目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第3話

 猫の後の月曜日に氷室先輩と会うときは、いつも緊張する。

 気恥ずかしいというか、気まずいというか。

 氷室先輩にとって、猫姿というのが恥ずかしいものなのか、それとも記憶にもあまり残っていないから、忘れたいと思っていることなのかわからない。ただ、好んで話題にはしたくなさそうだな、という印象は受けている。

 放課後になり、理科室に行くと教室の中は薄暗く、誰もいなかった。たいていの場合、氷室先輩が先にやって来ているのに。


「ホームルームでも長引いてんのかな」

 僕は明かりをつけ、一人で実験をする気にもならず、窓際のイスにすわった。

 ここからはグラウンドは見えないが、サッカー部か野球部あたりが、練習で声を張り上げているのは聞こえた。

 放課後は人気のない場所ということもあり、近くでは足音もしない。高等部に比べて、中等部は人数は少ないとはいえ、四〇〇人近くはいるはずだ。それなのに人が来ないというのも、不思議な感じがする。


 そんなことをぼんやりと考えていたら、携帯電話のメールの着信音が鳴った。

 氷室先輩からだ。

『ごめんなさい。部活出られなくなった』

 一行、そう書かれていた。

 なんだよ、それ。

 理不尽だと思っても、いらついた。他の人は無断でさぼっているし、氷室先輩がいるかいないかは、部活動には正直あまり影響はしない。理屈ではそうだ。そうだけど……。

 拳を握りしめる。なんだか、やるせない。なにがやるせないのかすらわからないけれど。

 握った拳をほどいて、大きく息をする。ほこり臭かったけど、かまわない。


 鞄を持って、理科室を出た。大股に早足で校舎を出る。強い日差しに目を細める。梅雨に入ってから、久しぶりの晴れだけれど、もうすぐ夏を感じさせる暑さだった。

 駅に向かって歩いていると、段々と落ち着いてきた。氷室先輩だって、なにか理由があって部活を休んだのだろう。昨日の雨で風邪気味なのかもしれない。それなら、メールに書いてくれてもよさそうなものだけれど、もともと無精の氷室先輩にそれを望むのは贅沢というものだ。

 駅の改札まで来て、定期券で中に入ろうとしたら、道路を挟んだ反対側になにかを見た気がした。


 後ろの人に迷惑そうにされながら、僕は改札の脇にそれて、確認した。

 やっぱり氷室先輩だ。声をかけようとして、言葉を口の中に押しとどめる。 隣に、高等部の制服を着た男が歩いていた。目立つ感じではないけど、人の良さそうな笑顔を浮かべた男だった。氷室先輩も楽しそうに笑っていた。

 氷室先輩に兄がいるという話を聞いたことはない。従兄弟、又従兄弟、その他親類縁者とか色々な可能性を考えて、最初の兄以外の可能性はみんな一緒だと気づいた。

 一緒だと思う自分に気づいた、というほうが正しいかもしれない。

 つまり、僕は氷室先輩を好きだっていうことだ。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?