フェリックスは思い出した。
【恋と魔法のコンチェルン】での役割を。
自身はどの類の”転生”をしたのかを。
ちょっと前に流行った攻略キャラクター転生ではなく、最近流行っている悪役貴族転生ではなく、その二つからちょっと外れた”モブキャラ転生”だった。
ゲームでのフェリックス・マクシミリアンはアルフォンスとの決闘に負け、雑用係になったことに対して因縁を持っているキャラクター。
アルフォンス編の中盤で不満が爆発し、彼に再び決闘を申し込み、敗北する。
アルフォンスが貴族優遇社会を嫌う理由をクリスティーナに語るシーンを作り出すためのキャラクターに過ぎない。
今まで思い出せなかった理由としては、フェリックスが寝ずに百時間詰め込みでゲームをしていたからだろう。
(あー、あー、なるほどね)
自身の役割を理解したフェリックスは、教壇に上がっただけで生徒たちの雑談が止まり、静かになるような、晴れやかな気持ちになる。
(転生してから今までは魔法学園の教師に赴任されるまでのフェリックスの物語。つまりは”外伝”ってわけだ)
モブキャラの外伝。
それがフェリックスの考えた、今までの出来事の落としどころ。
自分で考えついたけど、モブキャラの外伝って……。
ツボに入ったフェリックスは、声を殺し、表情に出さぬよう気を付けながら一人、心の中で笑っていた。
「――というわけで、明日から二学年の”属性魔法”が始まります。得意属性の判別が行われますので、気を引き締めて授業に挑んでください」
一人、物思いにふけっていたところで、リドリーの話が終わる。
「起立っ」
先ほどの男子生徒がクラス全員に号令をかける。
「礼」
「「ありがとうございました」」
クラス全員の声が重なり、フェリックスとリドリーに向けて一礼する。
「教室を出ますよ」
小さな声でリドリーに囁かれる。
フェリックスはリドリーの後ろに続いて、二年B組の教室を出た。
☆
「えーっと、僕は何をすればいいのでしょうか?」
二年B組の教室を出た後、フェリックスはリドリーの隣を歩きながら次の指示を待つ。
「校長からは、私の授業の補助をしながら仕事を覚えていきなさいと言われています」
「では、そのままリドリー先輩と共に行動する、ということでよろしいでしょうか」
「ええ。一限目の授業があるから――」
リドリーと話しながら廊下を歩いていると、数歩先にアルフォンスがいた。
アルフォンスはこちらに近づいてくる。
すれ違いそうだな。
フェリックスはすれ違ったさい、アルフォンスに軽く頭を下げたが、アルフォンスはそれを無視して通り過ぎる。
「あらら。君との決闘に負けたこと……、気にしてるみたいね」
「あはは……」
リドリーは一度振り返り、アルフォンスの姿が遠くなったことを確認してフェリックスに呟く。
この場の適切な回答が分からないフェリックスは苦笑で誤魔化す。
(アルフォンスってプライド高いしなあ……。僕が決闘に勝ったこと、絶対、根に持ってるよな)
現状、アルフォンスとの接触は避けたほうがいい。
フェリックスは直感的に理解した。
(でも……、これで良かったのかな)
アルフォンスとすれ違い、フェリックスは不安にかられる。
本来、フェリックスは決闘でアルフォンスに負け、雑用をすることになっていた。
ゲームのストーリーを一部変えてしまったことで、何かしらの悪影響が出ないかとフェリックスは危惧しているのだ。
「フェリックス君?」
「あっ……、すみません。ぼーっとしていました」
「赴任初日に色々ありましたからね。今回は大目に見ます」
「すみません」
フェリックスの中で不安が膨れ上がったせいで、リドリーの話を聞いていなかった。
そのことについて素直にリドリーに謝ると、彼女はにこりと微笑んだ。
「えっと、アルフォンス先輩との決闘のことについて考えていて……」
悩んでいても解決しないと分かったフェリックスは、リドリーに胸の内を明かすことにした。
「アルフォンス先輩の言い分も正しいと思うんです。実際、先輩はそうやって来たわけですし、新任でやって来た僕が違うことをしていたら不満に思うのも当然なわけで――」
「なるほど」
リドリーはフェリックスの言葉を飲み込んだのち、彼女の答えを告げる。
「フェリックス君。君は決闘の勝者です」
リドリーの話は続く。
「決闘でアルフォンス君は、フェリックス君の勝利条件を認めています。そのため、不満な態度を表に出すアルフォンス君が大人げないです」
リドリーはきっぱりと断言した。
フェリックスは正当な手法で副担任の座を勝ち取ったのだから気にしなくてもいい、と。
それよりもフェリックスに対するアルフォンスの態度が目に余るとも。
「ありがとうございます。おかげで気持ちが晴れました」
フェリックスは悩みを晴らしてくれたリドリーに感謝する。
リドリーがこう判断するのだ。
チェルンスター魔法学園の教師陣はフェリックスのことを肯定してくれている。
なら、フェリックスは二年B組の副担任として精いっぱいの事をやろう。
(どうせ、僕はモブなんだ! ちょっと立場が変わったくらいでクリスティーナに影響しないだろっ)
リドリーに相談したら、気持ちが前向きになってきた。
思い切って胸の内を明かして良かったとフェリックスは心底思った。
「着きましたよ」
リドリーが立ち止まる。
授業をする部屋へ着いたようだ。
「えっと、どのクラスの授業なんでしょうか?」
「三年A組です」
「A組っ!?」
「そんなに驚いてどうしました?」
「いえ、なんでもありません」
「そうですか……。魔法実践室に入りますよ」
リドリーの担当科目は”属性魔術”。
属性魔術は火・水・風・土の四属性の特性を理解し、自身の得意属性を伸ばしてゆく授業だ。
チェルンスター魔法学園において、基礎の部分にあたる。
今回の担当クラスは三年A組。
それを聞いてフェリックスは思わず声を上げてしまった。
三年A組には――。
「起立っ」
実戦室に入ると、透き通った女性の声が聞こえた。
この声、フェリックスはよく聞き慣れている。
教壇に立ち、フェリックスは号令をかけた女生徒に熱い視線を注ぐ。
彼女こそ、フェリックスが後にぶっ続けで百時間プレイするきっかけを作った、悪役令嬢のミランダ・ソーンクラウンその人なのだから。