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―第二十五章 まさかの再会―

「いやあ、まさかあんたとまた会えるとは思ってなかったぜ! どうだ、その後は? 元気にしていたか?」


 拓真の前に座り、手に持っていた箱からいろいろな液体や綿、道具を取り出す男は、上機嫌に話していた。気圧された拓真は若干後ろへ体重が乗っていたのだが、手のひらを引っ張られると前のめりになってしまう。


「ああ、そういや名乗ってなかったな。オレはジオ・サイデン! あの後、王都から来た兵団についていってよお、回復魔法が使えるってことで医療協会の手伝いをしてんだ。それで、あんたの名は?」

「……拓真。拓真と呼んでくれたらいい」

「タクマか! よろしくな、タクマ!」


 喋りながらも手早く、そして的確に処置を進めていくジオと名乗る褐色肌の男は、ロザリンの応急処置より上手であった。ミルフェムトの大剣を押しのける際に傷ついてしまった手のひらの処置はあっという間に終わり、ジオは拓真の身体のあちこちを見る。


「ちょっと失礼」

「うわあっ! 何するんだよ!」


 乱暴に拓真の服の袖を破き、腕を見るジオ。元々宿屋での戦闘のせいで着ていたものは破れたりほつれたりしており、破きやすくなっていたようだ。

 ミルフェムトがすぐに回復魔法を施してくれたが、痛々しい痣や切り傷などはまだまだ多く残っている。


「なにって……診てるだけだって」

「だからって破くことはな……だあっ! やめろ!」


 さらにジオは半ば無理やり服もめくりあげ、拓真の上半身を裸にしてしまった。基礎トレーニングで鍛えた身体は、厚みを増して筋肉もついてきており、なかなか見栄えの良いものとなっている。ロザリンとランディは拓真がそこまで脱がされたことに驚き、思わず目を逸らしてしまった。


「安心しろよ。男に興味はねえから」

「そうじゃなくてだなあ……」

「うん、折れてるところはなさそうだし、全然いいな。でかい傷と痣はこうして……」


 肌と手が触れるか触れないかくらいの距離で、ジオは魔法を使ったらしい。一瞬、空気が弾けるような音がして、静電気のような小さな衝撃を感じると身体に残っていた痛みは、ほとんど消えてしまったようだった。


「よし! 痕はそのうち消えるだろ。陛下の用意された茶菓子である程度はもう回復していたみたいだから、治りも早くて助かるぜ」


 好き勝手に拓真の身体を診察したジオは、パン、と軽く背中をはたいた。


「……茶菓子で回復?」


 なんとも奇妙な話を聞いた、とばかりに拓真は顔を傾げ、ジオにはたかれたことは気にしていなかった。

 ジオはそんな拓真に見向きもせず、次はロザリンの前へと腰をかける。


「ああ、あんたは人攫いをやっつけてくれた人! ずっとお礼を言いたかったんだよ~本当にあんたが通りかかってくれなきゃ、オレとあいつは死んでただろうぜ! 今でも覚えてるよ、あんたが人攫い共を相手に剣を振るってくれてさ~……」

「え、ええ……どうも……」


 ジオの口は、際限なく止まらない。基本人当たりが良いロザリンも気圧され、この始末である。


「でも、あなたも聞いたことあるでしょう? 道端の英雄の噂を。その英雄は彼……タクマなのよ。彼がほとんど人攫いを倒してくれたから、なんとかなったようなもので……」

「そりゃあ知ってるとも! なんといっても、オレが道端の英雄の噂を広めたんだからな!」

「はあ⁉」


 ジオの言葉に、大きな声で疑問符を挙げたのは拓真だった。


「妙な噂を流したのって、あんただったのかよ!」


 叫ぶように会話に割り入った拓真に向き直り、ジオは何が悪かったのかわからないと言わんばかりにきょとんとしつつ、頷いた。


「そうだぜ。あの場にいたほとんどの奴は、あんたたちの戦いを見ていなかったか、意識がなかったからな! それにしてもタクマがあんなに戦えるとは思わなかったぜ。あっという間にやられちまうと思っていたよ。あんな素晴らしい雄姿は言い伝えてやらないと、勿体ないだろ?」


