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―第三十五章 届かない手―

 時は戻り、三日前。メファール村の戦闘後。


「くそっ、どこにいるんだ!」


 馬に乗ったまま、エリオット・ガリオンが苛立たし気に言う。辺りは雑木林で、視界は悪い。周りには私兵が数名と、ローブを着た魔法使いが二人。


「おい! 本当にいたんだろうな!」

「は、はい! 確かにエリオット様と共に、見慣れぬ男が一人、転送魔法でここに……」

「ちっ、めんどくせえ……だが奴はここらの地形に疎いはずだ、探せ!」


 エリオットの怒号が飛び、私兵は慌てて四方八方へと走っていく。魔法使いたちはおずおずとエリオットの傍についたが……。


「何やってんだ! 転送魔法にもう用はねえ、お前らも探すんだよ!」


 再び飛ぶ怒号に合わせ、魔法使いたちも早足で辺りを探しに回る。

 その様子を、倒木の影から見ている者が一人。


「ついてこられたのはいいが……どうするべきか……」


 こっそりと影から顔を出し、私兵の位置を確認するのは探されている本人、拓真であった。

 魔法でこちらに着いた時、拓真は前転をしながら飛び出した。エリオットとは反対方向だったので、直接姿は見られていない。私兵たちも乱入者がいると予想していなかったせいか、戸惑っているうちに距離を取ることができたのだ。

 しかし、問題はロザリンをどう奪還するかだ。彼女はまだ気を失っているようで、エリオットに担がれたまま。そこへたどり着くにしても、私兵と魔法使いが間違いなく邪魔をしてくるだろう。


「この人数を俺一人で相手にするのも、けっこう難しい話だろうし……隙を見るしかないか」


 そうして様子を伺っていると、エリオットが馬に乗ったまま進みだした。私兵たちも周りを警戒しながら、少しずつ前進し始める。拓真も見つからないよう、ゆっくりとその後ろをついていく。

 雑木林の道は、あまり長く続かなかった。すぐに拓けた土地となり、その道を辿っていけば大きな館が丘の上にあるのが見える。


「で、でっけえ……」


 思わず遠目に見た城のような、要塞のような館に、拓真は素直な感想を溢した。幸いにも、私兵には聞こえなかったらしい。

 雑木林を抜けてから、拓真はぽつんと立っている木を頼りに、エリオットたちを追っていた。私兵たちは視界が拓けているせいか、侵入者をすぐに発見できると思っているようで、警戒心が弱いらしい。そのおかげで大胆に木から木へ移動しても、なんとか見つからずに済んでいた。

 館に近づくに連れ、波の打ち寄せる音がした。拓真の身体を撫でていく風は、少しばかり強く、潮の香りを運んでいた。


(そういやガルトール家は大陸の南側を治めている、って話だったか……そんでもって、すぐ目の前に海……)


 館のある位置はずいぶん高いところのようだが、近くに港でもあるのだろうか。そこから隣国エルヴァントの人攫いを、受け入れているのだろうか。そんな考えがよぎるも、今の拓真にとってはどうでもいい。

