「ランッ……」
エリオットのスペシャルスキルを正面から受けてしまったランディは、そのままエリオットと共に後方へと飛んでいく。
それは拓真すら巻き込み、そのまま瓦礫の山へと突っ込んでしまった。大きな音と振動が、辺り一帯に響き渡る。
「ふはっ、はははは! ハハハハハ!」
拓真も巻き込んだことを感触で分かっていたエリオットは、瓦礫の山から身を起こすと、気持ちよく笑った。
「馬鹿な奴らだ! だから言っただろうが、俺に敵うわけがな……」
勝利を確信したはずだった。しかし、感触がおかしいと気づいたエリオットは、ランディに突き込んだ大剣を引っ張る。あの勢いで行けば、胸を貫けると思ったのだ。邪魔な“兄妹“を殺せると、そう思っていた。
「……あー?」
だが実際は、ランディの胸は鈍く輝くネックレスが守ってくれているようだった。これは王都アダルテの図書館にあった隠し倉庫で身に着けたアクセサリーで、一度だけ命を守ってくれるというものだ。
「はっ、『代役の首飾り』なんて、クソみてえなアクセサリーなんぞに頼りやがって」
大剣がエリオットの手に戻ると、瓦礫の山と剣に挟まれた状態になっていたランディと拓真は、ぐったりとその身を転がした。瓦礫に沿って少しばかり転がり落ちるも、二人ともほとんど動けないようだった。
拓真に至っては、ランディのようにアクセサリーを身に着けていたわけではなかったので、一番下で衝撃のほとんどを受けてしまった。防具を装備しており、且つ元々の防御力があったとしても、そのダメージは相当なものだ。わずかに意識はあるようだが、ピクリとも動けない。
ランディも命は守られたとはいえ、アクセサリーの効果はたった一度だけ。しかも「命を守るだけ」の効果なのでダメージは相応に受けており、ほぼ瀕死状態だった。拓真と同様に全身は動かず、エリオットに大剣を向けられても、抵抗する力など残ってはいない。
「ま、助かっても無駄だったけどな。せいぜいあの世で悔いろや」
ランディの心臓に剣先を向けて、エリオットは大剣を構える。そのまま一突きすれば、間違いなくランディの命は絶えるだろう。
「ゃ……め……」
拓真の止めようとする言葉は、エリオットに届くわけがなかった。
こうなるのだったら、無理にでもランディを止めて、三人でオークスの元へと戻るべきだっただろうか。民衆を犠牲にしてでも、戦いは避けるべきだっただろうか。今となっては、何が正しかったのかわからない。
ただ見ていることしかできなかった。エリオットの剣が、ランディの心臓に迫るのを。
「やめてええええ!」
悲鳴のような声と共に、エリオットの剣は弾かれたようだった。思わぬ攻撃を受け、大剣が後ろに弾かれてよろめいたエリオットは、はっと顔を上げた。
そこには、瓦礫に乗り上げたロザリンがいた。
「ランディを……傷つけないで!」
瓦礫から飛び降りたロザリンは、剣を振るってエリオットへ立ち向かう。ロザリンが戻ってきたことに、拓真は心の底から安堵した。
長い金の髪の毛を舞わせ、ロザリンはランディを護るように前へ出て、エリオットへ積極的に打ち込んでいく。だがエリオットは、退屈だと言わんばかりに怠そうな表情でロザリンの剣を受けていた。
「なんだぁ……? 随分なまっちょろい剣だな。そんな低いレベルで、ガリオン家の長男である俺に敵うと思ってんのかあ?」
「レベルが低くたって……私は! 父の教えを守るのよ!」
ロザリンの剣は、エリオットにとって赤子のようなものだった。片手剣で打ち込んできているというのに、なんと軽い剣筋なことか。ロザリンはエリオットを抑えられていると思っているだろうが、そんなことはない。ただただエリオットが、遊んでやっているだけなのだ。
瓦礫の破片が落ちてきたことに気付いた拓真は、軽く首を動かした。瓦礫が崩れてきた方からは、ジオが降りてきている。
ジオが来たのを見ると、ロザリンは剣を打ちながら叫ぶ。
「お願い、ジオ! 二人を回復して、どうにか移動させて!」
「今やる!」
拓真を仰向けにすると、ジオはその胸の前で拳を突き合わせた。拳と拳の間から緑色の柔らかい光が溢れ出ると、それは瞬く間に拓真の全身を覆った。
「スペシャルスキル “
ジオがそう叫ぶと、拓真の全身が持ち上がり、優しい風と光が全身を撫でていく。痛みはすぐに引き、怪我も次々と治って意識もはっきりと戻ってくる。
再び身体が地面に降りる頃には、拓真の身体は起き上がってすぐのような、万全の状態となっていた。
「ジ、ジオ……これは……」
「はあっ、はあっ……オレの……スペシャル……スキルだ……! オレの精神エネルギーと、引き換えに……はっ……お前を、全快させてやったんだ……!」
大量の汗をかき、息も荒げているジオは、すぐにランディの回復に臨んだ。しかしランディの回復には魔法を使っているところを見ると、スペシャルスキルはもう使えないようだった。
「くそっ、面倒なことしてくれやがって……」
