パネルを消す前に、拓真はステータスパネルに見た。何かが追記されているようだったので、それを確認しようとしている。
「なになに……ステータス“三大精霊の加護”……?」
『……え……者よ……』
確認してパネルを消すのと同時に、どこかからか声が聞こえてきた。その声は、つい少し前に聞いたものだ。
「……ロストリア? どこにいるんだ⁉」
『今は、姿を……現せません……ですが、一つ……お伝えしたい、ことが……』
声は不安定だ。途切れつつあるロストリアの声を聞き洩らさないよう、拓真は耳を澄ませた。
『これから、あなたは敵……へ向かう、でしょうが……そこで……会うべきです……ずっと……いる、その者は……悪に染まっていない……心を……』
「会うべき? 誰と? すまない、もう一度頼む!」
誰もいない虚空へと声をかけるが、ロストリアの声はどんどん遠くなっていく。
『……火の友を……』
その言葉を最後に、ロストリアの声は消えた。
「くっ……一体なんなんだ? 悪に染まってない、ってことは味方? もしかして、王都の誰かがもう潜り込んでいるとか?」
考えてもわからない。ひとまず、完全に夜明けが来る前に拓真はできるだけガリオン家の近くへ寄ることにした。
「しっかし、この距離はなあ……」
崖の上に見えるガリオン家は、まだ遠すぎて影のようにしか見えない。どのくらいかかるのかは検討もつかないが、今日中につくことはないと思われる。
「馬でもいればいいんだけどなあ……乗ったことないけど……ん?」
森の方から、気配を感じる。拓真は砂浜から離れ、森の中へ入ると茂みの中へと身を潜めた。
すると、少し奥の方から馬に乗ったガリオン家の私兵が表れた。たった一人で、欠伸をしながらのんびりと馬を歩かせている。
(距離からしても、今までの俺ならこいつが近くに来るって絶対気付くわけないのに……これも三大精霊の加護のおかげか?)
そんなことを思いつつ、拓真は私兵の動向を伺った。私兵はすぐそばの茂みにいる拓真に気付く様子もなく、だらだらと馬を歩かせて何やら文句を言っている。
「ったくよお……こんなところまで死体を探しに行けって……ふああ……心配なら自分で探しに行けってんだ……しかし死体もねえし、剣もねえし……」
どうやら誰かの死体を探しているようだ。この様子だと、相当疲れているように見受けられる。
(お疲れのところすまん……)
私兵を憐れみながらも、拓真は馬の真後ろに立たないように背後から私兵に近づく。
「おい」
鞘で軽く肘を小突き、私兵を振り向かせる。
「あ? ぉっ……」
振り向いた瞬間、拓真は鞘で私兵の顎を殴った。私兵は馬から転倒し、そのまま気絶したようだった。馬は驚いて少し暴れたが、拓真が声をかけ続けると、次第に落ち着きを取り戻していった。
「よしよし、よーし……ちょっと乗らせてもらう、ぞっ……」
見様見真似で馬に跨ってみると、またも馬は暴れたがすぐに落ち着いたようだった。
「これなら今日中には行ける……よし!」
ちらりと倒れ込んでいる私兵を見たが、拓真はそのまま馬を走らせる。森の中は踏み均されて出来た道があったので、それに沿って行けばガリオン家の近くまでは行けるはずだと考えたのだ。
「待ってろよ、ロザリン……今度こそ助け出すからな!」
その誓いは、馬の走り向ける風と共に流れていくのだった。
――拓真が向かうべき大きな館。広い領土の最南端に位置するその館では、当主である男が寝室で呻いていた。
「ぐっ、うぅうううううっ……! ふうっ、うううううっ……!」
ベッドの上で四つん這いになり、何かを吐き出そうとして、全く吐き出せずにいた。これを繰り返し続け、もう何時間が経ったことだろう。唾液ばかりが口の端から流れ落ち、ベッドはひどく生臭くなっている。
「はっ……はあああっ……くそっ……まったく、馴染まんっ……本当に、これは……私のものに、なるのか……⁉ ぐぅっ……!」
またも強い吐き気に襲われ、男はベッドに頭を擦り付けた。げえ、げえ、と空吐きばかりを繰り返し、胸を抑えてみたり、腹を抑えてみたりしている。何か得体のしれないものが自分の中で暴れて、苦しめられているようだった。
「いいや……耐えろ……耐えるのだ……これに耐えさえすれば、私は……ぐぅっ、ううううっ……!」
「……父上、食事の用意ができたようですが……大丈夫ですか?」
そこへ、扉を叩いて呼びかける若い少年の声があった。男はベッドから降りることもできず、その場で声を張り上げる。
「オーマ、か……私の分は、不要だっ……お前と、エリオットだけで食べるが、よいっ……」
返事をするため、男はなんとか胸を抑えつけ、声を絞り出す。少年は心配して、さらに扉に近づいたのか、声が先ほどより通って聞こえた。
「しかし……昨日にあの方とお会いしてから、今までずっと苦しんでおられていますよね? 何か腹に入れねば、いくら父上といえども……」
「うるさい! わかった口を利くな! お前が口を出すことではない!」
切羽詰まった男の怒号に、扉の向こうにいる少年は息を飲んだ。
「……っ、わかりました。父上、その……何かあれば、お呼び下されば……」
「呼ぶっ! わかっておる! だから今は、放って……うぐぁあっ……が、あぁあああっ……!」
我慢ができず、男は再びえずきだす。身体の中に蠢く何かは全く出ていく気配もなければ、男の身体を落ち着かせることも許さなかった。
少しして、扉の前にいた少年の足音は離れていった。男は少年の足音が遠のくのを聞くと、男はそのまま脱力してベッドに突っ伏す。
「許せ、息子よ……これは、試練なのだっ……私が、さらに強く……誇り高い、騎士と、なるためのおおっ……」
苦しみに悶える男の声は、まだしばらく部屋に響き渡る。
男が見ることのできない窓は、異様に美しい朝焼けを映し出していた。