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―第三十四章 責任―

 メファールの村の戦闘から、三日が経過した。

 王都には、生き残ったメファールの村の住民が、助けを求めて流れ込んできた。無論、ミルフェムトは王都の宿屋を解放し、村の住民を保護した。しかしメファールの村の住民だけでなく、近隣の町や村からも人が流れ込んできてしまっていた。

 一貴族によって村が一つ滅ぼされたことは、誰にとっても衝撃的な事件だった。南側に住んでいた人の一部は生まれ故郷を捨ててまで、王都アダルテにやってきた。アダルテではなくとも、もっと北側の町や村、またはさらに北にある獣人の島『エプルカトマ』にまで逃げ込む者もいるとか。

 傭兵ギルドの長、アルバは忙しなく働き、王都兵団と共に各地の巡回警備等に当たっている。医療協会の長、リリーも、日々多くの人々の心を癒すために時間を割いていた。魔法協会の長、ロダンはというと、メファールの村に通い、残った転送魔法の解読に勤しんでいる。商人ギルドの長ヴィーチェも、のんびりとした雰囲気ではありつつ、てきぱきと支援物資の手配や物品の仕入れで方々に働きまわっているようだった。


 ――そんな中、ミルフェムトはある場所へと秘密裏に足を運んだ。護衛をしているオークスは背丈のせいで目立つが、ある場所の入り口でいつもと同じく門番のようにミルフェムトを待つ。

 ある場所とは、上級階級の人々が住む区域の診療所だった。ここは医療協会の長、リリーが直々に回っている場所の一つでもある。ミルフェムトが入ると、医療協会の一人が緊張した面持ちで出迎えた。さすがにこの都の女王を前にしているのだ、誰もが背筋を伸ばしてしまう。

 案内された一室の前で、ミルフェムトは医療協会の者に感謝を述べ、案内を終わらせた。部屋の中からは、一生懸命に何かを話す若々しい男の声が聞こえる。


「それで、アクロがかっこつけて決めポーズをしたら、ちょうど頭の上の木から木のみが落ちてきて! 魔獣に襲われて泣いていた子どもも、思わず笑っちゃったんですよー!」


 丸い身体をした青年と、皮と骨しかないような細身の男がベッドの横の椅子に座っていた。ベッドの上にいたその人は、ミルフェムトの姿に気付くと僅かに顔を上げた。


「陛下」

「よい、楽にせよ。私も見舞い人の一人だ」


 ベッドの上の人―ランディ―はすみません、と軽く頭を下げた。女王の来室に驚いた丸い身体の青年―ポム―は慌てて椅子から立ち上がり、細身の男―アクロ―はゆっくりと立ち上がり、胸に手を当てて礼をする。


「ではランディさん、俺たちはこれで」

「また明日も来ますからね!」


 二人はそそくさと出ていき、部屋の中には静寂が訪れる。


「……座りますか?」

「ああ、お言葉に甘えよう」


 ランディに勧められ、先ほどまでポムが座っていた椅子にミルフェムトは腰をかける。

 部屋の窓は開けられており、優しい風が吹き込んできていた。風に揺らされる髪の毛を耳にかけ、ランディはそっと口を開く。


「……まだ、情報は入ってきていないんですか?」


 ランディの問いに、ミルフェムトは大きく息を吸いこみ、吐きながら首を横に振った。それは、ミルフェムト自身も落胆していることを示している。


「そう、ですか……」


 上体を起こして壁と枕に背を預けているランディは、布団の上に置いてある手をもじもじと交差させた。それを強く握りしめると、徐々に身体を丸めるようにして、額と手を合わせる。


「……僕のせいだ」


 身体の傷は癒えきったが、心に深い傷を残している細い肩に手を置き、ミルフェムトは優しく撫でた。


「違う。此度こたびの責任は私にある」

「いいえ、違うんです。僕が、僕がタクマ殿の言うことを聞かなかったから……一度退かなかったから、こんなことに……」


 メファールの村で何があったのかは、ミルフェムトも報告を受けている。ランディが自虐を交えつつ証言したことや、ジオの状況説明、オークスの総合的判断と見解を全て聞き、それでいてミルフェムトは自身の責任だと言っていた。


「ランディ、自分を責めるな。責めるなら、私を責めろ」

「しかし、陛下の期待に応えられなかったのは、僕たちの責任です。ましてや、大きな戦力であるタクマ殿を失うなんて……」


 王都に戻ってきてから、ランディはずっとこの調子だった。拓真の話が出れば自分が悪い、自分のせいだと、そればかりを言う。


「ガリオン家のことだって、そうです。僕は捨てられた身とはいえ、ガリオン家。僕が、僕が全部、どうにかするべきで……」

「そういう問題ではない。ガルトール・ガリオンの脅威は、今やこのロストリア大陸全域に渡りかけているのだ。そなたが背負うには、重すぎる」

「でも」


 ランディは顔を上げ、涙ぐんだ橙の瞳をミルフェムトへと向けた。哀傷と自責の念に満ちた、その二つの瞳を。


「僕がもっと……もっと早く、父の……ガルトール・ガリオンの思惑に勘付いていれば……そう思わずには、いられないんです……」


 視線を外し、ランディは祈るように顔を隠した。


「そうしたら……ロザリン嬢も、タクマ殿も……失わずに、済んだのに……」


 部屋には再び静寂が訪れる。優しい風が吹いているにも関わらず、今度はどんよりとした、重苦しい空気だった。

 ミルフェムトは、ただただランディの肩から背中にかけて撫でることしかできない。今の状態では、何を言ってもランディは自分のせいだと己を責めるばかりだろう。

 実際、拓真とロザリンの情報は何も入ってきていなかった。傭兵たちとオークスたちが、ガリオン家の領地を偵察してはいるものの、特に目立った動きは見られなかった。公開処刑をしていないところを見ると、ロザリンは見せしめのために連れていかれたわけではないようだ。


(何のために連れて行ったのかはわからないが、意味もなく連れていくはずがない……必ず狙いがあるはず……そして狙いがあるということは、生かされている可能性も高い……)


 ロザリンの生死に関しては、ミルフェムトは希望を持っていた。散々メファールの村で殺戮をしていたのだ。あの場で殺さず連れて帰ったからには、生かしてあるに違いないと考えていた。

 その一方で、拓真に関してはなんとも言えなかった。隣国エルヴァントの支配者と同じく、異世界からの客人である拓真。その実力は未知数とはいえ、大多数の兵士と剣の実力者が待ち受けるガリオン家で、無事でいられる保証はない。


(なんとか生きていてほしいものだが……果たして……)


 だが、いつまでも悲しんでもいられない。ミルフェムトには護るべき民がいるのだ。女王としての責務を、果たさなければならない。


「ランディ」


 その声は凛としており、涙が止まらないランディですらハッと顔を上げた。

 じっと瞳を覗き込まれる。女王のそこにあるのは悲しみではなく、強い意思だった。


「私は女王として、そして今回の作戦の立案者として、責任を取らなくてはならない」


 がっちりと握りしめられていたランディの手を解し、その手を取る。剣を扱う者同士の手の平は、決して柔らかいばかりではない。


「不甲斐ない私ではあるが、どうかもう一度、力を貸してはくれまいか」


 窓から入る風が、一瞬だけ強く吹く。それはまるで、剣を持てと背中を押すかのように。


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