「……ん?」
三大精霊から力を授けられたはずの拓真は、眩い光に包まれ、次に目を開けると真っ白な空間にいた。
だが、拓真は感じていた。ここには何度も来たことがある。そう、あの真っ暗闇の空間と同じ場所だと。
「……ちょうどよかった。話がしたかったんだよ」
そう言って、拓真は前へ踏み出す。向かう先には、小さな家屋がぽつんと立っていた。
まるで建物から切り取ったように不自然な形ではあるが、縁側とそこに繋がる和室の客間のような部屋が確かにあった。客間には掛け軸があり、そこには雲の上を飛ぶホトトギスの絵が描かれている。
縁側に、一人の男が腰を据えていた。烏帽子をかぶった男は端正な顔立ちで、時代劇で見るような和服を身に纏っている。拓真のことは一切気にかけず、伏し目がちに両手で丁寧に茶碗を持ち、茶を楽しんでいるようだった。
『来たか』
男は静かに言い、茶碗に口をつける。少しだけ茶を飲むと、ほう、と味わうように顔を綻ばせた。
「あんたは誰だ?」
拓真は問いかける。男は茶碗の中身を揺らしてから、そっと拓真を見つめた。拓真と同じく黒い瞳と黒い髪の毛を持つその男は、どこか安心感をもたらした。
『私は第十三代征夷大将軍、足利義輝。私のことは知っているかい?』
「ああ、名前は知っている」
『嬉しいなあ……知っていてくれて、ありがとう。君もお茶を飲むかい? 必要なら淹れるけど……』
「必要ない。それより、学ばせてくれないのか?」
義輝は、微笑みを崩さない。ただ、少しだけ困ったように眉を下げた。
『せっかちだね。私から教えてあげられることは、ほとんどないよ。とりあえず、座ったらどうだい?』
手を差し出されたのは、義輝の隣。そこには、薄紫色の座布団が敷いてあった。
拓真は素直に従い、そこへ腰をかける。何もない空間なのに、新緑の若い葉の香りが鼻をくすぐった。しばらく死の匂いに浸っていた心が、わずかに安らぎを取り戻す。
『それで? 君は、ここがどういうところなのか、わかったのかな?』
義輝は茶碗を傍らに置き、行儀悪く膝の上に足を組んで拓真を見やった。その目は、なにもかもわかっている目だ。
「……ここに来る条件はわかっていないけど、俺に力を与えてくれる場所だっていうのは、もうさすがにわかったよ。だから、あんたも何かを授けてくれるんじゃないかって」
『ふふ、そうだね。私が君に与えられるものは少ないけれど、きっと力になれることだろう。まあ、先の彼らに比べたら、大したことはないかもしれないけど……』
そう言って、義輝はちらりと客間へ振り向いた。そこでは、まるで何かを囲っているかのように、多くの刀が円状になって畳に突き刺さっている。
拓真は、自然と自分の腰に差さっている刀に触れた。本物ではなく、偽物の刀ではあるはずだが、その重さは現実であることを伝えてきた。
「なあ……今ならわかる。あんた、俺のスペシャルスキルなんだろう?」
刀を強く握りしめながら、拓真はずっと感じていたことを訊ねる。義輝は、やはり何もかもわかっている目をしている。
『いいや、君はずっと前からわかっていたはずだよ。そうでないと、憑依させて技を放つことなんか、出来やしないからね』
拓真は、身に覚えがあった。これまでの戦いの中で勝手に身体が動き、技を放った時のことを言われているのだ。
「憑依……俺はあんたたちのような剣の使い手を憑依させて、戦っていたんだな」
『その通り。全くどうしてこんなふうに君と話して、力を与えるなんてことができているのかは、私たちもわからないけどね。狐につままれているとしか、思えないくらいさ』
カラカラと笑い、義輝は縁側に上がった。客間へと歩いていき、そのうちの一つの刀を手に取り、拓真の前へと持ってきた。それは刀ではあるが虹色に輝いており、強い力を感じさせる。
『こうして先ほど君が取り込んだ不思議な力も、君の中にある。君は、とても強くなっているよ。きっと多くの敵に囲まれても、対処できることだろう』
そう言った瞬間、義輝は素早い動きで拓真の心臓に虹色の刀を突き立てた。
だが、拓真は動じない。それが必要なことであると、理解していたのだ。
『……私はできなかったのに、一体何を与えられるというのだろうね。私は先の彼らと並ぶことなんてできない。私がしたのは、死ぬ間際の苦しい抵抗だけだというのに』
心臓に突き立てられた虹色の刀は、少しずつ細くなって一筋の光となると、そのまま拓真の身体に溶け込んでいった。自分の中に熱い何かが巡るのを感じ、拓真は立ち上がる。
「そんなことない。自分が死ぬかもしれないという場面で抵抗できるなんて、そうそうできることじゃないと思うぞ」
刀を鞘ごと引き抜き、それを胸の前に出して拓真は続ける。
「俺はあんたからも与えられた力を信じて、戦う。憑依されて戦うってことは、俺は一人じゃないってことだろ?」
『何度でも言うけど、私はどう力になれるかはわからないよ。先の二人の方が、よほどお強いからね』
「それでもいい。一緒に戦ってくれるってだけで、俺には十分だ」
とん、と義輝の胸を押し、拓真は頷く。
思ってもいない言葉だったのか、義輝はまたも困ったように微笑んだ。それからわずかに嬉しそうに口角を上げ、一歩だけ下がる。
『そうだね、共に戦う者……まさしく私が欲していたものだ。私が与えられるのは、そういうことなんだね』
義輝が離れていくと、眩い光が拓真の目を襲った。だんだんと強くなる白に、拓真はどうしても目を塞がざるを得なくなる。
『私はこれからも君と共にあろう。君の力となり、君の技となり、共に戦おうじゃないか……』
そして、夜明けが訪れようとしていた。明るみを差してきた空の下、拓真は波の打ち寄せる音を聞く。三大精霊から力を与えられた場所から、拓真はあまり動いていないようだった。
「……これも、あんたの力か?」
今は姿の見えない、己の力の一人に問う。なぜかというと、拓真の服装が変わっていたのだ。
これまで拓真は、この世界の村人と変わらないような普通の布の服を着用していた。しかし、今の姿はどうだろう。髪の色に合わせた、黒色の剣道着に袴。まさに、拓真が日本に生きていた頃の服装を模しているのだ。
多少腕を回してみたり、その辺を歩いてみたりして、拓真は服の着心地を確かめた。刀を抜き、剣道の型をとってみても、その服は動作にしっくりと馴染む。
「ようやく、俺、って感じになれたな……あ、そうだ」
ふと、拓真はパネルのことを思いだす。しばらく出していなかったので、自分のレベルがどれほど上がっているかなんて、全くわかっていない。
しかし、今確認したいのはレベルではない。スキルパネルを出し、拓真はその名を目に納めた。
「スペシャルスキル、“剣豪憑依”……それが俺の……」
ようやく自覚した己の力を囁き、拓真は遠くを見つめた。
これから向かうべき、ガリオン家の館の影を。