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―二十八章 緊急事態―

「ロダン殿はすぐに転送魔法の用意を。リリーは引き続き彼の介抱を。医療所へついていってやってくれ」


 ミルフェムトの落ち着きながらも強い声に、ロダンは帽子を唾を掴んで頷き、ローブを羽織り直すような仕草をすると姿を消した。医療協会の長であるリリーは、指示通り先ほど回復魔法を施した傭兵の男の肩を持って、部屋から出ていった。


「アルバ、お前はどうする。転送魔法で共に行くか、馬でいくか」

「馬で走ります。彼の傷を見るに、相当手痛い攻撃を受けているようなので、他の傭兵部隊に指示を出しながら向かいます。全力で走らせますが、少々遅れての合流になるかと」

「わかった、それでいい。頼むぞ」


 返事を聞くと、アルバは即座に駆け出して部屋を出ていった。残ったたぬきの獣人であり、商人ギルドの長であるヴィーチェは欠伸をしながら背を伸ばし、ゆっくりと立ち上がった。


「陛下、わたくしはどうしましょう? あの傭兵さんの様子だと、村はかなりひどい状況だと思いますが……」

「復興資材と応援物資の準備、それと並行して大陸南部全域の商店を支援業務へと転換。やれるな?」

「もちろんですよぉ。ただ、報酬はきちんと貰いますからねぇ」


 どこか軽い調子でありながらも抜け目のない発言をしつつ、ヴィーチェは軽やかな足取りで出ていった。

 残された拓真たちとオークス、そしてミルフェムト。ミルフェムトは女王らしからぬ舌打ちをすると、腰に両手を当て、苛立たし気に呟いた。


「くそ、まさか先手を打たれるとは……」

「……俺たちはどうします? アルバさんと一緒に、馬で向かうべきですか?」


 恐る恐ると声をかける拓真に、ミルフェムトは首を振って答えた。


「いいや、転送魔法を使ってすぐにメファールの村へと向かってもらう」


 転送魔法とは、先ほどミルフェムトがロダンに対して指示を出していたものだと、拓真は思い返す。魔法の存在は知ってはいれど、実際、拓真はきちんと魔法と向き合ったことがない。強いて言えば、回復魔法を他人から施してもらった程度だろうか。転送魔法というからには、おそらく場所を移動するものだとは推測されるが、一体どのようにして移動になるのかは、拓真には全く想像がつかなかった。


「今の状況は……明日予定されていたことが、今起こっている、という認識でいいですか?」

「その通り。飲みこみが早いな、タクマ」


 ミルフェムトについてこいと指で呼ばれ、拓真たちとオークスは共に部屋を出た。

 図書館の中は、依然として静かだった。国を担う女王も含めた剣術協会の面々が慌ただしくしているにも関わらず、先ほどと同じで利用者のいないただの箱となっている。

 階段を下りていき、建物の外に出るとミルフェムトは外壁に沿って建物の内側へと向かって歩いていった。どうやら中庭があるようで、芝生や花壇のある小さいな公園のような場所へと出た。

 そこではロダンが長い木の杖を使って、地面に大きな円を描いていた。その中には、さらに細かく装飾を書きこみ、何かしらの文字も書いている。


「ロダン殿、あとどのくらいだ」

「先に装備を整えたほうが良い程度には、かかりまする」

「承知した」


 それだけ言葉を交わすと、ミルフェムトは再び歩き始めた。

 ロダンの後ろを通り、中庭を通り抜けていくと今度は地下に繋がる階段が現れた。建物の影になる場所にあり、地下から吹いてくる空気はどことなくひんやりとしている、


「ここは……?」

「この王都のあちこちに点在している隠し倉庫だ。時間が無い中で悪いが、そなたらにはここにあるもので装備を整えてもらうぞ」


 ミルフェムトが軽く指を鳴らすと、人差し指の先に炎が燃えだした。それを灯りとして、拓真たちとミルフェムトは地下へと進んでいく。オークスは、例によって一人だけ地上に残り、入り口を守っているようだった。

 階段は石畳でできており、滑らかで歩きやすい。だがしばらく人が出入りしていないのか、土埃やクモの巣などで汚れていた。


「有事の際に使う隠し倉庫とは言え、一般市民にも開放できるように用意されたものだから、そなたらが普段使いしているものも多くあると思う。使い慣れたものを身に着けるのが賢明だろう」


 そう言うミルフェムトを先頭に歩き続けると、やがて古い木製の扉が見えてきた。扉を開けると埃が舞い、相当使われていないことが伺える。もちろん、それは平和を維持されているということなのだろうが、これから戦いに出るという準備をするにはいささか不安が残る。

 部屋の中に入ると、ミルフェムトは壁にかかっている古い松明に火を分けた。部屋の中が幾分か明るくなると、鉄製の鎧や壁にかけられた武器が目に入る。


「さあ、好きなものを持って行け」


 ミルフェムトのその一声で、拓真たちはそれぞれに合った武器を探す。

 ジオは、自分のステータス画面を見ながら装備品を探しているようだった。どうやら魔力の上がるアクセサリーを身に着け、防御力がより高くなるように装備を選んでいる。補助回復の役割に相応しい装備を探しているようだ。

