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―第四十二章 牢の中にて―

「……っくしゅ」


 自分のくしゃみの声で、ロザリンは目を覚ました。気付けばそこは石畳の上で、すぐ目の前には檻が見える。


「……さ、寒い」


 倒れていた身体を起こし、ロザリンは自分を抱きしめるようにして腕を擦って、少しでも温まろうと努力する。長時間ここに寝かされていたのか、身体はすっかり芯から冷え切っているようで、なかなか温まらない。

 まだ冬は訪れていない。それでもこんなに寒いのは、陽が入らないからだろうか。かろうじて自分の姿や周りの様子が見えるのは、壁に遠い間隔でかけられている松明がついているからだ。


「ここは……牢屋? 私、確かランディのお兄さんに……」


 気を失う前の記憶を辿る。傷ついたランディと拓真を守るため、ロザリンはエリオット・ガリオンと戦っていた。そしてその戦いの最中に腹を殴られ、気を失った。

 すり、と殴られた箇所を撫でる。痛みはすでにないが、強く殴られた感覚はまだ覚えていた。


「どこへ連れてこられたのかしら……ほかに誰か……」


 そこで、ロザリンは思い出す。記憶と言うべきか、夢だったのかは定かでないが、大切な仲間に呼ばれた時のことを。


「タクマっ……! タクマ! もしかして、いるの⁉ タクマ!」


 檻を掴み、どのくらいの広さかもわからない部屋の中に呼びかける。声は若干響くが、そんなに反響してはこない。掴んだ檻はロザリンの声量で、ビリビリと鳴っている。

 少しだけ反応がないか待ってみる。だが答えは返ってこず、どこかからか漏れている水が滴る音のみが聞こえるのだった。


「タクマじゃなくても……誰か! ここが牢屋なら、見張り番もいるわよね⁉ ねえ! 誰かいないの!」


 暗闇に向かって声を張り上げるものの、やはり若干の反響があるのみ。

 次第にロザリンは空腹を感じ、檻を掴んだままへたり込んでしまった。誰もいない牢の中に、空腹を知らせる腹の虫が鳴る。


「うう……お腹減っちゃった……こんな状況でも、お腹は減るのね……」

「じゃあ、食事をお持ちしてちょうどよかったですね」


 穏やかな少年の声に、ロザリンは顔を上げた。牢の前に、トレーを持った少年が立っていた。心配気に見つめるその眼差しに、ロザリンはどこかで似たようなものを感じたことがあると、そんな気がした。


「ここ、暗くてわからないでしょうけど……今は、朝を迎えました。ぼくらの朝食の残りもので申し訳ないですが……スープと、パンを持ってきましたよ」


 少年は優しくロザリンへ話しかける。トレーを床に置くと、小さなカップに入ったスープが、良い香りをロザリンへと届けた。思わずその香りにごくりと喉を鳴らしたロザリンだったが、じろ、と少年のことを見つめる。


「……ああ、ごめんなさい。やっぱり、警戒はしますよね。でも、大丈夫です。毒なんかは入れていませんよ。あなたは、兄上が連れてきた方ですし……」

「兄上……」


 その言葉で、ロザリンはそっと檻に近づき、少年の顔をよく見ようと覗き込んだ。少年は顔をまじまじと見つめられることに抵抗もせず、受け入れた。むしろよく見てくれと言わんばかりに、近くから松明を取ってきてくれたのだ。

 灯りの下で見る少年の顔つきは、どことなくエリオットよりランディに似ている。髪色や瞳の色は、暗くてわからないが色素が薄いように感じた。


「あなた……ガリオン家の子なのね……?」

「はい。ぼくはオーマ・ガリオンと申します。兄上が言っていましたが、あなたは……確か、ライトフィールズ卿の……」

「ええ、ロザリン・ライトフィールズよ。ロザリンでいいわ」

「……敵であるぼくに、そんなに親しくしていいのですか?」


 寂しそうに笑うオーマに、ロザリンは傷ついて倒れてしまっていた仲間の影を重ねる。


「だってあなたは、ランディの弟……ということでしょう? 失礼だけど、もう一人のお兄さんはランディと兄妹だって言われても信じられないけど、あなたなら……」


 その名に、オーマは目を見開いた。


「どうして、その名前を……ランディねえさ……兄上を、ご存じなのですか?」

「え? ええ、ランディはあなたのお兄さんと戦っていたのよ」

「戦って……! ああ、まさか、そんな……」


 オーマは脱力したように項垂れ、肩を震わせた。突然様子が変わったことに驚いたロザリンは、どうしたものかとおろおろとオーマを見つめることしかできない。


「え、えっと、あの、ごめんなさい。ランディが女の子なのは知っているけど、それ以外……ガリオン家では、出生記録が消されていたということしか知らなくて……一体ガリオン家で、何が起きているの……?」

「……兄上ではなく、姉上だということも知っているのですね。ああ、よかった……生きていたんだ……本当によかった……母上、姉上は生きておられましたよ……」


 オーマはぐすん、と鼻をすすると、ロザリンと改めて向き合った。その表情は苦しそうながらも、どこか嬉しそうに微笑んでいる。


「姉上とお知り合いということであれば……あなたはきっと、信用に足る方なのでしょう。そして、あなたはぼくを信用してくれている。ならばぼくも、その礼を返すべきです」


 目元を拭うと、オーマはぽつりぽつりと話し始める。


「ガリオン家で何が起きているか……ガリオン家のこと……ぼくの知る範囲で、お教えしましょう」

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