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―六十七章 父娘―

 崩れ落ちた腐肉は、少しずつ細かな光となって、夜が明けた空へ向かって消えていく。拓真とランディからの攻撃を受けたガルトールは仰向けになって倒れ、光が行く先を見つめていた。


「力が……アキヒト様から授かった……力……が……」


 うわ言のように呟くガルトールの傍に、ランディは跪いた。横目でランディを見るが、ガルトールはそっと視線を外し、顔を背けた。それでもランディは、じっとガルトールを見つめている。


「いかがでしたか、父上。私の剣は」


 ランディの言葉に、ガルトールは何も答えない。追い払おうと腕を上げようとしているが、力が入らないのか身じろぐだけになっている。

 そんなガルトールの手を、ランディは優しくすくいあげた。


「触るな、忌み子め!」


 声だけは抵抗しようと、ガルトールの語気は強い。それでもランディは、ガルトールの皺だらけになり、何も握れなくなったその手を両手で包み込んだ。


「最期だけでも、親子でいさせてください」

「何が最期だ。今に見ていろ、私はその男を殺して、アキヒト様の元へ……」


 顔だけを上げて、ガルトールはランディの後ろに立つ拓真を見た。その時に違和感に気付き、視線は自らの下半身へと向く。


「あぁ……」


 膝から下が、光となって消えていっているのだ。ガルトールの身体は消えつつあり、命が終わろうとしているのだった。


「嘘だ……私はまだ、戦える……私は……」

「終わりです」


 そうは言われても、諦めきれないとばかりに、ガルトールは奥歯を噛む。だが、身体を満足に動かせないことを悟り、ガルトールは再び空を見上げるだけとなった。


「……終わり、なんです」


 ガルトールの身体はどんどん光になっていき、ランディの手に包まれている手も徐々に光となって消えていった。オーマもそっと歩み寄り、ランディの隣に膝をつく。自らの子が揃うのを見て、ガルトールはぽつりと呟いた。


「……その昔、ガリオン家の当主は女性だった」


 ランディはピクリと肩を動かす。だが父の言葉を、そのまま続けさせた。


「ガリオン家がなぜ、男児にこだわるようになったと思う? それは守るべき民と距離が近かった女性当主が、民に辱められたことがきっかけとなったのだ」


 誰も、何も言わない。


「騎士が民を守る? だが守った民は、我らに何を返す? 誇りと親愛を汚されたガリオン家は、二度と同じことは許すまいと男児を当主に置き、そして民らの支配を望んだ。王都は我らを守らず、民に裁きもくだらなかったと聞く」


 ミルフェムトは、申し訳なさそうに目を瞑る。


「私も存じない真実だ。……かつての王族がそれらの記録を残さなかったのは、非難されることをわかってのことだろう。今さら詫び入ったところでどうしようもないが、せめて私の代で記録を残そう」

「ふん……もう、どうでもよい」


 ガルトールの四肢は光に消え、胴体と頭のみになった。その目も、だんだんと虚ろになっていく。


「ああ……なんと……なんと哀れな、私の人生よ……騎士としての栄華を再生させることなく、終わるとは……」

「……哀れなんかじゃ、ないだろ」


 後方で話を聞いていた拓真が、掠れた声で言う。疲労が溜まり、傷ついた身体を引きずって前へ出ると、拓真は言葉を続けた。


「あんたは許されないことをした。それでも、こうして見送ってくれる家族がいるんだ……何を哀れむことがある?」


 その言葉に、ガルトールは重たいため息を返した。


「最期を看取られたから、なんだというのだ。私は、家を残すことができなかったのだ。せっかく……仕えるべき主を、見つけられたというのに……」

「家は残らずとも、剣は残っています」


 そう言って、ランディは自らの細剣を見せた。ガルトールは鼻で笑ったが、ランディは退かなかった。


「あなたに憧れて追い始めた私の剣は、まごうことなくガリオン家の剣でしょう」

「ふん、あれでよくガリオン家の剣だと言えたものだ。お前のスペシャルスキルは手数に頼り、細剣の一番の強みであるしなやかさを失っている。軽やかさを優先しての技なのだろうが、それではその場に留まる重鎧を纏った相手をとると……」