 何を基準に勿体ないのかが拓真にはわからなかったが、ジオはなんともやってやった、と言わんばかりに鼻息を荒くしていた。


「オレに感謝してくれてもいいぜ! 始めは酒の席で話したのがきっかけだったんだが、こんなに広まるとは思わなかったよなぁ」


 はっはっは! と軽快に笑いつつ、ジオはロザリンの手首を診ていく。オークスの拘束する力は相当強かったようで、僅かに痣ができていたが、ジオが手のひらを当てて何事かを唱えると、すぐに消えていった。


「こんなに強い回復魔法をかけてもらっていいの? ごめんなさいね、ありがとう」

「良いってことよ。女の子の身体に痣を残しちゃ、いけないだろ?」


 ウインクを決めたジオはランディの元へと向かったが、腕を組んで手首を見せる姿勢ではなかった。


「あれ、あんたはいいのか?」

「僕はいい。もう痛みも引いているしな」

「そうか、それなら別にいいぜ」


 ランディの申し出を素直に聞き入れたジオは、出していた道具を箱に片付けると、テーブルの上にあった焼き菓子を食べ始めた。


「あー、うめえ……よし、オレも魔力回復できたな」


 どうやら先ほどジオが言っていた通り、ミルフェムトが用意してくれたお茶と菓子にはあらゆるものを回復する力があるようだ。ジオが自分のステータス画面を広げているのを見ると、みるみるうちに魔力の数値が回復しているのがわかる。

 指先に着いた焼き菓子の欠片を舐めとると、ジオは清々しい笑顔で言った。


「つーわけで、オレもなんか明日の会議に参加するらしいから、よろしくな」

「そ、そうなのか……剣術協会の会議に参加って、あんたも戦えるのか?」


 拓真がそう訊ねると、ジオは背中を逸らしながら大笑いした。


「まさか! 剣はからっきしだからな、回復補助しかできねえぜ」

「大規模な作戦を展開する、と陛下はおっしゃられていたから……きっと僕たちとジオ殿で隊を組む、ということなんじゃないか」


 そこへランディが口を挟む。


「隊を組む、って?」

「その言葉の通りだよ。戦闘隊員として僕とタクマ殿、ロザリン嬢。そして補助役兼救護隊員としてジオ殿の四人で一つの隊として動く、ということなんじゃないか」


 自分は戦闘員として数えられてもいいものなのかと拓真の胸中には不安がよぎったが、ジオが軽い調子で言う。


「それにしてもそんなしっかりした隊を組ませるなんて、もしかして、ついにエルヴァントとの戦争が始まるのか?」


 だがそれを、ロザリンが慎重に否定する。


「それはないと思うわ。戦争をするなら、まずは王都兵団から出兵すると思うし、もっと前から通達があるはず。それに、明日のことはランディとも関りがあるって」


 拓真とロザリンは、共にランディへと視線を向けた。合わせてジオもちらりと見るも、ランディは首を横に振る。


「……とにかく、僕らが今ここですべきは、会議の内容を予想することではない。だろう?」

「そうだな! いいこと言うじゃねえか! すまねえが、オレは今日の夕飯の予想をすることの方が大事だと思うね!」


 ジオは立ち上がると、家の中へと入っていく。困惑した拓真は、ジオの肩を持ってその歩みを止めさせた。


「待て待て、もしかしてあんたもここに泊まるのか?」

「あれ、聞いてなかったのか? 明日、一緒に剣術協会の会議場へ来いって言われてるぜ」


 ロザリンとランディへと振り向き、拓真はそうだったかと確認する。しかし二人はさあ、と肩を竦めるだけだった。


「いいじゃねえか、死地を切り抜けたオレとあんた、そして剣術協会のねーちゃんとの久々の再会だぜ? 夜通し語り尽くし、あの時の話を書き起こして吟遊詩人に詩にしてもらおう!」

