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―第二十四章 神託を受けた者―

「そなたは女神ウェルファーナの神託を受け、この地にやってきたと言っていたな?」


 古い宿屋で、ミルフェムトと戦う直前に少しだけ話したことだ。拓真が怒りの感情を吐いている際に、ミルフェムトが反応を示した部分でもある。


「はい……神託、というか……直接会ったというか、なんというか……」

「なんでもいい。とにかく、女神から使命を授かったのだろう」

「……授かったと言っても、本当に世界に招き入れたいとしか言われてなくて……俺は、ここで何をすればいいのか……」


 次第に言葉尻は小さくなっていく。改めて考えてみると、ここでこうして女王とお茶を楽しんでいていいものなのかも、疑問に思えてくる。

 本当なら、何かやるべきことがあるのではないか。ここではないところに、行かなくてはならないのではないか。以前から悩んでいることだが、その答えを拓真はまだ見つけていない。


「そなたと同じ髪色の者を知っている、と話したな。会ったと言っても、ほんの軽い挨拶を交わしただけなのだが……」


 ミルフェムトの言葉の続きを、三人は揃って身を乗り出して待った。


「その者も、女神ウェルファーナから神託を授かった人間だと聞かされていてな。それでその者……奴は、その事実と自らの力を以て、エルヴァントの支配者となった」

「エルヴァントの……支配者?」


 度々会話の中で出てくるエルヴァントという地名。これは隣の国だと、以前ロザリンが言っていたのを拓真は覚えていた。


「エルヴァントは、ここロストリア大陸の隣にあるファーナ大陸の国でな……いや、昔は国というほどでもなかったんだが……奴が新たな指導者となってから、二十年ほどで大国へと成長したんだ。同じ大陸内の他国を襲って、支配下に置くという形でな」


 ここまで聞いている限り、あまり良い国ではなさそうだ。拓真は頷きつつ、ミルフェムトに話の続きを促した。


「私の父……アダルテの前王は、奴と会食をした数か月後に死んだ。病気も何もしていなかったのに、自室で心臓が止まっていたんだ。突然死かとも思ったが、毒殺なのか、なんらかの手段を使った暗殺かもわからない。ただその頃から人攫いが増えてきてな……私は奴が関与していると疑っている」


 ミルフェムトの話に、ロザリンとランディは俯く。二人は以前から、前王の死を知っていたようだ。

 やはり親の死を口にするのは、思うところがあるのだろう。表情が曇ってしまった女王に、拓真は小さく「お気の毒に」とだけ言った。


「気遣い、心痛み入る。まあ、つまり……そなたに敵か味方か確認すべきだと言ったのも、神託を受けた者の一人がエルヴァントにいて、ほとんど敵対しているからなのだよ」

「……俺は、どうして敵ではないと?」

「剣を交えた時に、私を殺そうとしなかったからな。やろうと思えば、殺せる隙は何度もあったはずだ」


 それだけで敵ではないと思っていいものなのか。そんな拓真の疑問を読み取ったかのように、ミルフェムトは続ける。


「女王をしていると、度々エルヴァントからの鼠に首を狙われてな。その者たちと比べるのも申し訳ないくらい、そなたには殺意がなかった。ただ純粋に、剣の打ち合いだけを所望していたように感じたが……違うか?」

「……大体、そんなところです」


 ならよい、とミルフェムトは微笑む。


「それで、そなたは奴に会いたいと言っていたが……無理だと思った方がいい」

「国の指導者に会うのは、やはり難しいですか?」

「それ以前の問題だ。エルヴァントに出向いた者は、ほとんど帰ってこない」


 帰ってこない。その話題になると、ロザリンがわかりやすく眉尻を下げ、頭も下げた。

 ロザリンの父親も、エルヴァントへ向かって帰ってこないと聞いていた。ミルフェムトもそれは知っているのだろう。一度ロザリンへ視線を向けたが、そのまま話を続けた。


「もう何人帰ってきていないのか、わからないくらいだ。調査に向かわせた私の部下も帰ってきていないし、単純にファーナ大陸へ旅行に出た民も行方不明になっている。エルヴァントは今や危険な国で、世界の脅威となっているのだよ」

「唯一同じ境遇の人が、そんな場所にいるなんて……」


 一度見えた希望の星は、簡単についえてしまった。

 ますます自分が何をすべきなのか、わからない。ようやくこの世界に来た意味を、見い出せる思ったのに。すっかり意気消沈としてしまった拓真は手のひらで顔を覆い、肘をついた。


「だが私は思う。奴と言葉を交わした時は、何とも言い知れぬ不快感があったが、そなたにはない。きっと奴と違う使命を、そなたは持っているのだ」


 誰もがかける言葉に悩む中、そっと慰めるように拓真の肩に手を置き、ミルフェムトは囁いた。


「だから……絶望するな。そなたの使命がわかる日は、必ず来る」

「ああ……ありがとうございます、女王陛下」

「ミルフェムト様」


 拓真が顔を上げたところで、この場から離れていたオークスが戻ってきた。何かを耳打ちされると、ミルフェムトは顔をしかめさせ、わかったと答える。


「すまない、私は所用ができたのでここで失礼する。今日はここを宿として使ってくれ。それと、先ほど怪我をさせてしまったから、王都医療協会の者を呼んである。明日の会議にも参加する者だから、親睦を深めておくがよい」


 そう言ったミルフェムトに頭を下げつつ見送ると、入れ替わりで誰かが中庭に入ってきた。長く白いローブを纏い、口元と頭は布に覆われて見えないが、額からはみ出る髪の毛は鮮やかな青色をしていた。


「よお、王都医療協会から来た者だ。怪我をした奴の手当てに……あっ⁉」


 その誰かは拓真を見ると明るい茶色の瞳を開き、大袈裟に驚いた様子だった。ロザリンとランディは、医療協会の人と拓真を交互に見つめ、首を傾げている。


「あんた、生きてたのか!」


 口元を覆う布を取り外して顔を見せたその人は、拓真の元へと駆け寄った。


「あ、あんた……!」


 顔を見て、拓真は思い出す。その人は拓真がこの世界で目覚めて初めて出会った、あの褐色肌の男だった。

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