『ガリオン家の忌み子諸共……死ねえ!』
肉の鎧を纏い、巨大化したガルトールは細剣を持った腕を引くと、そのまま勢いよく地面へ向かって突き出した。その先にいるのは、拓真とランディである。
「横に飛べぇっ、ランディ!」
畑に飛び込み、ひとまずの攻撃は回避することができた。しかし肉の剣は先が潰れ、辺りに腐った肉が飛び散る。それに触れてしまったランディは、ステータス異常“毒”状態になってしまった。
「げほっ……騎士はこんな小細工、使わない……!」
ジオの位置を確認し、ランディはそちらへ駆け寄ろうとする。それを塞ぐように、ガルトールは刀身を地面へと叩きつけた。
「くっ!」
『まずはお前から……む?』
ところが、ガルトールは異変を感じて自らの足元を見た。そこでは拓真が毒状態になることも厭わず、地に着いた肉の足をひたすら斬り続けていたのだ。
「おい! 身体一つで勝負しろよ!」
『ふん……』
ガルトールは、拓真から視線を逸らす。すると拓真の目の前に肉の中から人骨がせり出し、それが首を絞めてきた。
「がっ……やめ、ろっ……!」
なんとか押し返そうとするが、毒状態で力が入らず締められるままだ。ぐっ、とさらに力かかったところで、骨は急に砕け散り、拓真は何かの力によって引っ張られ、その場から離される。
「まだ死なれては困るぞ、タクマ」
「ミルフェムト!」
宙を翔けつつ、ミルフェムトが大剣の柄にタクマの襟首を引っかけ、そのまま距離を離してくれたようだった。ガルトールが拓真へと向いた瞬間、ランディもすでに同じ方法で救出されていたようだ。
ジオのところまで連れていかれると、すぐに拓真とランディは解毒魔法を施してもらった。
「くるぞ!」
そこを狙い、再びガルトールが細剣の先を突き出す。ミルフェムトがジオ、拓真、ランディをまとめて大剣の刀身で殴り、その場から放り出した。
「さて、どうしたものか……」
ミルフェムトはというと、その場から逃げずに魔法の大剣を幾つも出し、ガルトールの細剣を細切れにしていった。細剣は細かい肉片となり、その辺に散っていくも、すぐに再生して元の形へと戻って行く。
「このままではキリがない……ロダン殿! アルバ殿!」
ミルフェムトの声と共に火球が飛び、細剣の先端を吹き飛ばした。少々燃えているため、時間稼ぎができたようでミルフェムトもその場から退く。そのままロダンのところまで行き、ミルフェムトは改めて魔法の大剣を生成した。
「いかがなさいましょうか、陛下」
「二人は急ぎ撤退の準備を。転送魔法の用意は不要だ。残っている馬に、必要な荷物だけを積むように」
指示を聞くと、二人は他の人にも声をかけ始めた。コウテツは撤退準備を手伝うと言って、一緒にテントへ向けて怪我人を複数人抱えていく。ロザリンも自分がするべきはロダンの手伝いだろうと、そちらへ向かうことにしたようだ。
その場に残ったオーマに、ミルフェムトは首を傾げる。
「ガリオン家の三人目の子よ。そなたはどうする?」
「……ぼくは」
オーマは、拳を握った。
「ぼくは、ガリオン家の者です。ガリオン家の当主……父がご迷惑をおかけしているなら……止めなくてはなりません」
ミルフェムトへと向き直り、オーマは口を開く。その表情は、決意を秘めているようだった。
「王都アダルテを治めし女王陛下。どうか、ぼくも共に戦わせてください」
それに対する答えは、微笑みだった。
「よかろう。来るがよい」
オーマの手を握り、ミルフェムトは再び宙を翔けだす。その眼下では、拓真とランディがジオを守りつつ、ガルトールと戦っていた。
「伊東一刀斎伝授、“切り落とし”!」
大きく刀を振るい、細剣の先を落としたり足の先を落としても、肉の鎧はすぐに復活する。ランディは自身のスペシャルスキルはここまで大きすぎる相手にはほぼ無意味だと悟り、無難に攻撃を弾くことしかできないでいた。
「何度切ってもすぐに再生しやがる! これが魔法の力なのか⁉」
「魔法にしてはなんだか変だぜ! 回復魔法は、失った部位をすぐに作りだすことはしない!」
「魔法ではないにしろ、膨大な魔力を得ているのは事実なのだろう⁉ そのせいで身体がすぐに蘇ると言うのなら……」
拓真とジオの会話に答えつつ、身体を土塗れにしながらもランディはガルトールの足踏みを避けていく。
「魔力を枯らせる、もしくはその供給源を絶つしかないだろうな」
さらにその会話に続いて、ミルフェムトが入ってきた。ちょうどランディを潰そうと広げられた手のひらが迫ってきており、それを細切れにしながらの乱入だった。
「オーマ!」
「ランディね……兄様!」
二人は再会を喜ぶも、駆け寄りたい足をぐっと堪えた。今はそれどころではないのは、重々承知している。
「よかったな、オーマくん、ランディ。無事に家族と会えて」
