目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

―第四十一章 火の友―

 折れた刀はみるみるうちに姿を変え、元の白い木の姿へと戻ってしまった。それはもう、武器としては使えないことを示している。


「ネマーの杖だと……? お前さん、これを一体どこで……?」


 小男は剣を下ろし、折れてしまったネマーの杖を拾いあげた。拓真は唯一の武器が折れてしまったことに落胆しつつも、答える。


「王都アダルテで……ミルフェムト様からもらったんだ」

「アダルテ⁉ しかも女王から⁉ お前さん、一体何者……」


 そこで、扉を乱暴に殴る音がした。その音でハッと顔を見合わせた拓真と小男は、あたふたと困りだす。


「おい、コウテツ! さっきからずいぶん騒がしいようだが……何があった?」


 外から声をかけられる。コウテツというのは、小男の名前だろうか。小男は近くにあった麻袋を拓真の頭から被せ、すぐ近くに転がっている鎧の中に混ざれと指示をした。今なら部屋が荒れているので、誤魔化せると思ったようだ。

 ちょうど拓真が倒れて込んだあたりで、私兵がドアを開けて小屋の中へと入ってきた。


「……荒れてるな。つい今しがたまで、こんなことにはなっていなかっただろう」

「虫が出てな! ガハハ! 諸島では見ない虫だ。こんな……足がいっぱいで、口も気持ち悪い……」


 口の前で指を動かす様子を見せる小男に、私兵は怪訝そうな顔を向けたが、首を傾げるだけでそれ以上の言及はしないようだった。


「まあ、退治できたならそれでいい。それより、とっとと武器を作れよな。そのためにわざわざお前をオルポス諸島から連れてきたんだ」

「は! だったらもっと鍛冶師を連れてこい! 一人で作らせているから、時間がかかっているんだ!」


 小男の乱暴な物の言い方に私兵はうんざりとしたような表情を見せ、舌打ちをしながら出ていった。

 念のため少し時間を置いてから、拓真は小男に声をかける。


「……行ったか?」

「ああ、もう立ち上がっていいぞ」


 麻袋から上手く出られず、苦戦している拓真を見かねて、小男は袋を力任せに引き裂いた。急に視界が広がった拓真は、足元がふらついてまたも鎧の中に倒れ込む。


「おいおい、若いのにしっかりせんか」

「あー、すまない……」


 手を取って拓真を立ち上がらせた小男は、そのままがっちりと手を掴む。そして、まじまじと拓真の手を見始めた。品定めをするように、何度も触り、撫でながら。なんとなくむず痒さを感じながらもそのままにさせていた拓真に、小男は言う。


「……ふむ。戦う者の手をしておるな。やはり女王が見込んだだけのことはある」

「戦う、っていっても……この世界の戦いとは、ずいぶん違うことをしていたんだけどな」

「それでもワシにはわかるぞ。お前さんはとても誠実な人間のようだ」


 小男はそのまま拓真の手を握り、勝手に握手として上下に軽く振った。


「ワシはコウテツ。見ての通り鍛冶師をやっておるよ」

「俺は拓真。さっきも言ったけど、ここには仲間を助けにきたんだ」


 コウテツに習い、拓真も名を名乗って目的を告げる。コウテツは眉を少しだけ潜めると、自分のことを指差した。


「その仲間っちゅーのは……ワシのことではないのか?」

「あー、えーっと……悪いけど、違うな……俺の仲間はこのガリオン家の、エリオットっていう奴に攫われてしまったんだ。ロザリンっていう女の子なんだけど……」

「ロザリン……⁉」


 名前に反応したコウテツは、さらに眉を潜めてその堀を深くした。


「な、なにか知っているのか?」

「……いや……どうだ? 同じ名前の子か? それとも……」


 コウテツは首を振り、話題を一新しようと改めて口を開く。


「実は、ワシもオルポス諸島から攫われてきた身でな。てっきりお前さんが助けかと思ったが……まあ、いい。なんにしろ、お前さんの探している子がここにいたとしても、どこにいるかは知らん」


