ロストリア。その名に、拓真は聞き覚えがあった。
「それって、大陸の名前……だよな? あんたがその、ロストリア?」
『ええ……人間たちの伝承の中で、私たち三大精霊の逸話が伝わり、この大地に私の名が残されました』
三大精霊。それは王都アダルテからメファールの村へ出発する際に、魔法協会の長ロダンが言っていたと、拓真は記憶していた。
「ええっと、そんなすごい人たち? がなんでこんなところに……というか、ウェルファーナを知っているのか?」
話をしているほど時間はない。こうしている間にも、ロザリンがどんな扱いをされているのか、わからないのだ。焦る拓真だったが、会話を終わらせるわけにはいかなかった。自らを精霊ロストリアと名乗った彼女は、ウェルファーナの名前を出したのだから。
『ウェルファーナは私たち精霊と、人間でいうところの兄妹のような存在です。彼女が世界を産み、そして私たちが世界を育てました』
「なんだか難しい話になっているけど、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて……ウェルファーナに会いたいんだ。どうやったら会える? 会えないなら、俺をこの世界に呼んだ理由を教えてほしいんだ」
『伝えられなかったのか? いいや、伝える時間がなかったのか』
拓真が懇願する横で、腕を組んでいる海の男が口を挟んだ。
「えっと、あんたは……」
『我は海の精霊、アイヴス。それとこっちは風の精霊、スーロ。覚えておくがいい』
「ああ、わかった。それで、俺をこの世界に呼んだ理由は?」
『至極簡単なこと。それは……』
『あいつをたおしてもらうためだよ!』
スーロがガリオン家のある方角を示す。会話を奪われたアイヴスは、大袈裟に肩をすくめた。
「あいつ……って、ガリオン家?」
『いいえ、彼らよりもっと強い存在……それが今、あそこに……ううっ』
そういうと、ロストリアは膝を折る。慌ててその身体を抱きとめるが、ロストリアの身体はつま先から光の粒子となって消え始めていた。
「か、身体が……⁉」
『時間が、ありません……あなたはウェルファーナに選ばれた魂……必ず、あの者を倒せるはずです……』
『しかし、今のままでは倒せない』
『だって、きみはまほーによわいもんね!』
精霊たちの言葉に、拓真は言葉を噤んだ。実際、魔法への対処は全くわからない。わかっていれば、エリオット・ガリオンに命じられた魔法使いの攻撃も退けて、今頃はロザリンを助けられていたかもしれない。
「……どうしたらいい? 俺は、どうやってその……あんたらが倒してほしいっていう奴と、戦ったらいいんだ?」
『その力を与えるために……私たちは、ここへ来たのです』
『あいつがガリオン家で力を使ったから、我らも一時的に姿を取り戻すことができた』
『きみにちからをあたえたら、スーロたちはまたきえちゃうからね!』
精霊たちの話している内容は、拓真にはいまいちわからない。しかし、力を与えてくれるというのであれば、受け取るしかないだろう。
「その力があれば……俺は、もっと強くなるのか?」
『もっとどころじゃないくらい! ずーっとつよくなるよ!』
拓真に支えられたロストリアは、もう大丈夫といって、自分の足で立つ。ロストリアが拓真の右手を取ると、そこへアイヴスとスーロの手も重ねられた。
すると、ウェルファーナから力を与えられた時と同じように、光の帯が現れる。それはゆっくりと拓真と三大精霊の手を離れないように、巻かれていった。
手に触れ、光の帯が肌に溶け込んでいくのを見つめながら、拓真は訊ねる。
「……なんであんたらは、自分でそいつを倒せないんだ?」
『それも至極簡単な答えよ。奴はウェルファーナの力を、半分持っている』
「……は?」
ひどく重要な答えを、アイヴスは口にする。
ウェルファーナはこの世界の女神だ。いくら宗教に熱心ではなくとも、拓真の中で神というのは大きな存在だという認識はある。剣道の際に大事にしていた神棚の存在もあって、その認識は強い。
その神の力を、半分も持っているのだというのだ。いくら戦う力を身に着け始めたとはいえ、拓真はただの人間。
「勝てるわけ、なくないか……⁉」
『かってもらわないと、こまるよー』
「そんな身勝手なことを、言われてもなあ!」
『私たちの我儘だというのは、重々承知しています』
ロストリアが、伏し目に言う。
『こうなるはずではなかったのです……かの者の存在は、この世界を平定に導くはずでした。しかし……』
光が強くなり、拓真の手に触れる帯の枚数が増えていく。だんだんとロストリアの身体は透明に近づいていき、それはアイヴスとスーロも同じだった。
『よそうははずれ! かれはちからをつかって、やりたいほうだい!』
『我らの力も、ウェルファーナの力も大半が奪われてしまった。だからこそ我らは、そなたに賭けるしかないのだ』
ぐ、と拓真の手を握る力が強くなっていく。
『たのむよ、えらばれしこ! きみががんばれば、ぼくらはまたちからをとりもどせる……』
ふわりとスーロの身体が浮かび上がると、その身体から溢れた光は帯となり、拓真の手に重なっていく。溶け込んでいくと、強い風が拓真の身体を覆った。
『託されてばかりでつらかろうが、我らも託すしかないのだ。せめて、力さえ取り戻せれば……』
アイヴスの身体も光になり、帯となって拓真の身体へ溶け込んでいく。すると、拓真の耳元で波の音が一瞬押し寄せた。
残されたロストリアと視線が合う。ロストリアの身体も、もうほとんどが透けて光となってしまっていた。
ロストリアはもう片手でも拓真の手を取り、その手に額を当てた。まるで祈るようなその姿は彫刻のようで、拓真は自然と姿勢を正す。
『……ごめんなさい』
「でも……こうするしか、なかったんだろ?」
拓真の言葉に、ロストリアは頷いた。
『あなたの命は、この世界のために再生されたものです。あなたの運命は、決まっていたのです。かの者と戦うのだと……』
「それならそうと、聞けてよかった」
俯いていたロストリアは視線を上げ、改めて拓真の目を見た。拓真は少し困ったように微笑みつつ、自分の手から全身へと行き渡る力を感じていた。
「やっとこの世界にきた理由を知れて、思ったよりスッキリしているんだ。俺はなぜここに来たのか、何のためにいるのか……理由を聞けずに来てしまったから、ずっと悩んでいた」
手に納まる光は、どんどん強くなっていく。
「そりゃあなんで俺が、とは思うし、じいさんとの約束もまともに守れなかった俺だけど……それでも、俺にできることがあるなら、やってやるさ」
拓真は、ロストリアの手を、自分から握りしめた。
「じいさんの教え……俺にまだ心を鍛える時間があるのなら……じいさんから学んだ剣道を、この世界でやり通す!」
ついにロストリアの姿は光となり、光の帯となって拓真へ取り込まれていく。
大地が、激しく揺さぶられるのを感じた。