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第2話 ハイスペックで人生リスタート

「君……、だれ?」


 陽翔は自分を起こしてくれた赤毛の少女に問う。

 じっとこちらを嫌な顔で見ていた彼女に「はあ」とため息をつかれる。

 彼女は服の裾をつまみ、腰を落として陽翔に一礼する。


「メイドのセラフィです」

「そ、そう……」

「目が覚めたのでしたら、そちらのお召し物に着替えてください」

「うん、わかった」

「では、私はフェリックスさまの朝食をお持ちいたしますので――」


 赤毛の少女、セラフィはにっこりとした笑みを浮かべ。


「決して二度寝などなさらぬよう、お願いしますね」


 陽翔に用件を伝え、部屋を出て行った。

 セラフィの最後の言葉には静かな怒りが込められていた気がする。

 陽翔の背筋が凍る。


「豪華な部屋に”フェリックス”って名前……」


 ブツブツ独り言を呟きながら、陽翔はベッドから起き上がる。

 いつものように起きたつもりが、体勢を崩しカーペットへうつ伏せに転んでしまう。

 顔から転んでしまったため、とても痛い。

 うつ伏せの状態からゆっくりと起き上がってみるも、やはり違和感がある。

 陽翔はカーペットの床を見た後、天井を見上げた。そこで彼は確信する。

 違和感の正体は自分の背が急激に伸びていることだと。


「えっ!? 身長伸びた!? いやいやいや、僕、二十二歳だぞ。シークレットブーツ履かないとここまで伸びないだろ」


 現在、陽翔は裸足だ。それは足元を確認して分かっている。

 しかし、急激に身長が伸びるなど、成長期が終わった陽翔にとってありえないことだ。

 憶測だが元の身長より十センチ伸びている。


「まさか……」


 陽翔は鏡の方へ歩き出した。

 メイド付きの豪華な部屋、フェリックスという名前、急激に伸びた身長。

 すべての答えがそこにある。

 陽翔は鏡の前に立ち、自身の姿を映した。

 そこには平凡な容姿の朝比奈陽翔ではなく完璧な容姿の男性がいた。

 ふわっとした金髪を短く刈り込み、快晴の空のような碧眼の瞳は大きく、顔立ちは教科書で見た外国の彫刻の様で、目鼻口が黄金比で配置されている。

 上半身裸で下着のみ履いていたため、細身ながらも程よく筋肉がついているのがわかる。

 特に腹筋が六つに割れているなど、人生でなったことがない。


「これが……、僕!?」


 陽翔は鏡に映っている高身長・イケメンの男性が自身であることが信じられなかった。

 自分の顔や身体をぺたぺたと触り、やっと実体であることを理解する。


「もしかして、転生しちゃった!?」


 ヲタクであった陽翔は”転生もの”と言われるジャンルに触れており、それが自身に起こったのだろうと思うことで平静を保つ。

 別人に生まれ変わったということは、現世の朝比奈陽翔は死んだことになる。

 死因は不眠不休な上にエナジードリンクを五缶飲み干していたから、急性カフェイン中毒なんだろうけど。


「……フェリックスさま」


 朝食を乗せたワゴンカートを持ってきたセラフィが奇異な視線を陽翔に向けている。


「あ、はいっ! すぐに着替えます」


 陽翔は急いで用意された服を着る。

 ズボンを履き、白いシャツと上着を羽織る。布地の肌触りと着心地がいつも身に着けているものと全く違う。すべてが高級品なのだろうと深く考えないようにした。


「どうぞ、お召し上がりください」


 陽翔が着替えている間、セラフィがテーブルに朝食を並べてくれていた。

 陽翔は席に着き、それらを食べる。

 ナイフとフォークの食事など、ファミリーレストランでしかしたことがなかったが、テーブルマナーなどは自然と身に付いているようで、身体が勝手に動いた。


「時間がありませんので、本日のご予定をここでお伝えします」


 陽翔が朝食を食べている間、セラフィは淡々と”フェリックス”がやるべき予定を話す。

 いや、もう自分は”フェリックス”に転生したのだ。朝比奈陽翔ではなく、フェリックスとして生きよう。

 食事中、そう決意したフェリックスはセラフィの話を聞きつつ、自分の立場を知る。

 まず、自分のフルネームはフェリックス・マクシミリアン。

 マクシミリアン公爵家の長男で次期後継者。

 魔法が優れている家系で、フェリックスもその才能があるとか。

 当主である父親と母親は父の職場であるコルン城から近い屋敷で暮らしている。

 息子のフェリックスは自治領の屋敷で独り暮らし。

 今日はコルン城にて開催されるパーティに参加するため、支度を急いでいるのだ。

 マクシミリアン公爵領からコルン城までは移動で一週間かかり、今日の朝に出発しないとパーティに間に合わないらしい。


(予定の時間ギリギリだからセラフィが怒ってるわけか)


