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―第十九章 女王ミルフェムト―

「あ、あんた……じゃなくて、あなたが……」


 つい今しがた、王都からの使者から聞いたこの地を平和に治めようと尽力しているという女王。そんな重要人物が、目の前にいる。しかも剣術協会会長を兼任しているというから驚きだ。

 さすがの拓真も、女王と呼ばれる人物に対して失礼を働いてはならないと理解していた。自然と足を引き、先ほどロザリンとランディがしていたように片膝をついて、女王に対し頭を下げた。


「くくっ、さすがに礼節は弁えていたか。よい、楽にせよ」


 女王ミルフェムトは、口元を隠しながら笑う。見た目の幼さに反して、品のある動作だ。

 拓真から見て、ミルフェムトは上品な服を着た中学生くらいの少女にしか見えなかった。腰まで伸びる緩やかな波を打つ銀の髪。濃い青色の瞳に、長い睫毛。瞳の色に合わせた上質な光沢のある生地の服は、女王というより貴族の娘のようだった。それも、スカートではなくパンツ姿なので、凛々しい印象を与えている。だがこの都市を治めているという女王という立場と立ち振る舞いからして、実年齢と見た目は剥離しているように思えた。


「こんなところに呼び出してすまないな。埃っぽいところだが、少し我慢してくれ」


 適当に座れ、と椅子を指すミルフェムトに従い、三人は各々近くにあった椅子を引き寄せて座った。すると大柄な男、オークスは拓真たちが入ってきた扉を閉め、その前に立ち塞がる。扉を護っているように見えるが、無表情のせいかその真意は読み取れない。


「それで……今日は、どうしてお呼び出しを?」


 まず口を開いたのはロザリンからだった。ランディと拓真もミルフェムトを見て、その返答を待つ。ミルフェムトは足と腕を組み、薄く微笑んで答えた。


「理由は二つ。まずはその英雄と呼ばれる男の実力を見るため。そして、ランディとやらの処分を決めるためだ」


 ランディは罰が悪そうに顔を歪ませると、こくりと頷いた。


「そう思い詰めた顔をするな。悪いようにはしない」


 喉の奥で笑ったミルフェムトは、そのまま視線を拓真へと移した。頭の先からつま先まで満遍なく見つめると、ミルフェムトは小首を傾げる。


「英雄殿。名前は?」

「……伊藤拓真と申します」

「ほう? イトー・タクマ……聞き慣れぬ音の名だ。この辺りではない生まれか?」

「はい、話すと長くなるのですが……」


 すると、ミルフェムトは手を上下に振り、迷惑そうに若干眉を寄せた。


「長くなるようなら今はけっこう。しかし……」


 女王はもったいぶるように、指先を眺めながら続ける。


「そなたのように影のような色の髪を持つ者を……私はもう一人、知っている」


 その言葉に、拓真は思わず息を飲んだ。

 この世界の人々は、基本的に鮮やかなの色髪の毛や瞳を持つ。ランディの仲間であるアクロだけは髪色が濃いのだがそれでも深い紫色というだけで、やはり拓真と同じように黒い色を身体に持つ者はいない。


(俺と同じような髪……きっと日本人だ……! 俺以外にも、この世界に来た人が……!)


 ここまでわけもわからず、流されるがままに過ごしてきた拓真にとって、それはとても大きな情報だった。同じ境遇の人間が、この世界のどこかにいる。まだ顔も名も知らぬ相手だが、心強い味方を得たような気持ちだった。

 浮つきながらも、拓真はミルフェムトに訊ねる。


「その人は……どこにいるんですか? もしかしたら、同じ世界……俺と同じところから、来た人かもしれません」

「ああ、だからこそ私はそなたを試さなくてはならん」


 空気は一転する。ミルフェムトが目の前から消えると、次の瞬間には華奢な身体に似つかわしくない大剣を持って拓真の背後へ回り、首へと刃を当てていた。


「か、会長!」


 ロザリンは思わず立ち上がるが、いつの間にか扉から離れ、背後に迫っていたオークスに後ろ手で掴まれてしまった。


「きゃあっ!」

「ロザリン嬢!」


 剣の柄に手を回しながらランディも立ち上がるが、オークスの大きな手で手首を掴まれ、そのまま捻り上げられる。


「うああぁっ!」

「ロザリン! ランディ!」


 振り向けないまま、拓真は仲間の名を呼ぶ。オークス一人に、ロザリンもランディも拘束されてしまった。ランディはどうにか藻掻こうとしているが、手首を握るオークスの力が強くなるため、だんだんと抵抗をやめていった。ロザリンに至っては、元から抵抗の気がないらしく、おとなしく捕まったままでいる。


「な、なんで、こんなことを……!」


 首元に迫る刃に呼吸を荒げさせつつ、拓真は再び訊ねた。


「剣術協会は人手不足でなあ。そなたとランディの決闘を見て、是非私たちに協力してほしいと思ったのだ。それと、個人的な理由からそなたと深く話をしたくてな」

「なら、普通に話せば……!」


 そっと拓真の耳元に唇を寄せ、ミルフェムトは囁くように答える。


「そうするために、こうやってそなたを試しているのだよ」


 ぐっ、と喉の肉に、刃が触れ始める。大剣の分厚い刃は簡単に肉を裂くわけではないが、その存在感は心臓を速めるには十分だった。


「かいちょっ……いいえ、女王陛下! 私が彼についてご連絡をしなかったのは、お詫びいたします! タクマはあなたに敵意を持っていません! 彼は共にエルヴァントの人攫いを倒してくれたんです!」


 身を乗り出しながらも、ロザリンは必死に弁明する。だが冷ややかな視線をロザリン側へ向け、ミルフェムトはため息をついた。


「噂は聞いているが、私は直接見ていたわけではない。それに、この者がそなたを欺くためにそうしていたとしたら……?」

「そんなことはっ……そんなことは、ありません! タクマは、私の無理な願いを聞いてくれたり、昨日だって魔獣を……」

「ロザリン。現状、そなたがこの男に絆されて協力しているという可能性も……私たちは否定できないのだよ」


 ロザリンの両手首を片手で掴み、拘束しているオークスの手に力が入る。その痛みに悶え、ロザリンは甲高い悲鳴をあげた。


「あああああっ!」

「ロザリンっ……! なあ、女王様! ロザリンもランディも関係ないだろ! 俺が気になるなら、俺にだけ集中しろよ!」

「ふむ、一理ある。ならば私を夢中にさせてくれないか? タクマとやらよ」


 背筋が震えるような猫撫で声に、拓真はぎゅっと目を瞑る。刃は少しずつ肉に埋まり、息が詰まりそうだった。


(とはいえ、俺はどうすれば……⁉ 俺が目的なら、二人だけでも逃がしてやりたいが……くそっ……!)

『…………ぇ』


 頭の奥から、何かが聞こえてくる。


「な……に……?」


 その声に耳を傾けようとすると、眩暈のようなものが襲い掛かってきた。


(この感覚、前にも……今は、まず、い……)


 そうは思えども、拓真の意識は暗闇へと落ちていくのだった。


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