 コウテツのあやふやな言葉に続く、はっきりとした答え。拓真がわかりやすくがっかりしたような顔を見せたせいか、コウテツは焦ったように言葉を探しているようだった。


「まあ、待て。ガリオン家には、地下牢があったはずだ。ワシも一回入れられたからな。もし攫われたばかりなら、そこにいる可能性が高い」

「本当か⁉ そこには、どうやって行くんだ⁉」


 コウテツの言葉は、一気に希望となる。ぐいぐいと距離を詰めてくる拓真に、コウテツは若干引きつつも答えを続けた。


「正面から館に入り、そのまま真っすぐ進んでいった先に地下へ繋がる階段があって……そこが地下牢になっていたはずだ」

「正面から……そこ以外に、入る道はないのか?」

「ない。あとは死体を落とすための崖へ繋がる穴だけのはずだな」


 実質、入り口は一か所のみ。やはり正面突破しかないような答えに、拓真は再び肩を落とした。


「うーん、正面……どうにかして倒して、無理やり進んでいくか……それとももう一度馬を奪って、ある程度無視して進んでいくべきか……」


 いろいろと悩み、顔を歪ませる拓真を見て、コウテツはフン、と鼻息を鳴らした。


「まあ待て、いろいろと考えなくちゃならんだろうが、お前さんにはもっと必要なもんがあるだろ」

「必要なもの……?」


 拓真が首を傾げると、コウテツは床に落ちたままの割れたネマーの杖を指差した。


「ああ、武器……そうだ、俺の刀! すまん、コウテツ! 持っていっていい剣ってあるか?」

「あるが、お前さんが使っていたのと同じものはないぞ」

「それはもうわかっているんだ。なんでもいい、とにかく急ぎたいんだが……」

「まて、まて。落ち着けタクマ。ワシには作戦がある」


 コウテツは話しながら窯に近づき、黒い塊を叩き合わせながら火花を散らし始めた。何度か合わせると火花が窯の中で弾け、大きな炎となる。


「明日、館に所属している私兵団のための武器を納品することになっている。お前さんはその荷物の中に紛れ込めたら、無事に館の中までいける。そこからお仲間さんを探してやりゃあいい」

「おお、確かにそれはいい案だけど……上手くいくかな?」

「大丈夫だ、さっきの麻袋に雑に剣を入れる予定だから、お前さんも同じように麻袋を被ればいい。まあ、開けられる前に逃げなきゃならんが……奴らも大概大雑把だからな、なんとかなるだろう」


 もう一度、コウテツは黒い塊を叩き合わせる。再び舞う火花は、さらに炎を大きくした。


「そして、明日の朝までにワシはお前さんの剣を打つ!」

「えっ⁉」


 拓真は驚いてコウテツを見るが、コウテツはもうすでに刀を作るのに適した鋼の選定に入っている。


「そんな、一日で打つなんてできるのか⁉ そもそも、なんで出会ったばかりの俺にそこまでのことを……」

「お前さんが誠実な男だと、手を見ればわかると言っただろ」


 適した鋼を見つけたのか、コウテツはうんうんと頷き、ようやく拓真の方へと向いてくれた。


「お前さんがガリオン家を倒してくれるなら、ワシにとってもありがたいしな。希望があるなら、ワシは持てる力を出し切るまで!」


 ハンマーを手に取り、コウテツは笑った。


「ワシはコウテツ! オルポス諸島を治めるライラ・カスタルス様に仕える諸島随一の鍛冶師よ! お前さんの剣を折った責任、ここで取らせてもらうぞ!」


 もう片手には鋼を掴む鋏を持ち、コウテツは窯と向き合った。炎をその目に映し、楽しそうに笑みを浮かべている。

 そんな彼の様子を見て、拓真はぽつりと呟いた。


「……火の友」


 ロストリアの言葉を思い出し、拓真は炎に晒される鋼を見つめていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?