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―第二十三章 答え合わせ―

おもてを上げよ」


 ミルフェムトの声に、拓真は一度、生唾を飲み込んでから顔を上げた。目の前にいる女王は、大剣を軽く振るう。すると、それは姿がどんどん薄くなり、空気に溶けていくように消えてしまった。

 今ここで死ぬことはないのか、別の方法で死ぬのか。まだ緊張感が解けない拓真は、背筋を伸ばしたままミルフェムトの目を見ていた。


「……そう緊張するな。立てるか?」


 フ、と力が抜けたように微笑むミルフェムトは、拓真に手を差し伸べた。一体何事かとわからなかった拓真だったが、ミルフェムトからもう一度手を伸ばされ、それをとる。引き起こしてもらうと、女王の手が淡く光り出した。


「手荒なことをしたな。回復魔法は得意ではないが……ひとまず、応急処置として失礼する」


 光が少しだけ強くなると、ミルフェムトと触れ合っている先から痛みが引いていく。身体の中に気持ちのいい流れが通っていったと思うと、自分で歩けるほどには回復したようだった。


「あ……ありがとう、ございます……?」

「完全には回復できておらぬからな、後程詳しい者に見てもらえ」


 拓真の手を離すとミルフェムトはオークスへと向き、声をかける。


「オークス、もうよい。放してやれ」


 その一声で薄い青色の半球体は消えていき、ロザリンとランディは解放された。二人はそれと同時に、拓真へと駆け寄る。


「タクマ!」


 ロザリンが勢いよく抱き着き、ランディは傍に駆け寄って労うように肩に触れた。どうしようかと宙を泳いだ拓真の手は、そっとロザリンの背中を撫で、すぐに離れた。互いに顔を見合わせると、三人はようやく安堵のため息をつく。


「二人とも……無事か?」

「私たちは防御魔法に守られていたから、平気だったわ! それより、タクマの方が心配よ」

「それは僕も同じだけど……コホン」


 ランディが身を弁えるように促すと、ロザリンはミルフェムトへと向き直った。ミルフェムトは困ったように微笑むと、ロザリンはたどたどしく伺いを立てる。


「あの、会長……」

「わかっているとも。話すことは山ほどあるが、場所を変えよう。ここは少々……風通りが良すぎる」




 戦いで全壊とまではいかずとも、半壊以上の状態になってしまった古い宿屋を離れ、三人は女王にとある大きな家へと案内された。

 町や通りからも離れ、塀に囲まれたそこは中庭が広く、緑が豊かだった。花もよく手入れされており、鳥や小動物も多く訪れているようだ。中庭の中央にはテーブルと椅子があり、すでにお茶の用意がされていた。


「今度こそくつろぐといい。給仕係に茶菓子を持ってこさせるから、好きなだけ食べて飲んでくれ」


 回復魔法を施してもらったものの、つい今しがたまで戦っていたせいか、拓真はまだミルフェムトに対して緊張感を残したままだった。そんな拓真を見て、ミルフェムトは飲んでいたお茶を置き、正面に向き合う。


「安心しろ、私はもうそなたを敵ではないとみている。だからそなたも、私を疑わないでほしい」


 そうはいっても、難しいものである。それも理解しているミルフェムトは、困ったように微笑んだ。


「……まあ、無理はない。そうだな、まずは一つずつ話していくとしよう……」


 ミルフェムトは、椅子の背もたれに完全に体重を任せ、午後の空を見上げながらぽつりぽつりと語り始めた。


「あの古い宿屋に呼んだのは、そなたの実力を計るため。私はオークスと共に、そなたとランディの決闘を見に行っていた。そなたが私にとって使える人間かどうか、自分で確かめたかったのだ」

「それで、わざわざあんなところに……?」


 力を計るためならば、女王という立場を使ってもっと公的な決闘場のような場所を使えるのでは。そういった疑問を含んだ拓真の返事に、ミルフェムトはさらに続ける。


「あそこを指定したのは、もう一つ理由がある。どうやら噂好きな輩が、道端の英雄を探しているらしくてなあ……」


 肘をつきつつ、カップを傾けてお茶を飲むミルフェムト。話す内容に気を取られ、ロザリンは食べていた焼き菓子を小鳥に持っていかれてしまった。


「決闘場を使うとなると、どうしても民の注目が集まる。兵団の訓練場を使うとしても、どこから情報が漏れるかわからぬからな。だから直接あそこへ呼んだのだ」

「その、なんで俺は……道端の英雄は、探されているんですか……?」


 戦いの中では口調を荒げていたが、今は普通の会話なので、拓真も敬語に戻っていた。それがなんだかおかしくて、ミルフェムトは若干口を隠しながら笑ったが、問いへの答えを口にする。


「大方、探しているのは人攫いの連中だと私は考えている。強いと噂されているから、連れていきたかったのだろう。もっとも、連れて行って何をするつもりなのかはわからんが……」


 カップの中身が無くなったミルフェムトは、近くの給仕係に声をかけた。新しいお茶を貰ったところで、拓真は身を乗り出して新たな問いかけを始めた。


「それで、俺の力を確かめたのは……何のために? あなたが言っていた、俺と話したい深いことって……」

「そなたの力を試したのは、少しでも戦力が欲しいからだ。近々大規模な作戦を展開する予定があるからな……」


 ミルフェムトの言葉に、空気が若干ひりついた。特にロザリンは、カップを持つ手に力が入る。


「もしかして、以前から調査していた件についてですか……?」

「左様。そうそう、明日の剣術協会の会議にはそなたらも出てもらうぞ。特にランディ……そなたは深く関係があるのでな」

「私に、ですか……?」


 突然話が自分に向き、ランディは改めて背筋を伸ばす。


「私は、どんな処分にも応じます」


 ランディの言葉に、ミルフェムトは首を傾げた。


「……? 何の話だ?」

「私に深く関係があるとのことでしたので……てっきり、今までお騒がせしていた件についてかと思いましたが……」

「ああ、散々決闘を吹っ掛けていた件だな。それについては不問とする」


 えっ⁉ と声を上げたのは、拓真、ロザリン、ランディ、全員であった。

 同時に三人から声を上げられて、ミルフェムトは驚いた顔をしてそれぞれの顔を見る。


「な、なんだ……不満か? 悪いようにはしないと、言っただろう」

「いいえ、決してそのようなことはないのですが……よろしいのですか?」

「かまわぬ。決闘を仕掛けて、相手は受けたのだろう? ならばそれは個人間での問題だ。その後の態度で治安悪化には確かに一役買っていたようだが、今後同じことを繰り返さなければよい」


 ランディは椅子から立つと、わざわざ女王の前にまで来て膝をついた。


「女王陛下の深い温情に、感謝いたします」

「そういうのはよい。ここは女王の間ではないからな」


 よかった、とロザリンが声を漏らすと、拓真も本当に、と答える。

 女王に戻れと指示をされ、ランディは再び席に着く。その表情は、どこか安心したようにも見えた。


「ともかく、話がずれたな。詳細は明日の協会会議の際に話す」


 そう言って、ミルフェムトは拓真へ視線を送る。


仔細しさいも話さず、試すようなことをして悪かったな。自分勝手且つ乱暴すぎた。ここに非礼を詫びよう」

「い、いえ……お気になさらず……」


 素直に謝罪されるとは思わず、拓真はお茶を飲んで戸惑いを誤魔化した。紅茶のような爽やかなのど越しが気に入り、もう一口と飲んでいると、今度はミルフェムトが身を乗り出してきた。


「ではそろそろ……お互いに話したかったであろうことを、話そうか」

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