フェリックスが放った魔法はミランダに当たり、彼女は吹き飛ばされた。
女生徒から少し離れたところで倒れている。
「大丈夫っ!?」
フェリックスはすぐに怯えている女生徒の傍へ駆けつける。
「うう……、せんせえっ!!」
優しい言葉をかけられた女生徒は、フェリックスを抱きしめ、大粒の涙を流した。
「うわーん! こわかったよおお!!」
女生徒が大泣きしているのは、きっと緊張の糸が切れたからだろう。
フェリックスは女生徒の肩をトントンと叩き、もう大丈夫だと安心させる。
「フェリックス先生!」
「リドリー先生。えっと……」
「話は後で聞きます」
遅れてリドリーもフェリックスたちの元へ駆けつける。
フェリックスはミランダに向けて魔法を放った。
教師が生徒に向かって魔法を使ったのだ。
威力は弱くしているものの、その行為についてリドリーはどう思っただろうか。
フェリックスはリドリーに事情を説明しようとするが、一蹴される。
その時のリドリーの表情は険しくなっており、後から怒られるだろうなとフェリックスは覚悟する。
「ミランダ・ソーンクラウン。立ちなさい」
リドリーは普段より厳格な声で、ミランダに告げる。
その声音は対話よりも命令に近い。
ミランダはゆっくりと立ち上がり、リドリーを睨む。
「フェリックス先生があなたに魔法を放った理由、理解していますよね」
「はい」
「ミランダ、あなたの模擬決闘は決着がついていました。防御魔石が破壊された後も戦いを続けるのは……、校則違反です」
リドリーは教師としてミランダに厳しく接する。
「はい。存じています」
「そして、あなたは防御魔石を装備していない。もし、それを胸ポケットに入れていたなら、魔法で突き飛ばされることなどなかったと思いますが」
「それも、存じています」
リドリーはあの一瞬でミランダの悪い点を二つ指摘した。
フェリックスは女生徒をなだめながら、リドリーとミランダのやりとりを見つめる。
ミランダは校則違反をしたことと、他の生徒が模擬決闘をしている間、防御魔石を胸ポケットから別の場所へ移したことを認める。
「ミランダ、優等生なあなたがなぜこのような愚行をしたのですか?」
「……」
「答えなさい」
ミランダが沈黙していると、リドリーが答えるよう強めに言う。
「この学校の実戦が生ぬるいからです」
ミランダが理由を告げる。
フェリックスはミランダが模擬決闘や決闘のシステムについてよく思っていないことは、知っていた。
防御魔石の装備を渋ったからではなく、ゲームで。
「チェルンスター魔法学校を卒業したら、一部の生徒は軍の魔術師になります。命がけの戦いをすることになるのです」
ミランダの主張は間違ってはいない。
近い将来、魔法学園の卒業生は軍の魔術師となり、戦地へ赴くことになる。防御魔石は装備するものの、守ってくれるのは一度きり。
実戦では、防御魔石などないものに等しい。
「防御魔石に頼った授業をしていたら、その子のように弱い生徒が生まれるだけです。弱い魔術師は戦場で一番に戦死します」
ミランダは実家で厳しい戦闘訓練を積んでいる。
そんなミランダからしたら、模擬決闘の授業などお遊びにしか過ぎない。彼女は魔法学校の現状が許せないのだ。
「……なるほど」
リドリーはミランダの主張を呑み込む。
「あなたは、チェルンスター魔法学校の授業方針に反対なわけですね」
「はい」
「だから、対戦相手に追い打ちをかけようとしたと」
「その通りです」
ミランダの主張を聞き、リドリーは腕を組み、悩んでいる。
新任のフェリックスでも、ミランダの問題を対話で解決するのは難しいと肌でわかる。
校則だの、学校で死者を出すような危険な授業は出来ないだの、理由を並べてもミランダは納得しない。
リドリーはどうやってこの場を収めるつもりなのか。
フェリックスは二人を見守る。
「あなたは実戦に近い形式、命のやり取りを重視した授業を求めているのですね」
「はい。リドリー先生」
「ですが、私はあなたの主張に反対です。授業でけが人、最悪は死者が出る可能性がある授業に変えろなど、許されるものではありません」
リドリーはきっぱりミランダの主張を否定した。
「意見が割れましたね……」