 食事を終えた頃には自分の立場を把握し、自身の予定を理解した。


「屋敷の外に馬車を待たせています。荷物はもう入れましたので急いでください」

「うん。いつもありがとう。セラフィ」

「い、いえ……、私はフェリックスさまのメイドとして当然のことを――」


 お礼を言うと、真顔だったセラフィの頬がほんのり赤くなっている。

 段々と声が小さくなってゆき、ぼそぼそと早口になっていた。

 前世で直近まで乙女ゲームをプレイしていたフェリックスは、セラフィの反応を見てニヤリと口元をゆるめた。


(この反応……、セラフィって僕のこと好きだろ)


 前の平凡な容姿だったら自意識過剰と思われたかもしれない。

 でも、今の完璧な容姿であれば、それだけで意識してしまう女性は多いだろう。ちょっと優しく振舞えばモテるに違いない。


「じゃあ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ、フェリックスさま」


 屋敷を出たフェリックスはとめている馬車に乗り、コルン城を目指す。



 馬車に長時間揺られ、途中、ホテルに泊まるという生活を続け一週間。


「父上、母上、お久しぶりです」


 フェリックスは両親が住んでいる屋敷に着き、そこで用意してもらった礼服に着替える。

 黒のタキシード、胸元のポケットには赤色のハンカチがワンポイントで見えている。


「フェリックス、久しいな。もう二十三歳になるのか」

「あなた、子供の成長はあっという間ですわね」


 フェリックスの父親と母親は二人とも柔和な雰囲気を醸し出した、熟年夫婦。

 フェリックスの髪色は父親、瞳と完璧な容姿は母親から受け継いだみたいだ。


「今日の集まりはマクシミリアン公爵家として、重要な意味合いを持つ。決して粗相のないように」

「はい、父上」


 コルン城へ向かう馬車に乗るなり、優しい雰囲気を醸し出していた父親の態度が一変した。

 冷たい口調になり、笑みを浮かべていた口元はキュッと引き締まる。

 フェリックスは父親の変わりようを見て、彼は公私をはっきり分ける人間なのだと理解した。

 対する母はコルン城で友達の貴族とお話ができると浮かれている。

 言葉をかけるのはフェリックスではなく、母親の方ではないだろうか。

 少しして、コルン城に着く。

 門番に招待状を見せ、フェリックスと両親は城内の会場へ入った。

 招待客がまばらにいて、開始時間よりも少し早く来たのだということがわかる。

 ここからぞろぞろと招待客が集まり、賑やかになってゆくのだろう。


「挨拶に行ってくる。お前は好きにしていろ」

「私は向こうでお話しているわね」


 父親と母親はそれぞれ別の用事へ向かってしまった。

 父親は仕事仲間、要人への挨拶回り。

 母親は友人とのお喋りへ。


「……ちょっと離れるかな」


 一人になったフェリックスは、誰かに声をかけられる前に会場の隅へ移動し、周りの様子を眺めていた。


「よっ、フェリックス君」

「わっ」


 開始時間までひっそりとしていようと思ったが、一人の小柄な女性がフェリックスに声をかけてきた。

 海のような深い青の髪を短く切り、毛先がふわっとした髪型をしている、くりっとした小動物のような黒い瞳でフェリックスを見上げている。

 可愛らしい女性に声をかけられたが、フェリックスの視線は彼女の豊満な胸元に集中していた。

 フェリックスの視線に気づいたのか、女性はレースのショールでさっと胸元を隠す。

 ただ、女性が動くと、食べ物が腐ったような臭いと甘ったるい香水の匂いが混ざった強烈な香りが、フェリックスの鼻孔に届く。

 女性の体臭を指摘できないフェリックスは、その臭いに耐えながら会話を続ける。


「えーっと……」

「嫌だなあ、この間までクラスメイトだったミカエラちゃんのこと、忘れちゃったの?」

「あ、ああ! ミカエラ。卒業式ぶりだね」


 声をかけてきた可愛らしい小柄な女性はミカエラ。

 どうやらフェリックスが通っていた学校の元クラスメイトのようだ。

 自ら名前を名乗ってくれて助かったと、フェリックスは内心ほっとしていた。

 それらしい言葉をかけるとミカエラは白い歯を見せて元気な笑みをフェリックスに見せる。


