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―第十七章 いざ王都へ―

 これは夢だと、拓真は気付いていた。

 けたたましくセミが鳴いている。じわじわと汗ばむ夏の日、画面の横についているダイヤルでチャンネルを回す古いテレビを、“幼い“拓真は噛り付くように見ていた。


『こちらが現場の団地になります。容疑者は、買い物を終えた被害者家族を、ここまでつけてきていたとのことです』


 古ぼけて滲んだ画面に映っているのは、リポーターである男だ。半袖のシャツにスラックスを履いたリポーターは、緊張した面持ちでそろりそろりと黄色と黒の規制線をくぐり、辺りにブルーシートが散乱している扉の前へと立つ。


『この扉の向こうで、凄惨な事件が起こりました。被害者は自分の子どもを護るため、玄関先に立ち塞がると、容疑者と揉みあいになり、腹部を刺されたそうです』


 知ってる。誰に言うまでもなく、拓真は呟いた。テレビの中では、リポーターの男が画面越しに拓真を見つめているような気がした。


『住民は困惑しています。何しろ、こんなに平和な団地で、凶悪な殺人事件が発生するなんて、誰が想像し』


 プツン、とテレビの画面は力無く消えた。より一層、セミの声がこだまして聞こえた。

 視点をずらすと、テレビのすぐ横に祖父が立っていた。ぐっと口を引き、恨めしそうな表情をしている。拓真から見える祖父の拳は、ぐっと力んで震えていた。

 ぐるん、と首が回り、祖父は拓真へと向く。


「拓真」


 表情がころりと変わり、祖父はニカっと笑って綺麗に並ぶ歯を見せた。


「セミ、採りに行くか」


 節くれだった無骨な手が、半ば無理やりに拓真を立ち上がらせる。急かされながら虫捕り網を取り、プラスチックでできた緑色の籠を首から下げると、玄関先で祖父は拓真の頭を乱雑に撫でた。その時の祖父は、とても苦しそうな顔をしていたのを覚えている。

 玄関を開けると、暑い夏の空気が二人を包み込み、体温を一気に上昇させた。セミの声はどんどん大きくなり、陽炎の揺らめきも激しくなって――。



 大きく息を吸い込み、拓真はハッと気が付いた。視界は上下左右に揺れている。激しい揺れと、埃っぽい幌に囲まれた粗末な箱の入れ物は、馬車に乗っていることを思い出させるには十分だった。


「おはよう。ずいぶんとうなされていたようだね」


 安堵したような顔で見つめているのはランディ、心配そうに隣から覗き込んできていたのはロザリンだった。


「魔獣と戦った昨日の今日だもの。疲れも取れていないわよね」


 夢と現実の境界線が曖昧だった意識は、ようやくはっきりとしてくる。随分と懐かしい風景を見た頭は、ここが日本ではないことを理解するのに、ほんの少しだけ時間を必要とさせた。

 頭を押さえている拓真の様子を見て、ランディは改めて声をかける。


「大丈夫かい? 具合が悪いのなら、王都に着くまで眠っていても……」

「いや、大丈夫だ。それより、すまん。何を話していたか全然覚えていないから、もう一度頼めないか」


 出発してからロザリンが話してくれていたはずなのだが、全く思いだせない。話して間もないうちに、眠ってしまったのだろうか。


「そうね、タクマは特にわからないことが多いだろうから……」


 拓真が元々ここではない世界にいたというのは、ランディにも共有済みだ。身体を休めることを推奨していたランディだったが、ロザリンの言葉にそれもそうかと頷いた。


「まず、私たちが王都へ向かうのは、剣術協会の会長に呼ばれたから。そもそも、剣術協会とは何かっていう話なんだけど……」


 剣術協会。それは、このロストリア大陸内の治安維持活動のために設立された、強き剣の使い手が所属する会だ。元々はロザリンの父親が会員だったのだが、現在は行方不明のため、ロザリンが代理として所属しているとのことだった。月に一度(この世界も現代日本と同じく、約30日周期で一か月と数えるらしい)は集会を開き、それぞれの活動報告や、大規模な治安維持活動を行なったりしているとか。


「んで、そんな人が俺に一体何の用なんだ……」

「それが、ただ王都へ出向けって言う指示しか書いてなくて……」

「タクマ殿はいろいろと噂にもなっていたし、その影響では?」

「噂があっただけで呼ぶかね……ランディも呼び出されていたんだろ? ランディはどうして?」


 剣術協会会長からの呼び出しは、ロザリンと拓真だけではなく、ランディの名も書かれていたのだ。ランディはふう、と疲れたように息を吐き、足元に視線を落として言う。


「僕はこれまでの行動についてだろうね。悪事……とは思っていないが、散々至るところに迷惑をかけたことは自負しているよ」


 誰彼かまわず決闘を申し込み、その強さが故の高慢な態度をとってあちこちで問題を起こしていたランディは、剣術協会から問題視されているとロザリンにも聞いたことがある。目をつけられていたのなら、ドルミナの町にいたことも知られていることだろう。だからこそ、ロザリンの元にそういった手紙が届いたのかもしれない。


「ランディに関しては概ねその通りだと思うわ。タクマは……わからない。そもそも、剣術協会にあなたのことをまだちゃんと報告していないもの」


 えっ、という驚きの言葉を挙げたのは、拓真ではなくランディだった。


「ロザリン嬢、それは職務放棄というものでは……」

「だ、だってタクマを町に連れ帰ってから、決闘の申し込みがあったりして忙しかったしぃ……」


 双方ともに顔を逸らし、それとなく気まずくなる雰囲気の中、拓真は馬の歩く音が変わったことに気付いた。踏み均された土の上を歩く引きずった音ではなく、整えられた石畳の上を歩く軽快な音になったのだ。


「みなさーん、そろそろ着きますよ~!」


 馬車の前方から、声が聞こえる。それは魔獣と戦った際に拓真が助けた、小綺麗な服を着た男の者だった。

 拓真たちの乗る馬車を、背の高い城とその城下町が出迎える。町の高い位置から、拓真とランディの決闘を見ていた大柄な男と小柄な少女も、馬車を見つめていた。

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