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―第六十三章 堕落した騎士―

「そなたらが進むべき道は、私が敷いてやろう。臆せず進め!」


 号令のような掛け声をしつつ、ミルフェムトは大剣を振るって死者の波をなぎ倒す。起こされたばかりの死者は、簡単に大剣になぎ倒されていき、文字通りガルトールへの道を作り出す。そこを拓真とランディは、それぞれの武器を構えながら駆け出していった。


「正面から来るばかりで……私が受け入れると思うか?」


 ガルトールは向かってくる拓真とランディに、手のひらを向けた。一瞬、光が集まったかと思うと光の衝撃波が目に見える状態で二人に襲いかかってくる。


「三大精霊の加護よ、頼んだぞ! めぇんっ!」


 避けることなく、拓真が光の衝撃波を正面から斬る。衝撃波は真っ二つに割れ、死者の群れを波立てていった。


「なんと……僕の先生は、いつの間に魔法を斬れるようになったんだい?」

「ちょっといろいろあってな。今だったら、胸を張ってランディと一緒に戦える気がするよ」


 余裕を持ったまま、拓真は死者の波を掻き分けていく。だがランディも負けていない。スペシャルスキルを使うまでもなく、華麗な剣術で死者を斬り倒していき、着実にガルトールへと近づいている。

 思っていたよりすんなりとガルトールの前まで出た拓真とランディは、同時に刃の切っ先を向けた。


「さあ、観念するんだな」

「あなたの企みも、ここまでだ」


 そう迫られても表情を一つも変えないガルトールは、むしろため息をついた。


「……舐められたものだな。こんな小童どもに、勝てる相手だと思われているとは。ふんっ!」


 ガルトールが力みだすと、背中側から触手がいくつも伸びてくるのが見えた。それらは腕の形を作り出し、さらにその先に細剣の形も作り出していく。


「腕を、増やして……⁉」


 突然のことに驚いてみているだけだったランディと違い、拓真はすぐに胴を狙って刀を振るった。


「どうっ!」


 しかしその刃は届くことなく、始めに持っていた触手の這う剣に弾かれてしまう。


「くそっ、だめか……どわあっ!」


 弾かれて体勢を崩したところへ、ガルトールはもう片手に作り出していた剣を振り下ろす。地面に転がって難を逃れた拓真だったが、ガルトールの追撃は止まらない。


「くっ……やめろっ!」


 背中を見せられたランディは、ガルトールの肩を狙って突きを繰り出す。だが背中に生えた腕の一つがそれを止め、別の腕がランディの身体を横から殴り飛ばした。


「ランディ!」

「げほっ……僕ならだいじょ……うわあっ!」


 三本の剣が同時にランディを狙って突き出されるも、ランディも転がって回避したことで、地面を突き刺すだけに終わってしまった。


「小手!」


 拓真がガルトールの一つの手の甲を狙い、素早く刀を振った。しかしそれは別の腕によって防がれてしまう。そのまま剣の打ち合いになるも、拓真は剣の数と純粋な力の差で圧されてしまっていた。


「ぐっ……卑怯だぞっ!」

「何が卑怯だという? これが私の剣だ!」


 拓真がガルトールと剣を交えている間、ランディは攻めるタイミングを見た。ガルトールの腕は元々の腕に加えて四本増え、六本となっている。不自然に腕だけが増えたためか上半身は肥大し、バランスの悪い体つきとなっていた。

 その足を取れば、何かきっかけが生まれるかもしれないと、ランディはすぐに切り付けにかかる。しかし簡単に悟られてしまい、ガルトールは拓真を身体ごと薙ぎ払うと、ランディへと向かい合った。


「……それがあなたの求めた強さですか」


 ガルトールの人間離れした目を見て、ランディは問う。その問いかけに、ガルトールは鼻で笑って返した。


「本来ならお前に答える義理はないが、教えてやろう。これは与えられた強さだ。アキヒト様は私に期待を寄せてくださり、力を授けてくださったのだ。私は与えられた力に、応えたまでよ」