このフレーズ。
まさか――。
「ではあなたの主張とフェリックス先生の主張、どちらが正しいか……、決闘で決着を付けましょう」
「ええっ!? 僕??」
突然、フェリックスがミランダと決闘する形になり、声が出てしまった。
「ふーん。その決闘受けてたちますわ!!」
ミランダは決闘にノリ気である。
リドリーはフェリックスの方を見て、舌をちらっと出しながらあざとい表情を浮かべる。
「では、授業の内容を変更します」
リドリーは三年A組に指示を出す。
「ミランダ・ソーンクラウンとフェリックス・マクシミリアンの決闘を皆で観戦しましょう」
もう、断れる雰囲気ではなくなったフェリックスは、理不尽である気持ちをぐっと堪え、生徒たちと共に決闘場へ向かう。
☆
「勝手に決闘相手にしてしまってごめんなさい」
移動中、リドリーが小声でフェリックスに話しかけてきた。
「そうですよ。僕、びっくりしちゃいました」
「その……、私は教えるのは得意ですが、決闘は苦手でしてね。ミランダに負けると思ったので、副担任であるフェリックス君にお願いしたんです」
「はあ……」
そういう理由だったら仕方がない。
今回の決闘は絶対に負けられない。
もし、負けてしまったらミランダの主張が通ることとなり、模擬決闘の授業が地獄になるのはゆうに想像ができる。
(まあ、ミランダとも何度も決闘したことあるし……)
フェリックスの脳内ではミランダに勝つ方法はいくつか浮かんでいる。
イメージと実戦は違うだろうが、それでアルフォンスに勝てたのだからミランダの時も大丈夫だろう。
「……お願いします」
移動が終わり、フェリックス、リドリー、三年A組の皆が決闘場に入る。
「またお前か……」
「アルフォンス先生」
アルフォンスが先に待っていた。
「通信魔法で審判を務めてくれる先生を呼んだのです」
「なるほど」
通信魔法ってものがあるんだ。
フェリックスはアルフォンスが決闘場に現れたことより、遠くの人間と通信する手段があることの方に関心があった。
「アルフォンス先生、審判お願いします」
「それは構わないですけど、あいつと生徒の主張は?」
リドリーが耳打ちでアルフォンスに伝える。
決闘の状況を理解した、アルフォンスは呆れ顔から、真摯な表情に変わった。
「ふむ……」
アルフォンスはフェリックスを見た。
「教師として、絶対、負けるなよ」
この決闘はミランダの歪んだ正義を否定するためのもの。
教育者なら、この決闘に勝ち、生徒を正しき道へ導かないといけない。
「もちろんですよ。アルフォンス先輩」
「せん、ぱい……」
フェリックスはアルフォンスの励ましを受け、決闘場の中央に立つ。
(そう言えば、僕って、アルフォンスにとって初めての後輩になるのか)
先輩、という言葉でアルフォンスの表情が一瞬、緩んだように見えた。少し考えて、それは彼にとってフェリックスが初めての後輩だからということに気づく。
(それなら――、いやいやいや、今はミランダとの決闘に集中!!)
別の事を考えている余裕などない。
今は対峙しているミランダとの決闘に集中しないと。
「ただいまから、ミランダ・ソーンクラウンとフェリックス・マクシミリアンの決闘を開始する!」
発音がはっきりとしたアルフォンスの声が決闘場内に響いた。
「ミランダ・ソーンクラウン。貴殿が勝利した場合、模擬決闘を実戦に重きを置いた授業に変更する、その主張でよいな?」
「ええ」
「フェリックス・マクシミリアン。貴殿が勝利した場合、模擬決闘の授業変更はしない、その主張でよいな」
「はいっ」
互いの譲れない条件をアルフォンスが確認する。
「双方、防御魔石の装備を」
フェリックスはアルフォンスから防御魔石を受け取る。
「そんなもの、いらないわ」
ミランダは防御魔石の受け取りを拒否した。
「これは決闘の規則だ。守らない場合は、敗北とみなす」
「ちっ……、付けるだけでいいのね」
アルフォンスが決闘の敗北をちらつかせると、ミランダは舌打ちをしつつ、防御魔石を装備する。
「双方、杖を構えろ」
フェリックスとミランダは互いに杖の先を相手に向ける。
少しの沈黙が流れた後――。
「決闘……、はじめっ」
フェリックスの二度目の決闘が始まった。