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―第三十六章 不安と困惑―

 魔法協会の長であるロダン・モダンは、戦いの後、すぐにメファールの村へと呼ばれていた。エリオット・ガリオンに使われていた転送魔法の解読をするためである。

 畑の土に刻まれた魔法の文字は、今もしっかりと残っていた。転送されたメファールの村人がどこにいるのかがわかれば、救助に向かえる。そう思って検分を始めたものの、それはロダンが普段使っているものと若干異なっていた。

 転送先はどこなのか、同じように使うのはどうすればいいか。そういったことを調べている中で、ロダンは大きな魔力の高まりを感じ、視線を空へと向けた。


「……今のは?」


 陽が沈みゆく黄昏の空の向こうを見て、ロダンは目を細める。

 ここから離れた南の方で、何か大きな魔力が動いた感覚がしたのだ。南には、ガリオン家がある。

 すぐに追っ手を出さなかったのは、ミルフェムトの指示だ。戦況は最悪。ましてや村の一つが壊滅させられたのだ。生き残った村人を助け、これからできることを模索し、立て直す。それが女王からの指示だった。

 しかし、ロダンの中に不安要素が一つ、生まれてしまった。メファールの村はガリオン家の治める領地内とはいえ、馬で走っても半日はかかる距離だ。それなのに、この距離でロダンが肌で感じるほどの魔力は、一体何をすれば発せられるのか。


「……悪いことが、起きねばよいが」


 不安に思えど、今は目の前のことをするのみ。明かりの代わりに、手のひらに収まる程度の光の魔法を出すと、ロダンは手元を照らしながら仕事へ戻っていった。




「う、わ、あぁああっ!」


 一方、エリオットの傍にいた魔法使いにより空へと投げ飛ばされた拓真は、宙で手足をバタつかせていた。


(だめだ、どう足掻いてもこれは海に叩きつけられて……死ぬっ!)


 眼下に広がるのは広い海だった。これがせめて雑木林側へ向けて飛ばされていたのなら、まだなんとかなったかもしれない。しかし、このままでは海面に全身を強く叩きつけられるだけだろう。無事に落下できたとしても、陸地まで泳ぎ切るのも難しそうだ。


「くそっ……すまない、ロザリン……俺は……」


 結局、今世でも何も成し遂げられずに命が終わるのか。


(俺は……何も成し遂げられない、人間なんだな……)


 そう思うと、拓真は無駄な抵抗をやめた。飛ばされるがままに宙を落ちていく。高度はどんどん下がっていき、海が近づいてきた。


(これが俺の運命なら……受け入れるしか……!)


 ギュ、と目を瞑った。せめて何も感じることなく、終わればいい。

 そう思っていたのに、何も起きなかった。衝撃は何もなく、だが手足はだらりと下がって、海に触れるか触れないかくらいのところだった。


「……あれ?」


 服が伸びている感覚がする。何かに摘まみ上げられているような、そんな感覚だ。

 それに気付くと、パッ、と服を手放され、拓真は海に落ちた。


「わぷっ……な、なんだっ、よっ……⁉」


 海は深く、足は届かない。なんとか浮かび上がろうとすると、今度は海がせり上がってくる感覚が拓真を襲った。


「うおおおおおっ⁉」


 海が受け皿のようなものになり、拓真を少しだけ海面から引き上げる。呼吸はできるし、膝をつくこともできる。わけのわからない状況に、混乱しつつも拓真は刀に手を置いた。


「な、なんだ⁉ 誰がやっているんだ⁉」


 拓真の問いに答える声はなく、そのまま海は動いていく。


「待てよ、どこに行くんだ⁉ おい、誰かいるのか! おい! おーい!」


 白波を立てて、拓真の身体はどこかへ向かっていく。身体の周りに、船のようなものはなく、やはり海しかない。全身が濡れてはいれど、そこまでずぶ濡れというわけでもない。拓真を持ち上げている海は、確かに液体なのに触れられる、不思議な感触だった。

 だんだんと勢いを増してきて、拓真の目に移ってきたのは砂浜だった。距離が近づいてきていても、拓真の身体を運ぶ波は落ち着くこともなく、そのまま砂浜へ乗り上げる勢いだ。


「ま、まて、このまま行ったら……!」


 案の定、拓真は陸地に近づく波にそのまま打ち上げられ、またも宙を舞った。


「だああああっ!」


 地面に叩きつけられるかと思うと、今度は砂が盛り上がり、優しく拓真を受け止める。


「んぶっ……げほっ! げほっ!」


 とはいえど、拓真の口の中には大量の砂が入り込んだ。吐き出しながら咳き込み、そしてふらつきながらも両の足で立ち上がる。

 どうして自分がこんなにことになっているのか、拓真はいまだにわからない。姿の見えない何かが自分をここに導き、命が助かったことに違いはない。だが、敵か味方かもわからない存在だ。警戒するに越したことはない。


「けほっ……ったく、散々な目に遭ったな……」


 砂は拓真の身体を受け止めたかと思うと、すぐに崩れ去って何事もなかったのかのように落ち着いた。辺りに広がるのは、ただ静かに波が打ち寄せる穏やかな海岸線だけ。

 陽はもう落ち始め、夜が空を覆い始めていた。そっと海から距離を取るように、拓真は砂と土との境目に向かって歩く。どうやらここらには森が広がっているらしい。

 自分が飛んできたと思われる方を見れば、遠くに大きく切り立った崖と、その上に立つ大きな建物の影が見えた。歩いていくのであれば、どのくらいかかるのだろう。


「目的地は見えているからいいけど……こりゃあ、遠いな……」


 さて、どうしたものかと後頭部を掻くと、ひゅるりと風が舞う音が聞こえた。


「誰だ⁉」


 すぐに刀の柄に手をかけ、臨戦態勢をとる。海へと振り向いても誰もいない。ならばと森へ振り向くも、そこにも誰もいない。


『あははっ! こっちだよ!』


 頭上から声がした。視線を上へ向けると、身体が半透明で、少年とも少女とも見て取れる子どもがいる。


揶揄からかうのはよさんか。誤解されるだろう』


 次にした低い声は、海から聞こえてきた。波が形を作り、半透明の筋骨隆々の男の姿を作り出した。


「な、あんたらは……」

『落ち着いてください、ウェルファーナの選んだ子よ』


 ついに刀を抜こうとした拓真の背後からは、女性の声がした。刀を抜こうとしても、その手の上に重ねられた手のせいで、なぜだか抜くことができない。


「か、刀が……!」

『私たちの話を聞いてください。どうか、その手を納めて』


 その声に敵意はないようだった。どうしようかと迷った拓真だったが、女性の声に従った。拓真の手に力がこもっていないとわかると、刀を抑えていた手はするりと避けていく。

 改めて声に振り向くと、そこには砂が女性の形を作っていた。一歩、二歩、と拓真が距離を取ると、空にいた子どもと海からやってきた男が女性の横へ並び、三人はまるで一つの家族のように見えた。


「……あんたたち、何者だ?」


 拓真の問いに、三人を代表してなのか、女性が口を開く。儚げに見えるその瞳は輝きが強く、拓真はどこかで似たようなものを感じた気がしていた。


『私の名はロストリア……女神ウェルファーナと共にこの世界を作った……大地の精霊です』

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