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―第三十一章 ガリオン家の長男―

 兵士たちから救い出した村人は、大半が怪我をしており、中には縄で縛られている者もいた。縄を解かれ、怪我を治してもらうと、村人たちは大いに喜んだ。


「ああ、ありがとうございます、ありがとうございます!」

「まもなく応援部隊が来るから、それまで待て。それと、教えてほしいのだが……この先では何が行われている?」


 助けた一人の女性に対し、オークスが訊ねる。助けられて喜んでいた女性だが、恐怖を思い出したのか、怯えたようにカタカタと震えだす。首を横に振り、小さく答えた。


「わ、わかりません。で、でも、何度か空が光るのを見ました……まるで、雷が打たれたかのように……」

「雷……? 村人は、この先にも囚われているのか?」

「は、はい……抵抗もせず、素直にガリオン様に降伏した人たちは、みんな……」


 オークスは眉間を狭めるとわかったと答え、改めて応援部隊を待つように伝えた。


「ランディ」


 呼ばれたことに気付き、小さな子どもを慰めていたランディはオークスの傍へと寄った。


「お前はこの者たちが、何者かはわかるか?」


 先ほどオークスと拓真で倒した兵士たちは、縄できつく縛り上げてその場に転がしていた。彼らを指さしながらの問いかけに、ランディは力強く頷く。


「はい。彼らはガリオン家の私兵団です。ですが、ここにいる者は皆下っ端も下っ端……それに、ガルトール・ガリオンがこのような野蛮で粗野な指示を出すとは思えません」

「ならば、これは誰の仕業だと考える?」


 オークスのさらなる質問に、ランディは一度呼吸を置いてから答えた。


「……私の兄にあたる、ガリオン家の長男……エリオット・ガリオンかと思われます。彼が来ているのであれば、ガルトール・ガリオンはこの場には来ていないと考えていいでしょう。父は、よほどのことがないと兄と行動を共にしませんので」

「……そうか。ふむ」


 顎に手を当て、考えるような素振りを見せたオークスは、拓真たちに振り返る。


「ロザリン・ライトフィールズ、ランディ、タクマ・イトーはこの先へ行き、少し様子を見てきてほしい。俺はここにジオ・サイデンと共に残り、周りの警戒に務めよう」


 話を聞いていたジオも背筋を伸ばし、オークスの言葉に応える。

 拓真たちが早速先へ向かおうとすると、オークスは改めて声をかけた。


「何が行われているかを見たら、すぐに戻ってこい。作戦を立て、エリオット・ガリオンの拘束を試みたいと思う。互いの身を護りつつ、気を付けて行け」


 オークスの言葉に頷き、拓真たちは先へと向かった。




 魔獣や兵士の見回りがないか確認しつつ、村人たちの死体が転がる荒らされた村を駆け抜けると、瓦礫などで作られたバリケードを見つけた。その先は、どうやら村の畑になっているようだ。道を挟んで片側の畑には、人々が数名ごとにひとまとまりとして寄せられていた。その周辺では逃げ出すのを警戒しているのか、先ほど戦ったガリオン家の私兵も数名ほどいるようだ。

 そしてもう反対側には馬に乗った鎧の男と、ローブを纏った人が二名。畑を均したそこに描いてある円は、王都アダルテでロダンが描いていた転送魔法の円と似ていた。


「あれは……転送魔法? だよな?」

「きっとそうだと思う。あれで人々を送っているのね。でも、いったいどこに……?」


 拓真とロザリンがひそひそと話している中、ランディはじっと馬に乗った鎧の男を見つめていた。ヘルムをつけていないその男は、背中には大きな剣を背負っている。かき上げられた前髪とキツい吊り目は、ランディよりも少し濃い青色の髪と、橙の瞳だった。


「……兄上」


 ランディは、男に向かって呟く。兄とされる鎧の男―エリオット・ガリオン―は、ランディの視線にこれっぽっちも気付いていない。


「次! とっとと円の中に入れ!」


 様子を見ていると、エリオットの怒号が飛び交った。その怒号を合図に、畑の反対側にいる一部の村人は地面に描かれた円の上に移動させられ、ローブの人たちが何事かを唱える。すると、円が一瞬強い光を放って空を穿つ。それはまるで、雷のように。

 光に眩んだ目をそっと開けると、円の中の人々はいなくなっていた。


「うん……やっぱり、転送魔法だわ……」

「これって、つまり村の人たちを攫っている、ってことだよな……」

「そうだね。早く止めないといけない、けど……」


 先ほど自分も同じ方法でここへ来たはずなのに、拓真はなぜだか言いようのない邪悪さを感じて仕方がなかった。一瞬身震いをして、拓真はロザリンを見る。

 オークスの指示は、様子を見てきてほしいとのこと。まもなく応援が到着すると言っていたので、傭兵ギルドのアルバが率いる部隊が、近々到着すると見込んでいるのだろう。応援が来れば、見た限りだとこちらが人数も優勢になり、すぐに主犯格であろうエリオット・ガリオンを捕らえられるだろう。