 少々喋りすぎたことに気付き、ガルトールは口を噤む。身体はもう、鎖骨から上しか残っていない。

 いよいよ最期の時が近いと悟り、ランディは改めて背筋を伸ばした。父からの罵倒のような言葉も、ランディには助言にしか聞こえず、そのせいで胸が震えていた。


「……ありがとうございます、父上」

「……せいぜい足掻くがいい。お前が剣を持つことに、意味がないことを知る日まで……」


 その言葉と共に、ガルトールは全てが光となって消えていった。空へと昇っていく光は、朝日にきらめいて、そして潰えた。


「父上……」


 立ち上がったランディは、ガルトールが消えた先をじっと見つめていた。少しの間見つめて、それから目を瞑り、一筋だけ頬を濡らした。


「大丈……わっ」


 心配そうにランディに歩み寄った拓真だったが、ガルトールを倒したことで力抜けたのか、つまずいて前のめりに倒れていく。それをランディとオーマが左右から支え、拓真はなんとか倒れずに済んだ。その場に三人で座り込み、互いに顔を見合わせ、深く息を吐く。


「僕の心配より、自分の心配をした方がいいんじゃないかな?」

「ててて……ランディ、そこ切れてるとこだから抑えないで……」

「タクマさん、ひどい怪我ですね……すみません、どなたか治療をお願いできませんか」


 オーマの声でジオが寄り、回復魔法をかけてくれる。少しずつ癒えていく身体を見つつ、拓真はランディを見やった。


「……なあ、ランディ」

「なんだい?」


 口を出すべきか、出さないべきか。何度か自問自答を繰り返しつつも、拓真は言うべきだと、口を開いた。


「ランディが剣を持つ意味は、絶対あるよ」


 ランディは応えない。後頭部を軽く掻きながら、拓真は続ける。


「剣を持っていたからこそ、こうして親父さんを止められたんだ。だから……誇れよ、自分の剣を」


 思いもよらない言葉だったのか、ランディはぽかんと口を開いたまま、拓真を見つめていた。何か気に障ることを言ってしまったかと拓真は焦るが、すぐにランディの表情が和らいだのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。


「やっぱり君は、先生となるに相応しいね……ありがとう、タクマ殿」

「いや、俺は別に……あ、でも一つだけわからないことがあってさ」

「わからないこと?」

「ああ。あんたの親父さん、あんただけ剣を持つことを反対していただろ? エリオットやオーマくんが持つことには、特に何も言ってなかったと思うんだけど……あれはどうしてなんだ?」


 その言葉に、ランディはまたもぽかんと口を開くことになってしまった。


「あの話しぶりからして、ある程度は察するものがあるだろうに……」


 ミルフェムトは額に手を当て、呆れたとばかりに首を横に振った。ランディも自身の性別について気付かれていないのかと驚き、オーマはどうするべきかと姉とアイコンタクトを計った。

 ここまで来ると、拓真が自ら気付く瞬間が見たくなってくる。ランディは首を軽く横に振り、オーマにこれからの指標を示した。


「さあ……どうしてだろうな?」

「どうしてって、ランディならわかるだろ……?」

「それより、そんなことを議論している場合ではないのでは?」

「まっことその通り」


 ランディと拓真の会話に、先に撤退しているはずのロダンが加わってきた。戦いが終わったのを察し、戻ってきたようだ。その後ろには表情の沈んだアルバ、ロザリン、コウテツも一緒だ。


「ロザリン!」

「タクマ、ランディ! よかった、みんな無事だったのね!」


 ロザリンは二人を見つけると、すぐに駆け寄った。三人はまとめて抱きしめ合い、ようやく再会できた喜びをかみしめる。

 だがミルフェムトだけは、苦い表情を崩せないままでいた。


「あの場で撤退命令を出したのは、私が間違っていた。被害はどれほどまでに?」

「……第一陣で送り出した撤退組は、敵の攻撃を受けて壊滅。第二陣で送り出した撤退組は、数は少ないですが道を変えて送り出しました。少し日数がかかっての、王都への帰還となる予定です」

「そうか……すまない……本当にすまないことをした」


 ミルフェムトがそういうと、アルバは首を横に振る。


「いいえ……あんな攻撃が来るなんて、予測できませんでしたから。しかし、これは傭兵部隊にとってかなりの痛手です。改めて王都防衛を勤めるには、少々立て直す時間が必要に……」

『そんなこと、いってられないかもー』


 突然、姿なき声が聞こえる。皆が一斉に警戒態勢をとるが、拓真だけは唯一、この声の主を知っていた。


「この声……まさか、スーロか⁉」


 宙で風が渦を巻き、その中心から身体が半透明の、少女とも少年とも見て取れる存在が姿を現した。三大精霊の一人であるかの存在は、以前出会った時とは違い、どこかいているような印象を与えた。


『はやく、アダルテにもどったほうがいい。まじゅうが、おしよせているから!』

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