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―第六十八章 次の戦いへ―

「魔獣が押し寄せてるって……どういうことだよ、スーロ⁉」


 ある程度怪我が回復した拓真は、突然現れた三大精霊の一人、スーロに詰め寄る。スーロは困ったように眉根を下げつつ、縋るように拓真を見上げた。


『ことばのとおりだよ。たくまたちがここでたたかっているあいだ、あいつがおうとにいったんだ』

「あいつって、まさか……!」


 スーロの指す“あいつ“とは、アキヒトのことだろう。胸の奥がざわめき、拓真はミルフェムトへと振り向く。


「王都は今、誰が守っているんだ⁉」

「オークスと、残った剣術協会の者に守りを任せてきたが……その者は?」

『うたがいたいきもちもわかるけど、ぼくがここにきて、うそをつくりゆうはないよ』


 スーロの言葉に、拓真も頷く。


「この人は三大精霊のスーロ。伝承に語り継がれている名前なんだろ? 俺も助けてもらったことがあるから、信じていい」


 以前聞いたことをそのまま口にすると、辺りは騒然とする。スーロは、どことなく誇らしげに胸を張ったが、すぐに指を王都の方へと向けた。


『こうしているあいだも、たみはくるしんでいる! ぼくがおくってあげるから、はやくいって!』


 スーロは地面に手のひらを向け、水をすくいあげるような動作をしてみせる。すると、優しく渦巻く風が現れ、拓真の前髪を揺らした。


『これにのって! おうとのすぐちかくに、おくってあげる!』

「大精霊スーロ様、お力添えいただき感謝いたします」


 スーロへ一礼をすると、ミルフェムトは拓真へと向き直る。


「ガルトール公との戦いが終わり、一息つく間も無くといったところだが……再び力を貸してもらえないか」

「もちろん、俺も行くつもりだったよ。話を聞くに、王都を襲撃したのはエルヴァントの支配者、アキヒトだ」


 自然と刀の鞘を握る手に、力が入る。


「俺はそいつに、用がある」


 倒さなくてはならない相手。倒すべき相手。一度は負けた相手。アキヒトに対しての思いが重なり、頭の奥が燃えるように熱くなる。それが他者から見て、どう見えるかも知らずに。

 その様子を見て、ミルフェムトは拓真の胸に、そっと手を置いた。


「深く息を吐け」

「……え?」

「いいから吐け」


 トン、と胸を軽く押され、拓真はさほど乗り気でもない深呼吸をする。頭の奥はまだ燃えている感覚はあったが、少しずつ炎の揺らめきは落ち着いていくような感覚がした。


「使命感に燃えるのはけっこうなことだが……道を見失うなよ」


 ハッと拓真が短く息を吸うと、ミルフェムトは薄く微笑む。


「頼りにしているぞ、道端の英雄殿」


 そして、一番に風の中へと入っていった。続いてロダン、アルバが入る。


「先に行って私は城へ戻る。ロザリンはタクマたちと共に、民を王都の外へ避難させるのだ。その後の指示は、落ち着いてから出す」


 スーロはミルフェムトたちに向けて、ふう、と唇を尖らせ、細く長い息を吐いた。きらめきを纏ったその息はひゅるひゅると鳴る風となり、ミルフェムトたちを囲っていく。ふわりと浮いたかと思うと、ミルフェムトたちは一瞬にして消えてしまった。


『さあ、つぎはきみたちだよ』


 誰もいなくなった渦巻く風の中に、そっとタクマは足を踏み入れる。そこへ仲間たちも入ると、どこからか丸い身体を揺らしてポムと息を切らしたアクロが入ってきた。


「おまえたち! 一体どこにいたんだい?」

「すみません、ランディさん……ポムがすっかり怯えちまったもんで、瓦礫の影に……」

「今度は逃げないです! 一緒に戦わせてくださいー!」


 そういう二人に頷き、拓真はスーロに頼む、とだけ告げた。


『……タクマ。たたかいは、たくさんつづく。きみがガルトールをたおし、すこしだけせかいにまりょくがかえったから、ぼくらもちょっとだけちからをとりもどした。それでも、あいつはまだつよい』


 スーロは悲しむような顔を見せたが、首を横に振る。至極真剣な表情で見つめられ、拓真も背筋を伸ばして正面に立った。


『きみのちからは、まだふかんぜん。きみもまだつよくなるけど……ちからに、のまれないようにね』

「ああ……俺はあいつとは違うからな。そんなことにはならないさ」


 拓真の返答に、ロザリンはどこか不安を覚えた。幾日か前の夜、拓真は一緒に戦うことを約束してくれた。だが、倒すべき相手の話題となると、どうにも拓真は様子が変わるような気がする。それを言うべきか、言わないべきか。短い問答の末、胸元を抑えたロザリンは言葉を飲みこみ、拓真を見つめる。

 拓真は、スーロの後ろに控えている人物に視線を向けていた。


「あれ……コウテツは一緒に来ないのか?」


 先ほどまでロザリンと行動を共にしていたコウテツは、スーロのすぐそばにいた。拓真の問いに対し、コウテツは深々と頷く。


「ワシはオルポス諸島へ帰してもらうことにするよ。ただ事じゃないことが起きているのは、ワシもわかっとる。だから、ワシの主君に助けを頼めないかと思ってな」

「そうか……それはありがたい話だけど、諸島の方は大丈夫なのか?」


 拓真の問いは、スーロへと向けられていた。


『いまはまだ、ってところだね。でも、おそわれるのもじかんのもんだいだとおもう』

「それなら急いだほうがいいな。諸島の人たちに、警告もしないと」

「ワシもそうしようと思っとるよ。まあ、ワシの主君のことだ。ある程度の準備はしているだろうが……とにかく、もう行け。そう遠くないうちに、また会おう」


 コウテツが一歩下がるのを合図とし、スーロは再び細く長い息を吹きかけた。きらめきを乗せた風が辺りを囲み、拓真たちを宙へと浮かばせる。


『わがままにつきあわせて、ごめんね。でも、えらばれしたましいである、きみにしかできないことなんだ。どうか、かれをとめて……』


 その言葉に頷く前に、拓真の視界は瞬時に切り替わった。

 戦いの跡地となった村から、崩れ行く王都へと。

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