「そんなことをしている時間はないと思うけど……」

「ばっかだなぁ、時間はあるもんじゃねえ。作るもんなんだよ!」


 軽率に拓真の肩に腕を回しながら家の中へと入っていくジオ。なんだか思っていたより騒がしい夜になりそうだと、拓真は見られないようにため息をつくのであった。




 ――一方、ミルフェムトはオークスと共に、城へと戻っていた。城は都市の名前通りアダルテ城と呼ばれ、王都の中央に位置する。

 二人が向かっているのは、城の奥深いところにある地下室であった。


「失礼するぞ」


 そう言ってから、ミルフェムトはいくつかある扉の一つを開けた。

部屋の中は、青い炎の点いた松明が掲げられている。中心には台のようなものがあり、そこには大きな生き物が横たわっていた。

 そしてその台の前に置かれた足場に立ち、振り向いた背の低い人は、ミルフェムトに深く頭を下げた。


「陛下、お忙しいところ申し訳ございませぬ」

「気にするな。魔獣について何かわかったのだろう」


 オークスは扉の前に立ち、ミルフェムトは台の前まで進んだ。

 台の上に乗っているのは、八つの足を持ち、巨大な一本角を持った牛のような魔獣だった。その首は身体と頭に対して細く、顔立ちもどこか本来の牛とは違って気味が悪い。腹を開かれた魔獣は色が濃く、赤くは見えない血をドクドクと流していた。それでもまだ息はあるのか、荒い呼吸を繰り返している。


「すまぬなあ……しかしこうしないと、お前は消えてしまうでなあ……」


 背の低い人は、ローブに包まれ、つばの広い帽子を深くかぶっているせいで顔は見えない。しかし、その声は老齢の男のものだとわかる。

 足場に乗ったローブの男は、腹を開かれた魔獣を撫でる。身体を強張らせた魔獣だったが、あちこちを杭に打たれて抵抗できないままでいるらしく、身じろぐだけだった。


「……なぜ形が残っているのかと思ったら、わざわざ生かしておいてあるのか」

「ええ。魔獣は魔法で幾つもの生命をかけ合わせて作られた魔法生物。通常であれば、命を絶たれるとそのまま魔法の粒子となって、消えてしまいまする……」


 時折老齢の男は、魔獣に手のひらをかざすと何かを唱える。そうすると淡い光が魔獣を撫でていき、呼吸を少し和らげるのだった。


「こうして回復魔法をかけ、生かさず殺さずの状態を保つしか、調べる方法がありませんでな……」

「さすがのロダン殿でも、こうでないと無理だったか」


 ロダンと呼ばれた老齢の男は、静かに頷いた。


「それで、陛下……この老いぼれが調べたことを、聞いてくださらぬか」

「聞くためにここへ来たのだ。よい、私に教授せよ」


 はあ、と長く、重たいため息が吐かれる。ロダンは、それを口にすることを躊躇っているようだった。

少しばかり時間が置かれると、ミルフェムトから口を開く。


「……予想していた通りだったのか」


 その言葉に、ロダンは落胆したような様子を見せ、はい、と答えた。


「魔獣は、存在そのものが……いわば、命に対する冒涜的なもの。その冒涜行為の中に巻き込まれたのは、か弱き獣たちだけではなく……」


 ロダンの声は、だんだんと震えが増してきていた。喉の奥で泣くのを堪えているようなか細い音が出ると、ロダンは首を横に振った。


「人間も……含まれておりまする……」




 腹を開かれた魔獣は、やがて身じろぐことすらやめてしまった。そして声を上げることもせず、静かにその命の灯は消えていく。

 魔獣は光となって溶けていった。暗い地下室に、濁った血を残したまま。

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