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―第二十一章 魔法の剣―

 お互いの得物をぶつけあうと、二人は同時に上へと飛び上がった。宿屋の屋根が破壊され、暗い室内から晴天に包まれる明るい屋外へと、舞台は変わる。

 クリスタルの剣が陽の光を反射して、拓真へ迫ることを伝えた。それを交わし、屋根の上に立って拓真はミルフェムトの姿を探す。

 そこへ、再びクリスタルの剣が飛んできた。クリスタルの剣は見た目に反して軽いようで、木の剣でもすぐに弾き落とすことは可能だった。


「おいおい、もっと正々堂々と勝負しろよ!」


 鬱陶しい虫を落とすように大剣を払いのけつつ、拓真は叫ぶ。すると、上から殺気を感じて空を見上げた。

 隕石のように、大剣を持ったミルフェムトが切っ先を拓真に向けながら落ちてきている。避けることはできるだろうが、そうすればまだ宿屋の中にいるであろう拘束されたロザリンとランディに被害が及ぶのは明白だ。


「くそっ!」


 木の剣で受けようとした拓真だったが、邪魔をするかのように周りにクリスタルの剣がふよふよと浮かんでいる。それを掴むと、拓真はミルフェムトへと投げ返した。しかし、それでも迫る勢いは変わらない。投げた剣は簡単に弾き飛ばされ、砕けて消えてしまった。


「ぐっ!」


 結局、木の剣で受け止めるしかなかった。すでに穴の開いた屋根の上で踏み止まることなどできず、拓真はミルフェムトと共に再び宿屋の中へと戻って行った。屋根はもう七割が開いてしまい、宿屋の中はすっかり明るくなる。

 パラパラと木っ端が落ちる中、ミルフェムトに馬乗りにされた拓真は、必死に見える範囲でロザリンとランディを探した。少し離れたところで二人は変わらずオークスに拘束されてはいたが、薄い青色に光る半球体の中にいて、衝撃から守られているようだった。

 二人に怪我がないことを安心して息をつくと、冷たい声が聞こえる。


「よそ見をしている場合か?」


 ミルフェムトの手には、大剣が持たれていない。指揮棒を振るように指を振ると、本物の大剣が躍るように戻ってきて、拓真の首を目掛けて振ってきた。


「っぶね!」


 腕は自由だったので近くにあった屋根の残骸を手に持ち、大剣を弾いてなんとか軌道を変える。顔のすぐ横に剣が刺さると、拓真はそのままミルフェムトを横から殴りつけるように腕を振るった。

 そんな大ぶりな攻撃が当たるとは、欠片も思ってはいない。ミルフェムトは拓真の上から綿が飛ぶように避け、二階部分にあたる手すりへと立った。

 素早く立ち上がった拓真は木の剣を剣道の型で持ち、ミルフェムトを見上げる。


「ふわふわとあちこち行きやがって……ちゃんと剣を持って戦えないのか?」

「これが私の戦い方だ。魔法と剣を組み合わせて戦うことの、何が悪い?」


 ミルフェムトが両手を広げゆっくりと上げると、それに合わせてクリスタルの剣がまたも宙に作り出された。床に刺さったままだった実体の剣も浮かび上がり、ミルフェムトの手元へと戻って行く。


「さて、見たところそなたは魔法を使えないようだが……どうする?」


 嫌味を言いつつ、ミルフェムトは指先を拓真へと向け、剣に指示をした。愚直なほど真っすぐに、クリスタルの剣は拓真へと向かっていく。

 瞳をスッと閉じ、拓真は息を吸った。目前まで大剣が迫ると、目を開いて剣を頭上へと振るった。


「はっ!」


 迫るクリスタルの大剣に向かって剣を振り下ろし、打ち落としていく。パン! パン! と気持ちいい音を立ててクリスタルの大剣は砕け散り、床に落ちる前に光る塵となって消えていった。


「ほう……」


 避けることなら誰にでもできる。だが逃げずに正面から受け止め、それを弾いていく。ミルフェムトにとって、拓真の戦い方は初めてみるものだった。


「しかし前だけを見ていては、遅れをとるぞ?」


 背後から迫るクリスタルの剣は、拓真の身体を貫こうと飛んでくる。


「せいっ!」


 すぐに振り返って一歩引いてから剣を振るい、拓真はクリスタルの剣を打ち落とした。

 落として当たり前だろうと言わんばかりに、ミルフェムトは妖しく笑う。


「反応は良し。次はどうだ?」


 操り人形を扱うようにミルフェムトの指先が動かされると、前後左右と上下の変化を加えつつ、クリスタルの剣が拓真を襲った。

 あらゆる方向から飛んでくるクリスタルの剣は、いくら落としてもキリがない。退けるだけ、落としていくだけ。単調な作業のような回避行動が続き、前に進めないことに拓真は苛立ちを募らせていった。


