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―第三十章 メファールの村の惨状―

 傭兵たちのテントから出た拓真たちは、死臭の待つメファールの村へと入っていった。血と煙のにおいが鼻をつき、拓真は少しだけ咽る。


「ぐっ……こりゃあ、だいぶきついな……」


 胃の中のものを戻しそうになったのか、ジオは大きく何かを飲みこむような仕草を見せた。

 村は、壊滅状態と言ってもいいくらいだった。あらゆる建物には火がつけられ、家畜もほとんどが死に、それに魔獣が食らいついている。

 老若男女問わず人が倒れており、皆が呼吸をしていない。子どもを護るように倒れる大人。抵抗していたらしき農具を持った老人。逃げたところに背中を切りつけられ死んでいる若者。だがオークスには、村の人口を思えば、倒れている人は少ないように感じられた。


「……まずは我々に気付いていない魔獣を排除する。大体の魔獣は首を落とせば死ぬ。やれるな」


 オークスの言葉に頷き、拓真たちはそれぞれ散っていった。

 魔獣の数も、そんなに多くないように見える。視認できる魔獣は四体だったので、それぞれ一体ずつを倒せばいいだけだ。ロザリン、ランディは難なく魔獣を倒したが、拓真は刀の扱いにまだ慣れていない様子だった。


「でやぁ!」


 斜面の型……斜めから切りつける型で刀を振り、背後から近づかれていることにも気付かず、家畜の死肉を貪り続ける魔獣の首を切りつけた。上手く力が入らず傷が浅かったのか、魔獣が振り返る。豚のような頭に幾つも目玉がついた、兎の身体を持つ魔獣が。


「くっ……このっ!」

「やあっ!」


 もう一太刀を入れようとしたところで、ロザリンが鋭い切り込みを入れる。魔獣は緑色の唾液を垂らしながら苦しみ、そして息絶えたようだった。消えていく魔獣の身体を見て、ロザリンは額を拭う。


「危なかった……この魔獣、唾液が毒だったみたいね」


 食われていた家畜は、じゅわじゅわと音を立てて溶けており、周囲には異臭が広がっていた。思わず顔をしかめて、拓真は腕で鼻を覆う。


「この先にも、まだこんなやつがいるのか……?」

「わからないわ……でも、倒せてよかった。油断せずに行きましょう」


 励ますように言うロザリンに、拓真はそうだな、と応える。

 魔獣を倒し、村の奥へと進んでいく拓真たち。倒壊した建物や人々の死体を転がる地面を抜けると、やがて人々が集まっている影が見えてきた。


「なんだ? みんなあそこに避難して集まってるのか?」

「いや……違うな……」


 ジオの楽観的な意見を、ランディが否定した。

 確かに避難のため、集まっているようには見えない。近づいていくにつれ、だんだんと怯えるか細い声や、悲鳴が聞こえてくるからだ。


「お、おいおい……ありゃあ……」


 口元を抑えつつ、ジオが呻くように言う。

 集団の向こう側では、全身に銀色の鎧を纏った兵士が剣を構え、村人を追いやっていた。小型犬と同じ大きさではあるが、鰐のような頭を持った魔獣の元へ。


「ごめんなさい! 従います、あなたたちに従いますから!」


 両頬を腫らした青年が、両手を上げながら魔獣へとじりじり歩を進めていた。背中には兵士の剣が突きつけられ、目の前には喉を鳴らし、舌なめずりをしている魔獣がいる。その数は三体ほど。魔獣の足元には、食べ残しのように人間の手足や胴体が落ちていた。骨ばった老人は、噛み砕かれただけの状態でその場に転がっている。

 青年は恐怖のあまり、全身をガクガクと震わせ、その足元には失禁したものが広がっていた。そんな青年の姿を見て、兵士たちは馬鹿にしたように笑っている。


「一度抵抗した奴は、二度と信じない主義でなあ。死ねばもう抵抗もせず、従うこともなくて済むぞ」

「い、いやだ! 死にたくない! 死にたくなっ……」


 前に出ない青年に痺れを切らし、兵士の一人がその背を蹴り飛ばした。前のめりに倒れた青年に、魔獣が三体、間を置くこともなく群がる。


「うわあああ! ごめんなさい! いだっ、あああっ! いやだあああっ! とうさん、たすけて! たすけてっ! とう、さっ」


 ゴキ、バキ、と骨の折れる音が響き、青年の声が少しずつ小さくなっていくと、次に兵士たちの笑い声が辺り一面に響いた。周りの人々はただただ怯え、互いの肩を抱き合って恐怖に震えている。


「なんて、ことを……!」


 顔を青くしながら、ロザリンは呟いた。オークスは何も反応を見せてはいないが、拳を握りしめているところを見ると、何かしら憤りを感じているのはわかる。

 そしてそれは、拓真も同じだった。


「ふざけん、なああああ!」


 人々を掻き分け、感情のままに抜刀した拓真は、そのまま頭上まで掲げた刀を振り下ろした。その斬撃は、青年だった肉塊を食べることに夢中だった魔獣の一体の首を、見事に斬り落とす。


