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―第四十四章 侵入―

 窓の外は薄く白みを帯びている。夜明けがやってきたようだ。


「コウテツ、外の様子が騒がしくなってきたぞ」


 窓の外を見ている拓真は、鉄を打ち込んでいるコウテツに向かって言う。昨日も見た帆船から荷下ろしをしているのだろうか、海岸沿いに人が集まってきたのだ。

 鍛冶師であるコウテツはというと、刀作りの最後の仕上げにかかっているようだった。


「ええい、急かすな! お前さんのレベルに合わせると、もう少し調整しないとならんのだ!」

「ああ、それは……本当にすまない……」


 コウテツに言われ、久方ぶりに自分のステータス画面を見直すと、拓真の剣のレベルは50にまで達していたのだ。以前確認した時は、10だったはず。いつの間にかかなりレベルが上がっていた拓真の腕に合う装備を作るとなると、コウテツは頭を抱えていた。


「本当はこんな鋼の寄せ集めなんかではなく、もっと上等なもので作りたかったんだが……これだとレベル45くらいの剣で精一杯だ」

「それでも十分すぎないか?」

「いいや、足らん。お前さんが相対しようとしているガリオン家の長男坊の剣なんか、レベル60はいっとるという話だ」


 45と60。どちらが強いかなんて、単純な数値で見れば一目瞭然だ。


「ただ、私兵どもは何とかなると思うぞ。奴らはレベル40だからな。それでも人数の差を考えると、正面から戦うのは得策とは言えん……なっ!」


 そう言ったコウテツの最後の一手で、刀は輝きだす。


「ほれ、できたぞ。持ってみろ」


 コウテツから渡された刀は、ネマーの木で作られたものとは違い、銀色の刀身だった。

 それは刀と呼ぶのには、若干反りが甘い気がしたが、十分に刀の形をしていた。柄の部分は木製にされており、上から黒色の布を包帯のように巻きつけられただけになっている。鞘は動物の皮で作ってくれたようで、腰に下げても問題はなさそうだ。柄の握り心地も悪くない。軽く両手で握って振ってみても、拓真には違和感なく扱えるものだった。


「どうだ? 使えそうか?」

「ああ、本当に十分すぎるくらいだよ……ありがとう。でも、コウテツは刀を見るのは初めてだろう?」

「カタナ? ああ、その剣の名前か。そうさな、そんな面白い形の剣は初めて見た」

「それでも作れたのは、どうして?」

「そんなの決まっておろうよ。ワシが最高の鍛冶師だからだ」


 ふふん、と得意げに胸を張るコウテツを見て、拓真は微笑みながらも手を差し伸べた。


「改めて礼を言うよ。本当に助かった。こんな見ず知らずの俺のために、ありがとう」

「その手を信じてのことだ。道を間違えるなよ」


 硬く握手をするも、それは一瞬のこと。コウテツはすぐに鍛冶場内を見渡し、さて、と腰に手を当てた。


「それじゃあ、行くとするか。外に荷台を持ってくるから、お前さんは麻袋に入って待っとれ。戻ってきたら納品予定の武具と一緒に、お前さんを乗せるからな」


 コウテツの言葉に頷き、二人はすぐに行動へと移った。これから拓真は、コウテツがガリオン家直属の私兵へ武具を納品する。それに紛れてガリオン家の館に入り、ロザリンが囚われていると思われる地下牢へと向かうのだ。


(ロザリンと合流できたら、すぐに地上へ戻って……それから……)


 そこからの流れは、あまり考えられていない。なにせ、周りの状況もあまりわかっていないのだ。何があって、誰がいて、どうなっているのか。軽く外側を見たくらいでは、何もわからない。


(でも、考えるのはあとだ。まずはロザリンを救出することだけに集中しないと!)


 ふー、と深く息を吐き、拓真は納品予定の武具に紛れて麻袋を被った。やがてコウテツが戻ってきて、軽々と持ち上げられて何かに乗せられる。


「出発するぞ」


 小さく声をかけられたが、拓真は何も返事ができない。それでもコウテツは出発する。

 ガラガラと小石と土が混じった道を進む音がする。遠くに波の打ち寄せる音も聞こえたが、それは遠のいていくばかりだ。

 時折、重たい足音が聞こえた。金属がぶつかり合い、近くなっては離れていく。おそらくガリオン家の私兵なのだろう。すれ違うたびにバレやしないかとひやひやしたが、拓真は身じろがずにじっとしていることに徹した。

 次第に、道を往く音は滑らかになってきた。上下に揺れることも少なくなり、石畳にでも乗ったのだろうと拓真は思う。


「そこの者、止まれ」


 突然声をかけられ、拓真の心臓は一つ、大きく打たれる。だが声をかけられたのは、コウテツだった。


「なんじゃ、ワシはお前らに攫われてきた鍛冶師だぞ」

「わかっているが、ここからはガリオン家の私有地内だ。いくら武具作製をさせているとはいえ、内容物を確認させてもらうぞ」


 袋を開けられてしまうのではないかと、拓真の鼓動はどんどん早くなっていく。まだ館の中には入っていないようだが、ここでもし見つかってしまっては、ロザリンの元へたどり着けるかわからなくなってしまう。