 ランディは元々使い慣れていた細剣を拓真との決闘の際に壊していたので、代理で普通の片手剣を使っていたのだが、ここには細剣が用意されていた。手に取り、振りやすさを確認すると、それを持っていくことに決めたようだ。

 ロザリンは自分の剣を持っていくので、主に防具関係のものを見ていた。どんな相手がいるかわからないからなのか、魔法に対する防御力も上がるものを選んでいるようだ。

 拓真はというと、こういったきちんとした装備品を見るのは初めてだったので、どうすればいいのか戸惑っていた。ひとまず武器は持っておいた方が良いだろうと、壁にかかる剣を見るのだが、やはり用意されているのは西洋風の剣ばかり。


「まあ、竹刀や木刀なんてないよなあ……」


 そうぼやいたところで、ミルフェムトが何やら白い杖を持って歩み寄ってきた。


「タクマ、そなたはこれを使うがいい」

「これは……?」

「『ネマーの杖』と呼ばれているものだ。手に持った者の記憶から武器を作り出すという、優れものでな。強き者や剣術協会の者が武器を失った際の保険として、必ず各倉庫に一つだけ置いている」


 そう言って手渡されたネマーの杖は、まるで粘土のような質感で、強く握れば指の跡が残りそうだった。杖を握ったり眺めたりしていると、ミルフェムトは疑いを持った眼差しで拓真に話しかける。


「昨日戦った時は木製の剣を持っていたが……まさか、あれと同じものを作るつもりではないな?」

「一応……違うものにする予定です」

「うむ、それがよい。元々使っていた剣を意識すると、『ネマーの杖』がその形に変わっていく。やってみよ」


 この世界にやってきて、ロザリンの剣やドルミナの町の防衛隊が持っていた剣を扱ったことはあれど、拓真はそれらを再現するつもりはなかった。

 やはり自分の手に馴染むのは竹刀。または木刀。そのどちらを作るか悩んでいたが、これから剣を交えるのであれば木刀の方が良いだろうと思い、ネマーの杖を強く握る。


「俺の武器を……作ってくれ」


 ネマーの杖は、拓真の手に絡みつき、うねうねと形を変えていく。材質のままのように、粘土を何度もこねられているように伸びては混ぜられてを繰り返す。

 気付けばロザリンたちも注目する中、ネマーの杖は拓真の武器を作り出した。


「……えっ⁉」


 手の中で余りにも激しく動くので、自然と目を逸らしていた拓真だったが、ネマーの杖に向き合って、困惑の声を上げた。

 拓真が握っていたのは、刀の鞘。漆黒の鞘に、同じく黒色の柄が刺さっていた。鍔だけは銀色に輝いており、見つめていると吸い込まれそうな気分になる。

 恐る恐る、拓真はその柄を握り、刀身を鞘から引き抜く。金属が擦れる音を立てながら現れるその刀身は、間違いなく玉鋼で作られたものだった。


「う、うそだろ……なんで、日本刀が……」


 呆然としつつも、抜いた刀身をまじまじと見つめる。美しく磨き上げられた刀身は、松明に揺れる僅かな炎に照らされながらも、拓真を映した。


「おお……さすがに武器に疎いオレでもわかるぜ。こいつぁすげえ剣だってな」


 その様子を見ていたジオが、若干興奮したように言う。


「それがタクマ殿の使っていた武器なのかい?」

「いや、厳密に言えば違うんだけど……まあ、似たようなものでは、あるな……」

「なるほど。タクマ殿の剣術が見たことがない形をしているのも、そもそも使っている剣が僕たちと違うものだからなんだね」

「へぇー、不思議な形! よく見せてもらってもいい?」


 納得した様子で頷くランディと、刀に興味津々な様子のロザリン。

 そんな光景を見ながら、ミルフェムトは昨日の拓真との戦いを思い出していた。


(訓練で使うような武器を主に使うわけがないと思い、ネマーの杖を渡してみたが……そもそも使っていた武器種が違っていただと? それであの動きができるなら……本来の使い慣れた武器でなら、どれほど強くなるというんだ……⁉)


 やはり、敵でなくてよかった。誰にも気付かれることなく安堵していたところに、扉の前までオークスが降りてきていた。


「ミルフェムト様。転送魔法の準備が整ったようです」

「うむ、わかった。聞いたか、皆の者。そろそろ出発になるが……装備しているものは、今のものでよいか?」


 最終確認をされ、拓真は慌てて身を護る防具を探した。どれが良いものかはわからなかったので、ひとまず目に映ったものを身に付けていく。それらは身体に合わせると、空気に溶けるように消えていった。すると、なんとなくではあったが、身体に力が流れ込んできたのを感じた。

 そして、腰にはネマーの杖で作られた刀を差す。改めて柄を握ってみるが、恐ろしいほどに拓真の手にぴったりで、手のひらに馴染むものだった。


「真剣なんか、握ったことがないのに……」


 鞘を握ってから親指で鍔を押し、ちらりと刀身を覗かせる。不安と緊張をかき消すように一瞬輝いて見せた刀から、拓真は目を背けてしまった。


「それでは行くぞ」


 ミルフェムトが声をかけ、再び拓真たちは地上へと戻って行く。

 戦いの地へ赴く準備は整った。あとは、心を決めるだけ。


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