ガリオン家。それは、代々ロストリア大陸の南側の地域を治めている貴族の名前である。
ガリオン家では、男児は騎士であることが望まれた。大陸全土を支配することが家系としての一番の目的だったが、王都アダルテの歴代の王がそれを許さなかった。ガリオン家は、大陸を治めるにしては私利私欲を肥やすことしか考えていなかったのだ。
ならば仕方ないと、大陸の南側を治める地方の貴族であり続けること、血を絶やさないことを家系の目的と変えていった。そしてそのために、騎士としての力を見せつける必要があった。
騎士は弱き者を守り、そして先頭に立って戦う者。だがガリオン家では、騎士という称号は力の証明であったがために、民を守るなど微塵も思っていなかった。
ロストリア大陸では、大陸のために尽力するものに王都認定騎士という称号を与えていた。その称号があれば、富と名声は確実なものとなる。
ガリオン家の今代の当主、ガルトール・ガリオンはその称号を欲した。しかし、王都アダルテの王は許さなかった。与えてしまえば、ガリオン家の力はさらに増幅し、王都まで侵攻される恐れがあったのだ。
「おのれ、アダルテ王! ライトフィールズなんぞに、称号を与えおって!」
ある年、ガルトールは荒れた。片田舎に住み、民に剣を教えることしかしていないライトフィールズという小さな貴族に、王都認定騎士という称号が与えられたことが許せなかったのだ。
何より、自分の剣を否定されたような気がして、誇りを傷つけられたと錯覚していた。
「剣は騎士の誇り! 騎士は力の象徴! それを支配者にもなれない民に剣なんぞ教えて、どうするというのだ!」
すでに生まれていた長男、エリオットは剣術を教えられたが、父親が一番荒れている時期を見ていた。そんな男の教える繊細な細剣術は、父に怯えていたエリオットには到底扱えるものではなかった。
ならばどうするか。エリオットは、あえて大剣を振るうことを選び、豪快な技で全てを薙ぎ払うことに決めた。父親の圧力も、荒れ果てた教育も。
ガルトールは、そんな長男に失望した。ガリオン家の男児は全て騎士となるべしという考えから、自分が認定騎士となれなくても、息子がなれたら良いと考えていたのだ。
長男の教育が上手くいかなかったので、ガルトールは次の子に託すことを決めた。しかし、次に生まれたのは女児であった。
「このクズが! なぜ女を産んだ! ガリオン家には男児が望ましい! 男児が必要なのだ!」
ガルトールは妻すら許せなかった。
「ガリオン家の名誉の回復のために、男児が必要だ! 女児に剣を振るうことなど無理だろう! あんな子、必要ない! 次は必ず男児を産め! わかったか!」
妻であり母である女は、毎日罵倒され、暴力を振られ、そして男児を産むことを強制された。
ランディは、幼いながらも母を慰めていた。母はランディを呪ってもいいはずなのに、決してそんなことはしなかった。エリオットはもう自分の道を進み始めていたので、ランディや母親にすら冷たく当たった。
家族が一つになることは、なかった。
「そしてなかなか子を授からなかった後、ぼくが生まれ、さらに数年後……家の召使とされていた姉上は、ついに父上から追い出されました」
オーマの話を聞いていたロザリンは、自然と涙を流していた。檻越しにオーマの手を握ると、オーマはふわりと微笑んだ。
「姉上はガリオン家として認められていなくとも、父上に見てもらえるよう、見様見真似でずっと剣を握っていたんです。ですが、父上にはそれが煩わしかったのか……出ていくことを強要しました」
ロザリンは、ランディがひたすらに強さを求めていたことを思いだす。強さを求めていたのは、父親に認めてもらいたかったからなのかもしれない。
「姉上はまだ十二歳だったにも関わらず、それを承知しました。家を出て、帰らないと言ったんです。そのころはまだ母も存命していました」
「……お母さまは、ご病気で?」
「はい。父から受けた暴力や圧力のせいで気を病んでしまい、そこから体調を崩しやすくなって……」
オーマは寂しそうに微笑んだ。必要以上に心配しないでほしいと言っているようで、ロザリンはその目を見つめる。
「私も母を病で失ったわ。つらいわよね」
「ええ、本当に……でも、母はぼくにそのことをずっと話続けてくれて、ガリオン家を捨ててもいいとすら言っていたんです。どうか優しい人になって、と」
そういえば、とロザリンはオーマの身体を見る。どこにも剣はなく、もしかするとその道を外れているのかと思ってしまった。
「ぼくも剣は使いますよ。でも、父や兄上と違って、人を傷つけるためのものではないんです」
「じゃあ、お母さまの言いつけを守っているのね」
「そういう形になります。でも、それは父上が変わってしまう大きなきっかけとなってしまいました」
オーマの顔から微笑みが消え、その表情は曇り始める。若干俯きながらも、オーマは続けた。
「父上は、ぼくたち子どもが騎士に相応しくないとみると、再び自分が騎士として認められようと足掻き始めました。そんな父を、認めた方がいたんです」
「……もしかして」
ロザリンは嫌な予感がした。だからと言って、オーマの口を止めるわけにはいかない。
「……エルヴァントの、支配者です」
申し訳ないという気持ちがこもっているのを、ロザリンは強く感じた。オーマは首を横に振りつつ、さらに続けた。
「父は、エルヴァントの支配者に認めてもらってから……様々な悪事に手を染め始めました。人攫い、村の襲撃……王都アダルテから何度も対話を試みる書状をいただいても、全てを無視して……父は、人の道を踏み外していきました……」
オーマの肩が、小さく震えている。
「ぼくじゃ父上を止めることはできない……! 先日は直接支配者とお話をされて、それから様子がずっとおかしくて……ぼくが、止めなくちゃいけないのに……ガリオン家の子として……ぼくが……!」
「大丈夫」
ロザリンの言葉に、オーマはハッと顔を上げた。
「す、すみません、ぼく……こんなこと、言うつもりじゃなかったのに……」
「ずっとつらかったのよね。誰にも頼れなくて、助けも求められなくて」
「……そう、なのかもしれません」
「でもね、大丈夫。きっと、私を助けに来てくれる人が、オーマくんのことも救ってくれると思うの」
「救う……?」
首を傾げるオーマに、ロザリンは頷いた。
ロザリンは、確信していた。この状況を救える人は、一人しかいない。そしてその人は、きっとすぐそこまで来てくれていると。
「オーマくん、どうか力を貸して。私と……これからここに来るであろう、私の仲間……タクマに」