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―二十九章 誰がために戦うか―

 先ほど魔法協会の長、ロダンが転送魔法の準備をしていたところまで戻ると、地面に描かれた円は鈍く白い光を放っていた。入れと言われ、拓真たちとオークスは共に円の中に立つ。


「よし、ではこれからそなたらにはメファールの村へ行ってもらう。本来であれば明日、オークスが対話を試み、必要であれば武力行使をする予定だったのだが……そうも言ってられなくなった」


 ミルフェムトが腕を組みながら、話を進める。


「襲撃というからには、おそらくガリオン家との対話はもう望めないだろう。各自、気を引き締めて向かうように。オークス、状況確認後の指揮はそなたに任せる。そのため、私以外の者とも言葉を交わすように」


 そう言われると、オークスは「承知しました」と短く返事をして、じろりと拓真を見た。


「お、お願いします……」


 だが拓真のその挨拶に、オークスは一瞥するだけで言葉は返してくれなかった。


「ロザリン、そなたはオークスの指示に従い、隊を率いよ。ランディ、そなたはガリオン家の動きについてわかることがあれば、その都度オークスへ情報共有してくれ。どんな些細なことでも良い。そのために、そなたをこの作戦に引き込んだのだ」


 ミルフェムトの言葉に、ロザリンは背筋を伸ばして返事をし、ランディも返事をして力強く頷いた。


「ジオは後方にて三人の援助。必要に応じて救護活動をすること。そしてタクマ」

「はい」


 ちら、と拓真の腰に差さる刀を見てから、ミルフェムトはその瞳を見た。


「そなたは強い。スペシャルスキルを使ってもいない私とあそこまで渡り合えたのだ、きっとその力は多くの人を護れる」


 嘘だろ、という言葉を、拓真は飲みこんだ。スペシャルスキルという特別な技を使わずにあんなに強いのであれば、ミルフェムトはどれだけ手強いのだろう。だが今大事なのはその話ではなく、これから赴く戦場での話だ。


「どうか一人でも多くの人を救ってくれ。これはロストリア大陸全域を護る、王都アダルテの女王としての頼みだ。任せたぞ、道端の英雄殿」


 任せる。この言葉の重みは、この世界に転生する前から知っている。

 ミルフェムトの瞳を見つめ、拓真は頷き、覚悟を決めた。


「わかりました。俺にできる限りのことはすると、お約束します」


 ミルフェムトは、もう何も言わなかった。拓真の返事を聞くと、ロダンに対して頼む、と小さく囁いた。


「……では、これから転送魔法を開始しまする」


 トン、と杖で円の縁を戦うと、白い魔法の光はさらに強さを増した。


「これからおぬしらは、メファールの村へ繋がる道へ転送される。そこから僅かに歩を進めれば、すぐに村の中へと入れよう。どうかお気をつけなされ、三大精霊の加護がありますように」


 ロダンの祈りに応える前に、杖がもう一度円の縁を叩く。拓真たちの視界は瞬時に光に飲まれ、それが落ち着くと景色は変わった。着いたのは街道のようで、周りはまだらに木々が生えている。比較的見通しのいい大地は山なりになっており、メファールの村は少しだけ高い位置にあるようだった。

 声が聞こえる。助けを求める声、弱き者を追い詰め嘲笑う声。それに加えて、人ならざる者の声もした。獣の声を近いそれは、魔獣もいることを示していた。

 空にはもうもうと黒煙が上がっており、まだ昼間だというのに辺りを暗くしている。何かしらの燃えるにおいが、風に乗って拓真たちの鼻を掠めた。


「……オレたちが人攫いに襲われた時より、よっぽどひどいな」


 ジオがひっそりと拓真に耳打ちする。背中に嫌な汗をかきながら、拓真は頷いた。


「……まずは近場に待機していたという、傭兵部隊と落ち合おう」


 明らかな惨状が待っているというのに、オークスは極めて冷静だった。

道から西の方を見れば池があり、近くには簡易的なテントが二つ建てられている。そこはオークスが予め聞いていた、傭兵の待機場所であった。歩けば数分程度の距離だろうか。その距離からでも、池に上半身が沈んでいる状態の人や、血だまりの中で倒れている人がいるのを確認できる。


「オ、オレ、息がある人がいないか見てきます!」


 ジオが駆け出し、拓真も併せて走り出す。その後ろにランディとロザリン、そしてオークスも。

 テントの周りで倒れている二人は、すでに息絶えていた。オークスは池で死んでいた人を引き上げてやり、ランディとロザリンは二人の目を閉じてやった。

 中の確認をしていたジオは、出てくるとオークスに対して首を横に振る。もう一つの方を確認するために入った拓真は、奥に倒れている血塗れの男が、細い呼吸をしているのを発見した。


「あんた! 大丈夫か! ……ジオ、来てくれ! まだ生きている人がいる!」


 慌てて駆け寄り、男に息があることを確認した拓真は、急いでジオを呼んだ。ジオが駆けつけ、男に回復魔法をかけてやると、細かった呼吸は少しずつではあったが、深いものへと変わっていった。

