダは微笑みを浮かべているフェリックスの顔を見て、今までにない高揚感を覚えた。
ひょろっとした体型で、頼りない優男だと思っていたのに。
自分を打ち負かすほどの実力を秘めていたなんて。
「恰好いい」
ミランダから不意に言葉がこぼれた。
この高揚感は、きゅんとする胸の高鳴りは。
きっと――、恋だ。
ミランダはしばらくフェリックスから目が離せなかった。