 館の中に入られては、ロザリンを取り返すのは非常に困難になるだろう。私兵も魔法使いも相変わらずエリオットの傍に控えているが、仕掛けるなら今しかない。

 逃走手段は何も持ち合わせてはいないが、ロザリンを救わなくてはならない。その想いだけで、拓真は木陰から飛び出すが――。


「止まれ! 何者だ!」


 拓真が見ていた私兵とは、別の私兵がやってきた。どうやら領地内を巡回中の私兵のようだ。

 声を上げられたことにより、エリオットとその周りの私兵と魔法使いも振り向き、拓真の姿を視認する。


「あぁ⁉ てめえ、やっぱりここにっ……!」

「エリオット様、侵入者です! 捕らえま……」

「いらねえよ! とっとと殺せ!」


 武器を構えつつ私兵が訊ねたが、エリオットは言葉にかぶせて命令を下した。

 私兵たちは、一斉に拓真へと向かって来た。大多数の相手はほとんどしていない拓真だったが、これまでの戦いの経験が立ち向かうことを支える。

 身体が、戦うことを覚えていた。その手は、躊躇うことなく剣を握る。


「ミルフェムトの剣と一緒だ……こいつらは……有象無象!」


 三方向から迫りくる私兵は、鞘に納めたままの刀で対応する。


真壁氏幹まかべうじもと直伝、”三受留みうけどめ“!」


 ミルフェムトの魔法の大剣を打ち落とした時のように、拓真は一呼吸の合間に三人の私兵を打った。あまりの衝撃が頭を揺らし、私兵たちは皆、拓真を通り過ぎて倒れてしまう。


「この野郎っ!」


 遅れてやってきた一人の私兵は、棒の先に鉄球がついた武器を振り上げて襲いかかってきた。その動きはなぜだか、ひどく遅く見える。

 拓真はしゃらりと鋼の擦れる音を立てながら、鞘から刀身を抜いた。夕暮れを感じさせる色が、刀身に跳ねて美しく輝く。


「伊東一刀斎流……”瓶割かめわり“!」


 振り下ろされる鉄球を避け、拓真は踏み込んだ。すると、ばらりと私兵の鎧は砕け落ち、さらに峰打ちで意識を奪うことに成功した。


「う、嘘だろ……あっという間に、四人も……⁉」


 さすがに拓真の戦う姿を見て、他の私兵は狼狽えているようだった。鋭い眼差しと目があえば、私兵たちは自然と悲鳴すら上げている。

 どうしようかと攻めあぐねた様子を見せていると、痺れを切らしたエリオットが叫ぶ。


「馬鹿が! 剣が通じねえなら、魔法があんだろうが! いけ、魔法使い共!」


 その怒号でハッと気づいたように、魔法使いは前へ出て杖の先を拓真へと向けた。


「風魔法、”強かな向かい風ネル・トルドット”!」


 魔法使いがそう唱えると、地面を這うようにして竜巻のような風が拓真へと向かっていった。


「か、風っ……⁉」


 こうした戦いの中で見る魔法は、拓真にとって初めてのものだった。以前ロザリンと共に人攫いと戦った時に受けた風は、スペシャルスキルによって作られたもの。そして今拓真に迫っているのは、魔法による風。どのように対処すればいいかわからず、拓真は魔法の風を全身に受けてしまった。


「ぐっ、う、ぉううぉおおっ⁉」


 ひとまず腕で顔を覆って守ろうとしたものの、風は拓真の身体を囲い、空高くへと持ち上げる。どうやら傷をつけるのが目的ではないようだ。


「くそっ、おい! なんだよこれ、卑怯だろ!」


 じたばたと手足を暴れさせてみても、風の消える気配はない。視線を下にしてみると、そこには勝ち誇ったように笑みを浮かべるエリオットが見上げていた。


「あばよ、クソ野郎。てめえの剣だけ後で拾いにいってやんよ」


 エリオットは、魔法使いになんらかの指示を出す。そしてその手は、遠くを示していた。


「ま、まさか……」


 その意図に気付いた拓真は、さらに藻掻いた。だが風の中でいくら藻掻こうとも、結局はくるくると身体が回るばかりで、弄ばれているようだった。


「やめろ! ロザリンッ! 目を覚ませ! ロザッ……」


 魔法使いは杖を空に掲げて、それから地平線を目掛けて振り下ろした。その動きに合わせて、拓真の身体は彼方へと放り投げられる。


「うわああああああっ!」


 その悲鳴は遠く、そして小さくなり、姿すら見えなくなってしまった。

 一部始終を見届けたエリオットは、ふん、と一度だけ鼻を鳴らし、馬を進めて館へと向かった。


「……タ……ク、マ……?」


 僅かに意識を取り戻すも、時すでに遅し。揺れる視界と霞む思考の中で、ロザリンは遠くへ消えた仲間の名を囁くのだった。

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