大きいのに軽い。速くて重い。そんな体験したことのない太刀筋が、拓真を襲っていた。
「ぐっ、くうっ!」
ゆらゆらと踊るように、あるいは風に流されるように。ミルフェムトの剣は、受け流すだけで必死になってしまうようなものだった。こちらから攻撃を仕掛けようとしても、一撃が重たいので剣を受けた余韻に痺れ、反撃に繋げられない。剣を振るった隙をつこうとしても、振り切ったはずの大剣は軽々と戻ってきてしまうので、こちらから切り込むこともできない。
「ふむ、直接剣を交じわせるというのは楽しいなあ」
遊ぶことに夢中で、自分が残酷なことをしていることに気付かない少女のような表情を見せ、ミルフェムトは剣を振るう。
頭上から重たい一撃を。下から勢いのある一太刀を。そして左右から強烈な薙ぎ払いを。
そんなものばかりを受けていた拓真の持つ木の剣は、案の定ボロボロになってきており、間もなく折れてしまいそうだった。
(このままじゃあ負けるっ……! 勝つ方法なんて今のところ見当たらねえけど、俺がどうにかしないと……!)
ちらりと、ロザリンとランディの方を盗み見る。不安げな表情でこちらを見ているのがわかるので、なんとかこちらが優勢にならなくてはと焦る一方だ。
「ほら、先ほどまでの勢いはどうした?」
攻撃してばかりのミルフェムトは、実につまらないといった様子で距離を詰めてくる。
振り下ろされた大剣が、朽ちたテーブルを砕いた。跳ねてくる木っ端から目を護るために腕で顔を覆った隙に、脇腹を抉るための大剣が襲いかかってくる。
「まずいっ……ぐああっ!」
木の剣で受けるが、ついにその衝撃で折れてしまい、半分以下の長さとなってしまった。大剣に薙ぎ払われた拓真の身体は一瞬宙を舞い、朽ちた家財の上に落ちる。
「げほっ……く、そっ……力がっ……」
全身を巡る痛みに耐えつつ、拓真はなんとか上半身だけを起こした。
先ほどまで確かに感じていた身体の中の不思議な力は、どういうわけか霧散してしまっていた。ミルフェムトの剣を打ち落とした時に重なったかの人は、一体どこへ行ってしまったのだろう。
(あの人の力がないと、戦うどころの話じゃない……俺は、何も……)
己の無力さを痛感していると、ゆっくりとミルフェムトが歩み寄ってくる。
「……どうやら力は使い果たした、というところか」
ミルフェムトが下から剣を振り上げると、拓真の身体が家財の残骸と共に再び宙を舞う。状況を察したものの、やはり手を緩める気はないらしい。
トン、と軽く床を蹴り上げたミルフェムトは、簡単に拓真と同じ目線までやってきた。
「歯を食いしばれ。口の中を切りたくなければな」
そう言ってミルフェムトは容赦なく拓真の身体を大剣で殴り、地面へと叩きつける。
「かっ……はっ……!」
凄まじい勢いで崩れた家財の中に戻された拓真は、強すぎる衝撃が故に息を吸えない。
そして、起き上がることすらできなくなっていた。
(だめだ、もう……身体が……!)
なんとか息を大きく吸い、頭だけを上げる。迫る脅威を―ミルフェムト―を、視界に捉えるために。
「限界か。あっけないものよな」
折れた木の剣先を蹴り、脅威は歩み寄ってきていた。剣を振り回して辺りを壊しながら
攻撃されないのを見て、拓真は家財の残骸から這い出る。その手には、まだ折れた剣を握っていた。身体はすでに戦えない状態であるというのに、意思だけは残っているのだ。
「おや、まだ隠し玉があるのか? よいぞ。何度でもかかってくるがよい」
拓真の手の中の折れた剣を見て、ミルフェムトは目を細めた。決して馬鹿にしているわけではない。本気で言っているのだ。まだ戦うつもりならば、受けて立つと。
(でも……俺ができることは……)
全身が痛み、骨は軋む。汗と血と埃で霞む目はミルフェムトを見据えてはいるが、気を抜けばすぐにでも見失いそうだった。
ここから自分にできることは、一つしかないと拓真は考えていた。それを行動に移すと、ミルフェムトは眉をひそめる。
「……む?」
拓真は、ふらつきながらもその場に正座した。古い床板には壊れたテーブルや椅子、崩れ落ちた屋根の破片が落ちているが、かまっていられない。
折れた剣を自らの脇に置いた拓真は、困惑するミルフェムトを前に、そのまま上半身を前へ倒し、頭を下げる。
そして、芯の通った声で言った。
「参りました」
負けを認めるその言葉に、一瞬、時が止まったようだった。
見ていることしかできていなかったロザリンとランディも驚いて口を開け、ミルフェムトさえもぽかんと口を開いた。
「そ、そなた……なんだ? 命乞いでもしているのか?」
「いいや。そんなことはしない。でも……」
頭を上げた拓真は、至極真剣な表情で、ミルフェムトを見つめた。
「ロザリンとランディは……どうか、見逃してもらえないか。俺のことはどうしたっていい。処刑してもいいし、牢屋に入れてもいい。だから、どうかあの二人は……」
敵対していると思われているのならば、共にいたロザリンに何らかの処分が与えられてもおかしくない。ランディも出会う前からあちこちに迷惑をかけていたとはいえ、必要以上に痛めつけてほしくなかった。
ミルフェムトは困惑を抑えつつ、平静を装って確かめる。
「……そなた、仲間を助けるために、自らの命が惜しくないというのか」
「ああ」
「もう戦う気はないのか」
「あんたと戦う方法がない、からな……。でも、もし剣がここにあったとしても……俺は負けていると思う。それくらいあんたは強い。俺じゃあ……敵わない」
すっぱりと言い切って、拓真は改めて頭を下げた。
「お願いします。元々俺が目的だったなら、あなたの言うことに従います。その代わり、ロザリンとランディは解放してください」
念を押すように、お願いします、と何度も小さく言う。
ミルフェムトはまだ答えない。ただ、大剣の柄を握りしめるくぐもった音は、拓真の耳に届くのだった。