「確認いうても……ほれ、こんなもんだ」


 そんな拓真とは真逆で、コウテツはとても落ち着きを払った声色をしていた。しゅるりと紐を解く音がして、次にガランガランと金属が崩れるような音がした。剣を詰め込んでいる袋を見せたのだろう。ふむ、と中身を確認しているような男の声も聞こえる。


「はようはようとお前さん方が急かすから、こうやって持ってきたんだが……ご不満か?」

「……いや。確かに注文書の通りだな」

「そうだろう。なら行っていいか? これらの荷物を海岸から引っ張ってくるのは、重労働でな。早く戻って寝たいんだ」


 そうはいうが、コウテツは麻袋を簡単に引き裂き、一人でたくさんの金属製の武具を荷車に詰める怪力の持ち主だ。やや説得力に欠けるが、男は呆れたようにため息をついた。


「うむ、ご苦労。このまま進んで、左奥に見える訓練場へ行け。館の出入り口近くに倉庫があるから、その中に全て入れておいてくれ」

「へいへい、どうも」


 私兵の男に気怠げな返事をして、コウテツは再び進み始めた。


「ああ、そうそう。一つ聞きたいんだが……」


 背中に投げかけられた問いに、コウテツは振り返ずに答える。


「なんだ? 今日のワシの朝飯でも聞きたいか?」

「そんなこと、どうでもいい。ここに来るまでに、若い男を見なかったか聞きたいんだ。この辺りでは珍しい、黒い髪の毛らしいんだが……」


 拓真の心音が、男に聞こえてしまうのではないかというくらい大きくなる。探りを入れているのか、ただ単純に情報を集めるために聞いているのか。

 コウテツは、あえて煽るように答える。


「こんな重たい物を引いているジジイが、外に目を向ける暇があるとでも?」


 荷車に近づいてくる気配はないので、ただ情報収集として聞いているのだろう。コウテツの答えを聞き、男は改めてため息をついた。


「それもそうだな……いっていいぞ。仕事を終えたら、さっさと戻りやがれ」

「言われんでも、喜んで」


 もう一度コウテツは歩き出す。男はそれ以降、声をかけることはしなかった。

 ひとまずバレずに済んだものの、拓真の緊張は解けない。ここからはもう敵の本拠地だ。コウテツは味方とはいえ、すぐに解散するので頼れるのは己の身一つ。ずっと握りしめていた拳の中には、嫌な汗をじっとりとかいている。


「……うぅーむ」


 コウテツが、どこか悩まし気な唸り声を上げた。一瞬足を止めるも、そのまま進み始める。なんとなく方向転換したのが、拓真にも伝わってきた。まもなく先ほどの男に案内された、訓練場なのだろうか。

 また少しだけ進んだかと思うと、コウテツは荷台を一度止めたようだった。バサ、と重たい布を動かす音がしたかと思うと、拓真の周りのものがどんどん降ろされているような感覚がした。あっという間になくなったかと思うと、今度は拓真自身が持ち上げられ、どこか硬い地面に降ろされる。


「まずいことになっとるぞ」


 麻袋を裂きながら、コウテツが小声で言う。武具を置く倉庫は完全な箱ではなく、全面を布に覆われたテントのような場所だった。外からは鎧がぶつかり合う音が聞こえ、何やらただならぬ雰囲気を感じ取れる。

 麻袋の残骸をコウテツに渡しつつ、拓真は刀の位置を整える。


「ああ……俺のことを探し回っているみたいだな」

「しかも夜明け過ぎだというのに、思ったより人員を出しておるらしい。お前さんは見えなかっただろうが、そこら中に私兵がいるぞ」


 そう言っている間にもすぐそばを私兵が通る音がして、拓真は思わず身を屈める。私兵は倉庫の中には興味がないらしく、そのまま通り過ぎていった。


「しかしこんなに厳重な警備を敷くとは……お前さん、一体何をやらかしたんだ?」

「まあ……いろいろと……」

「……ふむ、そうか。そうじゃないと、こんなことにはならんものな」


 コウテツは拓真の肩に手を置き、しっかりと視線を合わせる。


「何があろうと、死ぬなよ。お前さんの手は、多くの人を救う手だ」

「……ああ。いろんな人と約束してるんだ。この手で護る、助けるって」


 互いに頷き合い、外の様子を伺いながら拓真とコウテツは倉庫の布に手をかけた。コウテツが先に出て、その荷台に身を潜めながら館の中へ入りこむ算段だ。

 私兵の足音が近づき、そして遠ざかっていったタイミングで、コウテツは布を開く。


「よし、今だ! お前さんは館の中へ……」


 勢いづいていた声は、だんだんと萎んでいく。

 目の前に広がっていたのは、剣の切っ先を拓真とコウテツへと向けている大勢のガリオン家の私兵たちだった。

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