 男は一瞬、びくりと怯えたようだったが、オークスの顔を見ると安心したように口元を緩めたようだった。


「はあっ……はあっ……へっ、良かった……伝令は、間にあったのか……」

「よくぞ生き抜いたな。何があったか、簡単にでもいい。教えてもらえないだろうか」


 オークスに言われ、男は頷く。


「……村の中で、様子を伺っていたんだが……はあっ……ガリオン家が、予定より早く、来て……そうしたら……魔獣も、現れて……村の中は、ガリオン家と、魔獣に挟まれて……大変な、事に……がほっ! がふっ!」


 男は大きく咳き込み、血を吐いた。容体が急に変わり、深く呼吸できていたはずが、またも細くなってしまった。その光景に、拓真は驚いて後ずさる。


「……くそ、効いてくれ! おっさん、頑張れ! けっこう強い回復魔法かけてんだぞ!」


 回復魔法をかけているジオの手のひらの光が強くなるも、男の様子が変わることはない。


「ま、魔力、むだにすんな……おれぁ、もう、だめなんだよ……魔獣が一匹、こっちにきて……みんな、やられちまったが、おれが、倒したんだ……へへ……」


 だからこの男は、やたらと血に塗れていたのだ。魔獣は男により倒されたので、その姿が消えてしまったのだろう。生き残ったこの男も、もう――……。

 男は胸元にかけていたペンダントを引っ張ると、そのロケットをちぎり離した。


「だれか……これを……」


 拓真がロケットを受け取ると、男はその手を強く握る。血でぬるぬるとした手の感触に、拓真は短く息を吸った。


「おれの妻、と……息子に……渡してくれ……アルバさんが、しってる、から……それと……魔獣を、たおしたって……おれの雄姿を、伝えてくれ……」


 もう一度咳き込み、男は大量の血を吐いた。その目は虚空を見つめ、光を失っていく。


「リオラ……ディーン……あい、して……」


 そして、男の手は力無く地面に落ちた。少しずつ呼吸の音は小さくなっていき、やがて何も聞こえなくなった。


「……ジオ・サイデン。よくやった。魔法を止めろ」

「……くそっ」


 オークスの言葉に、ジオはおとなしく従った。手のひらをかざすのをやめ、回復魔法を止める。

 男からロケットを預かった拓真は、震えていた。思い出した。思い出してしまったのだ。血塗れの中、自分に手を伸ばし、血を吐いた父の姿を。男の最期と父の最期が重なり、記憶の深いところが心臓を凍えさせる。


「おとう、さ」

「タクマ」


 肩を叩かれ、拓真ははっと我に返った。振り向くと、ロザリンが心配そうな顔をして覗き込んでいる。拓真と目を合わせると、一瞬何かを躊躇ったようだったが、深く息を吸って、力強く言う。


「あなたはこれまで、人をできるだけ傷つけたくないからと、木の剣を使って来たわね。でも、ここからはそうもいかない。必ず誰かを傷つけるし、きっと命も奪う。それでも、メファールの村に行ける?」


 ロザリンの言葉に、拓真は躊躇った。

 そうだ、自分が持っている得物だって本物の刀だ。剣道の試合のようにはいかない。ランディとの決闘だって、たまたま自分が勝ったから命を失わずに済んだようなものだ。

 この勇ましい男のように、命を投げ打って仲間を護るか、仇を取る瞬間が来るのかもしれない。自分は、できるのだろうか。父と母の命を奪った男のように、人の命を奪うことが。


「中途半端な覚悟は戦場に不要だ。ミルフェムト様に期待されているようだが、戦えないのであればここでアルバ・バルテスを待て。そして彼の遺言を伝え、お前だけでも王都へ戻るがいい。止めはしない」


 追い打ちをかけるように、オークスが言葉を重ねてくる。重苦しくなっていく空気の中で、拓真は首を振った。

 どうして自分は、こんなことに巻き込まれているのだろう。この世界に来てから、ずっと戦ってきていた。だがこれが今の自分の現実だというのなら、拓真の使命は初めから決まっていたのだ。


「俺は……きっと、戦わないといけない」


 男から託されたロケットを握りしめ、拓真は呟いた。


「この人の子どもみたいに……親と引き離される子は、もうこれ以上できてはいけない。俺と同じような気持ちを味わう子どもを、作ってはいけないんだ」


 ロザリンの瞳を見つめ、それからオークスを見つめた拓真は、決意する。


「戦うが、俺から命を奪うような真似はしない。俺は、護るべきものに降りかかる敵意を振り払うだけだ。それが俺の……戦い方だ」


 苦し紛れの言い訳かもしれない。中途半端だとまた言われるかもしれない。

 しかしオークスは、何も言わなかった。男に対して短く黙祷を捧げると、立ち上がってテントから出ていく。その間際に振り返り、皆へと声をかけた。


「行くぞ。これ以上、犠牲者を出さないために」


 そして五人は、メファールの村へと駆け出す。


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