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―第三十二章 衝撃―

「うわああああ!」

「な、なんでおれまでっ……ギャアアアっ!」


 突然現れた大きな魔獣は、一番近くにいたらしい私兵に襲い掛かっていた。熊のような頭と体躯だが、その皮膚は幾つもの動物の皮膚を折り重ねたように見える。大型の鳥のような爪は私兵の鎧を簡単に貫き、捕まえた者を頭から貪り喰っているようだった。

 ただ、魔獣が現れたせいで民衆は散り散りになって逃げた。逃げようとしたが、そこへ魔獣が腕を伸ばして爪の餌食になった者もいる。魔獣に踏み潰され、畑に埋まってしまった者もおり、駆け付けた拓真は思わず目を逸らしてしまった。

 転送魔法用の円に魔力を込めていたローブの者も、この騒ぎに呪文の詠唱を止めてしまい、民衆と共にどこかへ逃げていったようだった。

 その様子に呆気に取られていたランディだったが、拓真の姿を見てハッと我に返る。


「タクマ殿!」

「魔獣は俺が! ランディはそいつを!」


 その声で背後から迫るエリオットに気付き、ランディはすぐに身を翻した。


「ちっ、そのままぼさっと立ってりゃあいいのによお」

「あいにく、何もせずにやられる趣味はなくてね」

「だったら抵抗して死ねやあ!」


 馬に乗ったまま、エリオットは大剣を振り回す。大振りで粗末なそれは、感情に左右されているせいなのか。しかし元々畑で足場が悪いせいか、なかなか避けにくい。かといってランディの細剣で大剣を受けてしまえば、武器の力の差で負けてしまうのは目に見えていた。


「おらおらどうしたあ! 手も足も出ねえってか⁉」

「いいや、隙を伺っているだけだ、よ!」


 大振りなエリオットの一撃を避けると、ランディは手首の鎧の隙間を狙って細剣を繰り出す。だがその剣先は弾かれ、どうにも肌には届かない。


「んな剣が届くわけねえだろうが!」


 下から大きく振り上げ、ランディの足元を掬おうとするエリオット。だがそれに足を取られるほど、ランディも馬鹿ではない。


「どれだけ剣が大きくても、届かなかったら意味がないよね!」


 軽やかに避け、そのまま馬の足を傷つけようと剣を伸ばす。しかしそれを見越してなのか、エリオットは馬を走らせ、自分だけその場に飛び降りた。

 二人は距離を取った。横では熊のような魔獣と、拓真の戦闘が続いている。逃げてきた鰐の頭を持つ小さな魔獣がエリオットの足元にまとわりつくと、彼の大剣が二体とも叩き潰した。キュウ、と見た目にそぐわない可愛らしい悲鳴を上げると、魔獣は粒子となって消えていく。


「はーあ、興醒めだぜ。なんでお前みてえな邪魔が入るかなあ……」


 つまらなさそうに大袈裟なため息をついてから、エリオットは大剣を肩に担いだ。両手で扱わないといけないようなものを片手で軽々と扱うその様子は、まだ家族だった頃は尊敬していた。だが今は乱暴者の象徴のようで、ランディには不快な仕草そのものだった。


「女王陛下直々のご命令でね。羨ましいかい?」


 ランディがあえて煽るように言うも、エリオットは悪態をついて笑うだけ。


「はっ! よっぽど暇人なんだなあ。あんなクソガキの命令を聞くなんてよお!」


 踏み込み、エリオットの大剣がランディのいた場所へと振り下ろされる。

 咄嗟に回避したランディは、エリオットの背中へ蹴りを入れようと足を上げた。エリオットは振り返らずにランディの足首を掴むと、そのまま前へと引っ張って転ばせた。

 背中から倒れるも、畑の土がクッションとなって大したダメージにはならない。ランディは身体をバネのようにしてすぐに起き上がると、ふらつきながらもエリオットの頬を狙って剣を放った。