「な、なんなんだ貴様は!」


 突然のことに驚いた兵士の一人が、尻もちをつく。残りの魔獣二体は、首を落とされた仲間を見て、早々にどこかへと逃げ去っていった。


「なんなんだってのは、こっちが聞きてえよ! あんたら、何をしてるのかわかってんのか!」


 拓真を見た兵士たちは、慌てて戦闘態勢をとる。尻もちをついた兵士は立ち上がりつつ、拓真の言葉を鼻で笑った。


「はっ! 何をしてるのか、だって? もちろんわかってるとも! 俺たちは、俺たちに抵抗する奴を処分してるだけだ!」

「こんな残虐なことをして、許されると思ってんのかよ!」

「当たり前だ! 俺たちは許されたからやってんだよ!」


 もう、我慢ならなかった。刀を強く握り締め、兵士に向かって振り上げた時。


「落ち着け、タクマ・イトー」

「何をしているのだ」


 オークスが拓真の肩を掴んで止めると、奥からマントをつけた、明らかに風格の違う兵士が現れた。その手には、片手剣にしては大きな刀身のものを握っている。


「す、すみません、隊長……急に現れた奴らが、魔獣を……」

「違う、そういうことではない」


 隊長と呼ばれた兵士は剣を一度振るうと、魔獣が貪った村人の死体を踏みつけて、前に出た。


「なぜ侵入者をまだ排除できていないのか、と言っている」


 その余裕からして、相当な手練れであることは間違いない。ジオはロザリンの服の裾を引き、ひっそりと言う。


「な、なあ……あいつ、相当強そうだぞ……ここは下がることを進言した方がいいんじゃ……」

「どうして?」

「どうしてって、どう見たってあいつ強いだろ⁉ あんなでっけえ剣持ってるし、全然他の奴らとも雰囲気が違うし……」

「心配しなくても大丈夫よ」


 ロザリンがそういうのと同時に、オークスも背負っていた片手剣と盾を構え、拓真も剣道の型で相手と向き合った。嘘だろ、と呟いたジオの横で、ランディが続ける。


「あれくらいなら、タクマ殿の相手じゃないさ」


 そう言ったところで、兵士たちとオークスと拓真は同時に動き出した。


「周りは俺が引き付ける! 奴は頼んだぞ!」


 オークスはそう叫び、兵士の一人へ体当たりし、そこへ剣を振り下ろしてきた他の兵士の相手を始めた。

 拓真はオークスに託された通り、隊長格の兵士へと向かっていく。


「ふん、そんな細い剣で一体何が……」


 余裕をもって剣を構えた隊長格の兵士は、次の瞬間に自分が身に着けている鎧が砕け散るのを感じた。


「伊東一刀斎流“瓶割かめわり”」


 一瞬の出来事に、隊長格の兵士は「へ?」と情けない声を上げ、ジオも口を大きく開けた。バラバラと地面に落ちていく鎧の欠片を見て焦る隊長格の兵士は、目の前に迫る拓真に対し、小さな悲鳴を上げた。


「剣に細いも太いも、関係ねえよ」


 そして拓真は、そのまま隊長格の兵士の胸を、斜面の型で斬りつけようとしたのだが――。


「うぎゃあ!」


 結果としては刃の背で殴ることとなった。いわゆる、峰打ちである。隊長格の兵士は汚い声を上げて、背中から血と肉塊の中に倒れた。峰打ちの痛みに襲われ、しばらくは動けないように見える。

 刀を鞘に戻し、拓真は長く息を吐いた。手元が狂い、刃の背で殴りつけただけに終わったが、きちんと制御できていれば、間違いなく隊長格の兵士は切り捨てられていたことだろう。


(……俺……普通に、この人を斬ろうと……)


 刃をきちんと扱えなくてよかったと、拓真は安堵した。やはり人を斬るには、まだ抵抗がある。それが人としての理性だと自分に言い聞かせ、拓真は刀の柄を握りしめた。


「よくやった、タクマ・イトー。ミルフェムト様の目に、お間違いはなかったようだな」


 気付けば残りの兵士は、皆ぐったりと地面に伏していた。剣と盾を再び背に戻したオークスは、拓真の肩を軽く叩くと、怯える人々へと歩み寄った。


「な? 言った通りだろう?」


 一部始終を見て、ただただ呆然としていたジオに声をかけたランディも、オークスに続く。


「タクマの剣は強いのよ」


 誇らしげに続けたロザリンも、周りの人々への声掛けを始めた。


「……すげえなあ。こいつぁ、本当にみんなのことを救っちゃうかもしれねえ!」


 そして拓真に希望を見い出したジオは、手当たり次第に村人たちへと回復魔法を施していくのであった。

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