 しかし問題は、待っている間に捕まっているメファールの村の人々が、どこかへ転送されてしまうということだ。


「どうする……飛び出して行って、あの地面の魔法をかき消すか?」

「残念だけど、無理よ。魔法を扱える人なら、魔力を持ってどうにかできるかもしれないけど、私たちじゃどうしようもないわ」

「でも、このまま待っているんじゃ、あの人たちはどこかに飛ばされるだろ? 無理にでも止めておくか、それかオークスさんを連れてくるか……」

「僕が行くよ」


 静かに、しかし確かに強く、ランディがロザリンと拓真の会話に割り込んできた。


「あの馬に乗っている男……エリオット・ガリオンは僕のことをわかっている。僕が出ていけば、多少は動揺させて、時間を稼ぐことができるだろう。君たちは戻って、オークス殿に報告を」

「でも、ランディ……一人だと絶対に危ないわ。それに、この隊の指示は私が受け持っているのよ。そんな危険な指示は出せない」

「じゃあ、これ以上にいい案があるのかい? ライトフィールズ殿」


 キッと強い視線をぶつけられ、ロザリンは若干怯んでしまった。確かに、ランディの言う通りだ。ロザリンには、この場での一番良い選択肢を、出すことができない。


「……大丈夫。私兵団の弱さは見ただろう? それに、捕まっている人はまだまだ多い。あんまりたくさん人がいても、剣を振るのは大変だよ」


 細剣の柄を握り、ランディは立ち上がろうとする。


「ガリオン家のことだし、僕に任せてくれ」

「でもっ……!」


 それが良い判断なのかどうかは、ロザリンにも判別がつかない。しかし、ここでランディ一人にだけ行かせることもしたくない。

 そう思うロザリンの肩を抑えたのは、拓真だった。


「ロザリン、信じよう。ランディは強い。それは俺たちが、よく知っているだろ?」


 拓真の言葉に、ランディは目を丸くし、そして砕けたように笑った。


「まさか君にそう言ってもらえるとはね」

「一応、剣を合わせた相手だからな。あんたの強さは俺が保証するよ」

「ありがとう、タクマ殿。いいや、師匠と仰いだ方がいいかな?」


 そんなことを言い合っていると、ロザリンはランディの手を握った。


「わかった。あなたに任せる……けど、せめてタクマはここに残させて。私は戻って、オークスさんにこの状況を伝えてくるわ。決して無理はしないでね、お願いだから……」


 ぎゅう、とランディの手を握る力が強くなる。もう片手を重ねて、ランディはふわりと微笑んだ。


「ああ、わかった。約束する」


 そう言って、ランディは立ち上がって瓦礫を乗り越え、道へ出る。それを見て、ロザリンは拓真と顔を見合わせると、すぐにオークスの元へと戻って行った。

 拓真は刀の柄を握り、ランディの後ろ姿を見守る。


「エリオット・ガリオン!」


 ランディの勇ましい声が響き、エリオットはゆっくりと首を動かした。ランディの顔を見るとエリオットは目を見開いたが、すぐに忌々しそうに顔を歪めた。


「……あぁ? なんでてめえが、こんなところにいやがんだ?」


 腹立たしそうに、苛立っているように、エリオットは凄んだ。だが、ランディは一歩も引かず、怯んだ様子も見せなかった。


「それは決まっているよ。ガリオン家の名に、泥を塗らせないためだろうね」

「馬鹿言ってんじゃねえ! てめえなんざもう、ガリオン家に関係ねえだろうが!」


 エリオットの怒号に怯えたのか、民衆の中から小さな子どもの泣き声が聞こえた。母親らしき女性が必死に子どもを宥めようとするが、子どもの泣き声は増すばかりだ。


「クソッ、これだからガキは嫌いなんだよ! おい、転送の準備をしろ!」


 ローブを着た者が指示を受け、杖で円を叩く。すると円は広い魔法の光を放ち始め、私兵が民衆を移動させようとした。


「させないよ!」


 ランディは素早く駆け出し、ローブを着た者に対して攻撃を仕掛けようとした。一人は腕と足を切りつけ、無力化に成功する。しかし、二人目はエリオットによって阻まれ、ランディは円から距離を取らざるを得なくなってしまった。


「ちっ、魔法使いは雑魚すぎて話にならねえな……おい! 一人でもやれんだろ! 準備を続けろ! バカどもはあのクソったれを殺せ!」


 苛立たし気な指示が飛び交うと、私兵の数名がランディに向かってやってきた。だが、ただまとまってやってくるだけの私兵は、ランディにとって格好の得物でしかない。


「スペシャルスキル“速攻剣技”!」


 目にも止まらぬ高速の剣が、私兵たちを襲う。鎧を切り裂く力はさすがにないので、鎧の隙間を狙って放っているようだ。血が微かながらに飛び散り、地面へと吸い込まれていく。

 倒れていく私兵を見て、エリオットはうんざりしたようにため息をつく。それからランディを見て、唸るように言った。


「相変わらず、親父の真似事ばっかりやってんだな」

「本来するべきなのは、長男であるあなたなのにね」

「うるせえ! 偉そうに口を利くな!」


 エリオットが背中の大剣に手を伸ばした、その時だった。


「きゃああああっ!」


 民衆がざわめく。地面が揺れている。何事かと拓真は、その騒ぎの元凶を探した。

 すると、先ほど取り逃がした鰐の頭を持つ小さな魔獣が、民衆の後方にある林から飛び出してきたのが見えた。何かから逃げているように、慌てて走る姿が。


「……マジかよ」


 その後ろから大きな魔獣が飛び出してきたのを見て、拓真は駆け出した。

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