「フェリックス君はあたしと同じ、王宮魔術師に進むと思ったのになあ」


 ミカエラはフェリックスの隣に立ち、唇を尖らせながら呟く。


「教師の道に進むなんて思ってなかったよ」

「教師……」


 ミカエラの言葉で、フェリックスは教師の道に進んだことを知る。

 転生前の自分も教師の道に進もうとしていた。それがフェリックスにも影響したのかもしれない。

 ボソッと自分の進路を口にすると、ミカエラが深いため息をつく。


「あたしは……、フェリックス君と一緒に仕事したかったよ」


 ミカエラの発言にフェリックスはぎょっとする。


(これは……、脈あり発言では!?)


 フェリックスはミカエラの発言で確信した。

 この子、自分に好意を抱いていると。


「あたし、先生に挨拶に行ってこなきゃ……。またね!」


 照れ隠しなのか、ミカエラは足早にフェリックスから離れてゆく。


「……そろそろ、始まるかな」


 ミカエラと雑談している間に、招待客が揃ったようだ。

 少し待つと、主賓である派手なドレスを着た色気のある女性が現れる。


「え、あの人……」


 見覚えがある。

 いや、あのゲームは中世っぽい世界観だったから似た人がいてもおかしくは――。


「女王イザベラ様だ」


 傍にいた招待客の一言で、フェリックスの杞憂が打ち砕かれる。

 女王イザベラ。【恋と魔法のコンチェルン】に登場する悪女の一人。

イザベラは己の野心のため、先王と自身の息子を毒殺し、女王に成り上がったことを主人公たちに暴かれ、王座から失脚する運命にある。

 「乾杯」とグラスを掲げるイザベラは、ゲームに登場するその人とそっくりだ。

 フェリックスの脳裏に一つの可能性が浮かんだが、まだ確証は持てないと首をぶんぶんと横に振る。


「あら、マクシミリアン公爵のせがれかえ?」

「っ!?」


 父親が言った『決して粗相がないように』を守るため、フェリックスは招待客との接触を最低限に収めていた。

 一人の招待客と会話が弾んでいたところで、色っぽい声が後方から聞こえた。

 振り返ると、妖艶な笑みを浮かべたイザベラがいた。

 近くで見ると、ロングのふんわりとした金髪に切れ目な碧眼の長身な美女であること、豊満な胸元、腰のくびれ、丸みのあるヒップをワインレッドの派手なドレスで包み込んでいて、とてもセクシーだとフェリックスは感じた。


「い、イザベラ様! 素敵な集まりに招待して頂き、ありがとうごふぁい――」


 イザベラを間の前に緊張したフェリックスは言葉を噛んでしまった。

 女王の前で言葉を噛んでしまったと、フェリックスが後悔しているとイザベラはフェリックスの顔を見てくすっと笑った。


「可愛らしい坊やだこと」


 イザベラの指先がフェリックスの顎へ伸びる。


「先王の甥。これからも仲良くしてね」

「は、はい! もちろんです!!」


 イザベラの言動と行動でフェリックスの心臓がドクドクと高鳴る。

 これは先王もたじたじだったろうなあとフェリックスは思った。

 指先が離れると、イザベラは別の場所へ移動する。彼女の後ろには臣下や会話したい貴族たちがぞろぞろと続いていた。



 貴族の集まりを終えたフェリックスは、家族が住む屋敷に帰り、一泊。

 その後、一週間かけてマクシミリアン公爵領へ帰ってきた。


「はああああ、疲れたああああ」


 実家へ帰ってきたフェリックスは疲労を吐き出した。

 貴族の集まりでは体臭がきつい同級生のミカエラに話しかけられ、女王イザベラに翻弄された。

 あの日を思い出すだけで、また疲れてしまう。


「でもでも、明日は僕の初出勤日!」

「そうですよ、フェリックスさま。忘れ物が無いよう支度してください」

「うん」


 実家へ帰ってきてすぐにフェリックスは明日の用意に追われていた。

 セラフィと共に必要なものをトランクに詰める。


「明日から”国立チェルンスター魔法学園”の教師になるのですから」


 実家に帰り、フェリックスは確信した。

 自分は乙女ゲーム【恋と魔法のコンチェルン】の世界に転生したのだと。

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