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第3話 出勤初日から不穏です

 国立チェルンスター魔法学校。


 【恋と魔法のコンチェルン】の主人公、クリスティーナが編入する学校。

 つまりは乙女ゲームの舞台である。

 フェリックスはこの学校の教師として赴任し、本日が初出勤日なのだ。

 学園の校章がかたどられた金属製の校門、軽い運動をするためのグラウンドに魔法植物園、そして石造りの見慣れた校舎。すべてが乙女ゲームのスチルで見たままだ。


「ふわああ」


 フェリックスは大きな欠伸をする。

 昨夜は緊張して寝付けなく、朝、セラフィに叩き起こされたのだ。

 朝に弱いフェリックスのために、強引に起こしてくれているのだろうが、なんとかならないものか。


「ごきげんよう」

「おはようございます!」


 ぼーっと、今朝のことを思い出しながら校舎に向けて歩いていると、生徒たちに挨拶される。

 生徒たちが着ている白のラインが付いたえんじ色の制服も、ゲームの世界そのままだ。

 男子生徒は学ラン、女生徒はセーラー服のデザインになっており、学校指定の茶のバックと革靴のおかげで、統一感がある。


(僕、この学校の教師になるんだ)


 まさか、ゲームの世界で自分の夢が叶うとは。



 フェリックスは校内に入り、教員のバッチを付けた男性に声をかける。


「やあ、君がフェリックス・マクシミリアン……、だね?」

「はい。フェリックスです」


 職場の先輩にあたる男性に頭を下げる。


「よろしく。じゃあ、簡単に校内を案内するよ」

「お願いします」

「っていっても、君の母校だから関係者用の場所だけだけども」

「は、はい!!」


 先輩の言い様だと、フェリックスはチェルンスター魔法学校の卒業生らしい。

 だから地図を見ずとも、道を覚えていたのか。

 先輩の後ろを歩きながら、フェリックスは学校の内装を眺める。

 廊下、教室、図書館……、ゲームのスチルで見た光景が立体的に映っている。


(うわあ、本当にゲームの世界そのままだ)


「ここは――」


 先輩が丁寧に施設の説明をしてくれていたが、フェリックスはゲームの世界に自分が入ったのだと感激し、先輩の話が全く耳に入らない。


(でも……)


 ゲームの世界に入ったのだと実感した後、フェリックスの中に一つの疑問が浮かび上がる。


(あのゲームに”フェリックス・マクシミリアン”ってキャラクター……、いたっけ?)


 ここは【恋と魔法のコンチェルン】の世界。

 よくある転生ものでは、主要キャラクターに転生していたはず。

 その理論に基づくのであれば、フェリックスは攻略対象の誰かあるいは彼らに近しい存在ということになる。

 しかし、いくら考えてもフェリックス・マクシミリアンの存在を思い出せない。

 こんなイケメン、登場してたら記憶に残りそうなものなのに。


「これで施設の説明は以上です。職員の朝礼も始まりますし、職員室へ向かおうか」


 悩んでいる間に、施設の説明が終わる。

 その時には二人、職員室の前にいた。

 先輩がそうなるよう工夫して施設を案内してくれたのだろう。

 職員室のドアを開けると、皆、フェリックスたちを見る。


「丁度良かった。フェリックス君、こちらへ」


 壮年の男性がフェリックスを呼ぶ。


「はい、校長」


 フェリックスの口から自然と”校長”という言葉が出てきた。

 起立している教師たちの間を通り、校長の横に立つ。


「この者が、新任のフェリックス・マクシミリアンじゃ」

「今日から赴任します。フェリックス・マクシミリアンです! よろしくお願いします!!」

「うむ。よくぞ教師として学園に戻ってきてくれた。君なら生徒が望む道へ導けるじゃろう」


 校長の拍手に続いて、教師たちの拍手が続く。

 皆のフェリックスに対する評価が高い。

 この学校の元卒業生であること、当時のフェリックスが優等生だったことも関係しているのかもしれない。もしかしたら、生徒会に入っていたかも。


「フェリックス君には二年B組の副担任をしてもらう」


 校長から配属先を伝えられる。


(あっ、リドリー先生だ)


 二年B組の担任であるリドリーがこちらに小さく手を振っている。

 黒のスーツを着こなしたスレンダーな体系の女性だ。

 リドリーはゲームの主人公、クリスティーナの担任だからよく知っている。


(ってことは、クリスティーナのクラスを受け持つことになるのか)


 分からないことが多い中、副担任としてクリスティーナの傍にいられるのは幸運かもしれない。彼女の傍にいればゲームのイベントが起こり、フェリックスが何者なのか分かるきっかけになるから。


「期待に応えられるよう生徒の――」

「校長! 俺は認めません!!」


 フェリックスの発言に一人の若い教師が割り込む。

 眼鏡をかけ、切り揃えた黒髪を整髪料で固めた、真面目そうな男性。


(あ、アルフォンス!?)


 その男性はゲームの攻略対象の一人、アルフォンス。


「新任の教師は雑用から、というのが基本でしょう? マクシミリアン公爵家だからといって特別視するのは納得いきません!!」


 アルフォンスはフェリックスの配属先に文句があるらしい。

 特別な待遇を受けているのは、貴族だからではないかと勘繰っているのだ。

 アルフォンスは平民出の苦労人で、貴族優勢な社会を嫌っている。彼は正義感が強いため、この場で校長に文句を言うのは必然だ。


「君は知らないと思うが、フェリックスは在学時優秀な生徒での。雑用する必要がないのじゃよ」

「俺も一番の成績でこの学園の教師として赴任しましたが、一年間、先生方の雑用でしたよね?」

「新任の君と在校生のフェリックス君とでは――」

「それが”貴族優遇”ではないのですか?」

「むむ……」


 アルフォンスの隙のない発言に、校長は口をつぐむ。


「意見が割れましたね……」


 アルフォンスと校長の口論を収めたのは、リドリーだった。


「でしたら、チェルンスター魔法学園の伝統に則って……、決闘をするのはいかがでしょうか?」


 リドリーはニコリと微笑みながら、ゲームのシステムの一つだった”決闘”を提案する。

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