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第5話

 氷室先輩についての疑問は尽きることはない。

 なぜ猫になるのか? という根本的な疑問もあるし、猫になった氷室先輩がウチに真っ直ぐやってくるのも不思議だ。僕が知る限り、この間のイレギュラーを除けば土日にしか猫にならないというのも、とても都合がいい。良すぎるぐらいだ。


 そんな山積みの疑問が今まで氷室先輩と一緒にいる中で、話題にならなかったわけじゃない。ただ、氷室先輩はあまり猫の間のことを話したがらないし、僕がいることに安心しきっている様子だったので、あえて考えてこなかった。

 だけど、もうそのことを、本気で考えなきゃいけない時期なのかもしれない。

 理科部をさぼり、帰路につきながらそんなことを考える。


 だからそれは偶然だった。

 駅近くのファーストフードに入っていく、氷室先輩の彼氏を見たのは。

 自分の中の感情が、グラリと揺れるのを感じた。それは激しく強く、僕をなにかに駆りたてようとする。

 今すぐに、あの氷室先輩の彼氏のところへ行って、

「ふざけんな。お前なんか氷室先輩のことなにも知らないくせに! とっとと別れろ!!」

 と叫んでやりたい。叫んでやりたいけど、……できない。そんなことをしても意味がない。逆に氷室先輩が、僕を避けるようになるのは目に見えている。それぐらいのことは、まだ僕にも冷静に判断できる。


 でも、そんな判断をできてしまう自分が嫌だった。

 渾身の力をこめて、その場を離れる。駅の改札を通り、電車に乗るとようやく落ち着いた。

 氷室先輩の彼氏のことは、ここ数日で少しだけ調べた。名前は有沢悠。高等部の一年で、理科部。氷室先輩との接点は言うまでもない。

 中等部と高等部の部活は、基本的に分けられている。だけど、僕が来るまで事実上一人だった氷室先輩なら、高等部の見学とか接点はいくらでもあっただろう。

 勉強もスポーツも並。大人しそうな顔立ちで、事実、目立つタイプじゃないらしい。そんなヤツが、変わり者で通っている氷室先輩を好きにならなくたって、いいじゃないかと思う。


 そしてすぐに思い直す。自分だってそうだろ? と。

 堂々巡りだった。いくら考えたところで、なにも結論が出ない。科学と同じだ。時に実験でしか得られないデータがある。成果がある。発見がある。それが例え、自分の予測に反していても、考えに反していても、研究者は発見自体を喜べる。

 では、僕はどうだろうか?

 その時には僕はもう決めていた。氷室先輩に問いかけようと。

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