それでも、拓真はそう声をかけずにはいられなかった。二人はそれぞれ頷いて返し、目の前の脅威である父を見上げる。
ガルトールはなかなか決着がつかないことに苛立っており、全身を怒りで震わせている。細剣の柄の部分は、怒りによって握り潰されてしまっていた。
『害虫共が……ちょこまかと……!』
その目は拓真たちだけではなく、撤退準備が済み、すでに王都へ向けて出発している馬に乗った傭兵を捉えていた。
『言ったはずだ……この場にいる者は……全員、アキヒト様のために殺すと!』
ガルトールの体勢が変わり始めた。細剣を腰に収めるような動作を見せ、ぐっと腰を低くし、大地を抉りながら片足を下げていく。
その形に見覚えがある拓真とランディ、そしてオーマは、息を飲む。
「馬鹿者! この場から離れぬか!」
ミルフェムトの怒号により、ハッと気が付いた拓真たちはすぐに森へと逃げ込んだ。
『“大剣……一閃”!』
ガルトールが剣を抜くと、巨大な肉片がそのまま一直線に地面を抉りながら飛んでいった。その痕跡は、人を乗せた撤退中の馬を何頭か轢き殺し、遥か遠くで地面に埋まりながら止まった。肉片は、かろうじて肉眼で確認できるが、動く気配はないようだった。
ロダンは魔力が動くのを感じ、間一髪のところでガルトールの繰り出した肉片が通らないところにいた。そのすぐそばには、アルバ、コウテツ、ロザリンの姿もある。
凄まじい風圧で立てていたテントはほとんど吹き飛ばされ、ただでさえボロボロだったメファールの村はさらに人が住めないような景観となってしまった。崩れたテントの傍で、アルバが呆然と肉片の飛んでいった痕を見やる。
「……今の攻撃で、先に出ていた若い奴らが潰された。跡形もなく……殺された!」
傭兵部隊は、若い者たちを優先的に怪我人と共に王都へと向かわせたばかりだった。その後ろ姿を見送ったアルバは、理解している。誰も助かっていないと。
「クソッ……あの野郎め!」
武器を持ち、再び戦場へ戻ろうとするアルバの行く先を、ロダンが魔法で作り上げた短剣を出して止めた。
「やめなされ、アルバ殿。儂らは陛下から、撤退の準備を頼まれていよう」
「だが、ロダン殿!」
「おぬしが行ったとて、陛下やタクマ殿の足手纏いになるのは明白。敵討ちは任せるしかなかろう」
「……くそぉ!」
アルバはその場で膝をつき、剣を地面へと突き立てた。わかっているのだ。自分如きでは何もできないと。剣術協会の一員だとしても、死肉を纏った魔獣でも人間でもない敵を前に、どうすることもできないと。
そんなアルバを慰めるように、コウテツはそっと肩に手を置いた。そしてロザリンは、再び立ち上がるように手を差し出すのだった。
一方、ガルトールの攻撃を見た拓真は、唖然と口を開けていた。
「あの技……」
呼び名と地面を抉った一直線の肉片は、間違いなく一度この身で受けた技だった。そして、脳裏に思い浮かぶのは、敵であり一時的に共闘したガリオン家の長男。
「エリオット兄様のスペシャルスキルを……どうして父上が……」
オーマも同じことを考えていたらしく、驚いているようだった。ランディも何か思うところがあるらしく、奥歯を噛み締めている。
「あ、危なかった……もう少し逃げるのが遅れていたら、俺たち今頃地面の染みになってたぜ……」
ジオが胸を抑えながら言う。その言葉に同意し、拓真は避けられたのはほぼ奇跡だったと一人で頷いた。
「……飛ばされたのは、細剣の一部か?」
ミルフェムトが、そっと木陰からガルトールの動向を伺う。腰に戻した剣を再び掲げているようだが、細剣の先は短くなっている。それもすぐに触手と肉によって再生され、元の形に戻って行った。
もう一度、飛ばされた肉片を見てみる。飛ばされた直後は木と同じような高さだったが、今では少しずつ崩れてきているようで、ただの潰れた肉塊のようになっていた。
「飛んでいった方は動かないみたいだな。でも、どうする? 削れた部分は、すぐに戻っていくみたいだぞ」
自分に問いかけたつもりだったが、拓真の問いに皆が頭を悩ませる。
「そうだ! 何度も同じ技をさせたら、もしかしてあの肉の鎧も小さくなったりしないか?」
「それはだめだろ。周辺への影響があまりにも大きすぎる」
「タクマ殿の言う通りだ。しかし、かといって何度斬りかかってもすぐに再生されてしまっては……」
「何人いようとも、いずれこちら側がやられてしまうな……」
うぅーん、と四人が唸っているところに、オーマがそっと手を挙げた。
「あの……差し出がましいですが、ぼくに提案があります」
「ほう? 申してみよ」
ミルフェムトからの許可に、オーマは緊張した面持ちながらも、しっかりとした目で皆を見る。そして、ガルトールの周辺を探す物音を背景に、作戦会議が行われるのだった。