「へえ。騎士としての誇りを捨ててまで手に入れたのが、それですか」

「……なに?」


 不服そうな表情を見せたガルトールに、ランディは何かを投げた。足元に転がってきたそれは、丸い小さな鏡だ。覗き込んで自分の姿を見たガルトールは、首を傾げる。


「私は騎士だ……アキヒト様が認めてくださったのだ……何を言いたい?」

「幾つもの剣を持ち、鎧すら着込めない身体を得て……何が騎士なのですか」


 剣を構え、かかって来いと言わんばかりに、ランディはガルトールへ向き合う。


「僕が憧れた騎士は……私の父上は、そんな人間ではない!」

「っ……! だ、まぁ、れえええええっ!」


 頭に血が上った様子で、ガルトールは一直線にランディへと駆けていく。剣を振り回し、涎をまき散らしながら迫るガルトールを見て、ランディは眉を寄せた。


「本当に……あなたのことを、尊敬していたのに」


 背筋を伸ばし、剣を眼前へと構える。そしてその切っ先を、ガルトールへと向けた。


「スペシャルスキル、“速攻剣技”!」


 六本の腕で迫る、無茶苦茶な剣術。それらはランディの高速の走る無数の剣により、ランディの肉へは届かない。


「このっ、やかましい蠅のような技を……!」


 そうして目の前のことだけに集中しているガルトールが、ようやく背後から迫る殺気に気付いたのは、増やした背中の腕に刃が食い込んでからだった。


「ありがとうな、ランディ。隙を作ってくれて」


 その刃の正体は、拓真の刀である。


「足利義輝伝授、“一之太刀ひとつのたち”」


 静かに、ただ静かに、拓真は刃を横へと動かした。鋭い切れ味の刃が動いたその先には、増えたガルトールの腕が待っている。


「貴様っ、いつの間にっ……ぐおおおおおっ!」


 背中に増えた腕は、全て拓真によって切り落とされた。触手が繋ぎとめようと僅かに伸びては唸っているが、どれも伸びはしない。

 そして、そちらへ気を取られている間にランディの無数の剣が、ガルトールの前面を傷つけていく。


「くっ……気配を消すとは、厄介な剣術を……!」


 相当なダメージが入ったのか、ガルトールはついに膝をつく。それと同時に、アルバやポムたちが相手にしていた死者たちも、急に力無く倒れていった。


「おおっ! これで本当に倒したのか⁉」


 後方で見ていたコウテツが喜んで腕を上げるが、ロダンは険しい表情を崩さない。ロザリンも若干表情を緩めていたのだが、ロダンの様子を見てすぐに気を引き締めた。


「……この程度では終わらんだろう。ガルトール・ガリオンよ」


 魔法で宙に浮き、様子を伺っていたミルフェムトが呟く。それを肯定とするかのように、ガルトールの低い笑い声が辺りに響き渡ってきた。


「クククッ……私は、騎士だ……アキヒト様に認められた、エルヴァントの騎士なのだ……」


 天を仰いだ形のまま、ガルトールも宙に浮く。そこへ、動かなくなった死者や魔獣の腐った肉が少しずつ集まっていった。


「な、なんなの……? 何が起きているっていうの……⁉」

「……父上、まだ何かをするつもりなのですか」


 ガルトールの動向を不安げに見つめるロザリンの隣で、オーマもやっと立ち上がり、父を見上げた。ガルトールは、ただただ天を仰いだまま動かない。

 傭兵の何人かが、弓を持ち出してガルトールに向けて矢を放つ。しかしその矢は肉に取り込まれてしまい、傷をつけることはできなかった。

 肉はどんどん集まっていき、ガルトールの身体は包まれていく。それらは大きな人のような形を作り出し、やがてガルトールは片足を地面へとついた。


「これは……鎧、なのか?」

「タクマ殿もそう見えるかい? 奇遇だね、僕もだよ」


 両足を地面へと下ろしたガルトールは、巨人のような大きさになっていた。森に入ったとしても、胸から上は見えるであろうくらい大きい。腐った肉の寄せ集めとはいえ、その上から触手が這って補強するかのように締め上げている。

 見た目は赤黒い肉によってかたどられた鎧騎士。その手には、一本だけの細剣が握られている。


『騎士らしく……この場にいる者ども全てを……アキヒト様のために、殺す!』


 腐った肉に包まれた兜の奥に見える殺意溢れる眼光は、拓真だけを捉えていた。

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