ロザリンの剣なんて、すぐにでも折ることができる。そう思っていたのに、できないのはどうしてなのか。ずっと勝てないのを見せつけていたのに、ロザリンは諦めずに剣を打ち続けていた。
その気持ちの差なのか、エリオットの大剣は上から抑えつけられ、動きを制御されてしまった。さらにロザリンの剣の上から、拓真も刀を抜いて一緒に抑えつけ始める。
「タクマ!」
「戻ってきてくれて助かったぜ、ロザリン」
嬉しそうに微笑んだロザリンだったが、すぐに目つきを鋭くしてエリオットに向き合った。戦いはまだ、終わっていない。
「あなたの悪事もここまでよ! もうすぐオークスさんも、応援部隊と一緒に来てくれるわ! 降参するならこれ以上手荒なことはしないし、身の安全も約束するわよ」
聞いてくれるかどうかは別として、ロザリンはエリオットに対しても誠実に向き合った。その気持ちは本物だ。ここで剣を納めてくれたらと願い、呼びかける。
「へえ、そうなのかあ」
だが悪意とは、その善意すら踏みにじるものだ。
エリオットはそういうと、自分の大剣を蹴り上げてロザリンと拓真の剣を弾いた。自然と距離を取ることになった拓真とロザリンは、エリオットから守るようにランディの前に立つ。
エリオットは、ひどく冷たい表情をしていた。先ほどまで見せていた激情に身を委ねていたものの方が、よほど人間らしく見えるほどには。
「お前、敵に情けをかけるくらいなら戦場に出ない方がいいぞ。向いてねえ」
「……あなたにそんなことを言われる筋合いなんか、ないわ」
精一杯の虚勢を張り、ロザリンはエリオットと向き合う。
ジオによるランディの回復は、少し時間がかかっているらしい。スペシャルスキルを使ったせいもあるのだろうか。ランディは身体を起こすくらいまでは回復できても、自力で動くにはまだ難しそうだ。
エリオットは、きっと肉親であるランディを殺すはず。今さっきだって、殺そうとしていたのだ。だから、護らなくてはならない。ロザリンと拓真の心は、同じだった。
だが、そんな二人の考えとは裏腹に、エリオットはもうランディに興味はないようだった。ロザリンをジロジロと見つめ、小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「馬鹿みたいな甘い考え……お前……アドルフ・ライトフィールズの娘だな」
「ええ、そうよ。それがなにか?」
「はははっ! これは良い土産になるなあ……」
「は……」
エリオットは剣を構え、振るうような動きを見せた。それを止めようとロザリンが踏み込んだ瞬間、その腹を殴りつけた。
「かっ……!」
「ロ、ロザリン!」
拓真がロザリンの身体を支えようと腕を伸ばすも、そこへエリオットの馬が道を塞ぐように現れた。再び主人の元へと、戻ってきたのだ。
「タ……ク、マ……」
ロザリンが倒れ込んだのを、エリオットは肩で抱えあげた。大剣は背中に担ぎ、そのまま馬に乗りこむ。
「じゃ、俺は帰るからよ。後片付けは頼んだぜ」
「ま、て……どこに! どこに行くんだ!」
拓真がそう呼びかけるも、エリオットは答えることなく馬を走らせる。刀を持ったまま、拓真は必死にエリオットを追いかけた。
「ちっ、邪魔くせえ……おい! とっとと魔法を展開しろ!」
エリオットがそう叫んだ先には、先ほど逃げたはずのローブの者がいた。その人は、村人たちを転送魔法でどこかへ送り込んでいた人だ。いつの間にか小さな円を描き、それに魔力を込めていたらしい。
エリオットの指示があり、魔法は発動する。輝き始めた魔法円に、エリオットは馬ごと入った。その肩には、ロザリンを抱えたまま。
「あばよ、クソども。次に会った時は……全員殺してやるからな」
魔法の円は強く光る。ジオの肩を借りて身体を起こしたランディは、届かない手を伸ばす。
「ま、まて……行くなあああっ……!」
光が、空へと昇った。その光にエリオットとローブの者は飲まれ、見えなくなる。
「行かせるかよおおおおお!」
そしてその光に、拓真も飛び込んだ。
白い光は、細い雷のように空へ飛び、消えてしまった。追いかけるべき悪も、大切な仲間も、それを追いかけた勇気ある男も、綺麗に姿を消してしまったのだ。
「ああ……そんな……」
遠目に見えていたその光景に、ランディはへたり込んでしまった。
大切な仲間が、連れ去られてしまった。村人たちの送られた先はわからないが、エリオットの行き先ならば、ランディには予測がついていた。
辿り着いた先で拓真とロザリンに待ち受けることを思い、その両の目からは涙が零れ落ちる。
「僕の……僕のせいだ……」
応援部隊と共にオークスが到着し、背後にいるのはわかっていた。だがランディは立つことができない。ただただ涙を流し、空虚な謝罪を繰り返している。
代わりにジオがオークスに事情を説明をし、この作戦は終了となった。
メファールの村での戦闘記録は、村が壊滅したとして閉じられることになる。
拓真とロザリンを含めた、行方不明者を大多数出した末の出来事だった。