 しかし、その攻撃もエリオットの髪をわずかに斬り落とすだけで終わる。


「命令を貰ったところで、その剣が役立たずじゃあ女王様も可哀想だなあ!」


 下から振り上げられた大剣の刀身に殴りつけられ、ランディは再び畑の土に倒れ込む。すぐに防御姿勢をとったおかげで、あまりダメージは入っていない。

 立ち上がったランディは、剣先をエリオットに向けて不敵に笑う。


「確かに、僕じゃあなたには敵わないかもしれないね」

「あたりめえだろ。俺はお前なんかより、ずっと強いんだからな」

「だけどここには、王都兵団の団長殿もおいでだ。ここはおとなしくしてもらおうか、兄上」

「てめえに兄だなんて呼ばれたくねえなあ! 親父に捨てられたくせしてよお!」


 カッとなって大剣を振り上げるエリオットだったが、それは激しい金属のぶつかり合う音と共に弾かれることとなった。


「タクマ殿!」


 魔獣を倒した拓真が、ランディとエリオットの間に入ったのだ。ふと視線を横に向けると、片腕を斬り落とされて倒れ込んでいる魔獣の姿が見えた。まもなくあの魔獣も粒子となり、その姿を消すことだろう。


「無事か、ランディ!」

「僕なら大丈夫だったけど……助けてくれてありがとう」


 拓真とランディは並び、同時に剣を向ける。エリオットはもう一度剣を肩に担ぐと、唾を吐き捨てた。


「おいおい、お前が重んじてた騎士道ってのはどうした? 一人に対して二人で襲いかかるってか?」

「それを言うなら、あなたの騎士道についてもぜひ聞きたいものだね。罪もない人たちを、ひどい目に遭わせて……!」


 ギリ、と拓真もランディも、柄を握る手に力がこもる。エリオットは、なんでもないように口角を上げて意地悪く微笑んだ。


「俺の騎士道はな、認めてくれている方がいるんだ……お前みたいに騎士かぶれなんかじゃなく、俺はもう立派な騎士なんだよ……」


 エリオットが目を細めたのを見ると、拓真はランディに覆いかぶさるようにして横に倒れた。


「危ないっ!」


 二人が倒れた瞬間、エリオットの馬が二人の後ろから走ってきて、主をその背に乗せて走りだした。

 エリオットは馬の方向を変え、村から出るような素振りを見せた。向かっている方角には、豊かな森が広がっている。そこに逃げ込まれてしまっては、追いかけるのが大変だろう。


「待て、逃げる気か!」

「そりゃあこの状況じゃあな! 俺もそこまで馬鹿じゃねえ!」


 拓真の身体の下から這い出て、ランディはエリオットを追いかけた。


「ランディ、落ち着け! 転送魔法はもう止まってる! 俺たちも退くべきだ!」


 しかし拓真の呼びかけでは止まらず、ランディは畑を駆け抜ける。


(この距離でも踏み込んで速攻剣技を打ち込めば、なんとか馬の脚には届いて、動きは止められるはずっ……そうすれば、エリオットを拘束できる!)


 やがて畑の柔らかい土を脱し、道へ繋がる硬い地面へと変わっていった。

 剣を構えて走るランディは、エリオットの馬を捉えて目を離さない。馬も柔らかい地面を脱したばかりで、まだなんとか追いつけそうだ。


「ここ……だあっ!」


 スペシャルスキルを放とうというその時。その前を走るエリオットが、急に馬から飛び降りて地面へと降り立った。地面の硬さを確認するように踏みしめるエリオットは、大剣を肩に担ぎ、ランディを見据えた。


「てめえは昔から変わんねえなあ。それと決めたら、そればかり追いかけやがる」


 大剣の剣先をランディに向け、エリオットはぐぐっと身を低くする。片足を後ろに伸ばし、エリオットは口角を上げて囁いた。


「スペシャルスキル……」

「!」


 危機に気付いたランディはその場で止まったが、エリオットの技を避けるには間に合わない。


「“大剣たいけん……一閃いっせん”!」


 弾き飛ぶような凄まじい勢いで、エリオットがランディへと向かっていく。その剣先はランディの胸を捉え、そして正面から衝突した。

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