「こんな直接打ち込んでこない技で……どう決着をつけるんだよ!」

「つけられるとも。私が望めば、な!」


 拓真に迫るクリスタルの剣は一定の間隔で迫っていたが、次第にその速度は上がっていった。さすがに捌ききれずに、拓真の身体に傷がついていく。切っ先は腕を切り、足を切り、切らずとも幅の広い刃が体当たりのように身体にぶつかり、着実にダメージを増やしていった。


「ぐっ……!」


 小さな痛みは、重なれば大きな苦痛となる。拓真が痛みに顔を歪ませたのを見ると、ミルフェムトは指を三本立てて剣を従えた。

 後方から迫るクリスタルの大剣をやっとの思いで打ち落とした拓真は、自身に向けられた殺気に気付き、ミルフェムトへと向き直る。


「言っただろう? 私が望めば、勝負の片は付くのだよ」


 三本の細い指が、拓真へと向けられた。それと同時に、凄まじい速さで三本のクリスタルの剣が飛んでくる。


(間に合わないっ……!)


 誰もがそう思い、拓真ですらそう思った。だが、木の剣を握る力は緩まるどころか、さらに強くなっていく。


「……⁉」


 明らかに自分の力だけではない。手元を見てみると、淡い光が刀を握るのと同じように、拓真の手の上に重なっていた。


『戦え、抗え、刃を振れ!』


 頭の中に声が響く。剣を授けた、かの人の声が。


「……ああ、わかってるよ」


 拓真は静かに、深く息を吸った。周りの音はせず、自分の呼吸と心臓の音だけが聞こえる。眼前へと迫るクリスタルの剣は、凄まじい速さだったのは知っているはずなのに、止まっていると勘違いしてしまうほどゆっくりに見えた。まるで、拓真の準備が整うのを待っているようだ。


『こんなもの、打ち砕いてくれる!』


 かの人の声に合わせ、拓真は両手で持った木の剣を目線の高さまで上げた。


『神道霞流……』

「神道霞流……」


 声が重なり、呼吸すら重なる。


「真壁氏幹伝授、“三受留みうけどめ”」


 それは、一瞬のことだった。

 一度だけ、爆ぜる音がした。一呼吸置いてから、三本のクリスタルの剣が同時に砕け散る。しかし、大層な技を出したというのに、拓真は微動だにしていないようだった。


「なっ……」


 初めてミルフェムトが狼狽えた。唯一、何が起きたのかを理解している、彼女だけが。

 それでも、かろうじて見えた程度。おそらくそうだろう、という予測を立てるに過ぎない、視覚での頼りない情報だ。


(振り払ったわけではない……ただ単に、剣を当てただけで! 奴は打ち落とした!)


 ミルフェムトが見たのは左に一度、右に一度ずつ剣を置くように動かし、そうして左右を砕いてから正面の大剣を抑えるように頭上から剣を下ろす拓真の姿だった。それはほぼ同時に行なわれ、一度のみの動きに見えたのだ。

 それだけではなく、剣を振るう直前に見慣れない鎧の人を模した光が、拓真に重なったのを見た。だがそれは瞬きをした時に見えたもので、見間違いだと言われてもおかしくない。


(あれが奴のスペシャルスキル? しかし、いつ発動した? あれは空間を歪ませるスキルか? それとも、瞬間的に能力を底上げするもの? だがスキルらしい効果のある技や状況変化は見受けられない……)


 頭を悩ませる存在というのは、自分にとって異質な存在であるということ。拓真も例に漏れずミルフェムトにとっては異質な存在で、戦っているだけでも奇妙な感覚を味合わされていた。


(いいや……今考えても、仕方がないか……奴のことを知るのは、後でもいい……)


 気持ちを落ち着かせ、拓真を見やるミルフェムト。

 もう一度剣道の型へと戻った拓真は、じっと見下ろしてくるミルフェムトを見て、静かに言った。


「魔法で剣を何本作り上げたとしても、同じだぞ。俺が何度でも打ち落とすからな。直接剣を交わすことを勧める」


 その声には、いまだに怒気が乗っている。ミルフェムトは、もう狼狽えなかった。


「……そうだな。そなたの助言に従うとしよう」


 手すりから足を滑らせるようにして、女王は優雅に一階へと降りてきた。落ちてきた衝撃は何もなく、音もなくふわりと地面に降り立ったのだ。


「……それも魔法か?」

「いかにも。なかなか便利なものでな、この大剣も魔法で軽くして持っている」


 クリスタルで作られた魔法の剣はもう姿を見せず、ミルフェムトの手には本物の大剣のみが残った。

 それを両手で持ち、身体の前に置いてミルフェムトは微笑む。


「では、参ろうか。そなたが望む、やり方で」

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