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―第十四章 魔獣襲来―

 ドルミナの町は、普段はさほど魔獣が現れないと聞いていた。王都兵団が周辺の見回りをしているため、町に来る前に駆除されることが多いのだという。それでもドルミナ防衛隊を名乗る男たちが、命を張って町を護っていると豪語するからには、町に流れ着く個体もいるのだろう。

 拓真は、町の人々が走ってくる方向に向かっていた。方角で言えば、王都と繋がる道へ出る町の入り口側だ。逃げ惑う人もいれば、野次馬のように見ている人もいる。やがて人集りができているのが見えてきて、拓真はその前へと踏み出した。


「あれが……魔獣……!」


 防衛隊である六人の男たちが、生き物を取り囲んでいるようだった。生き物の見た目は狼のようで、その大きさは馬より一回り小さいくらいだろうか。通常の狼の大きさではなさそうだ。鋭い犬歯は異常に発達しており、顎下へ向かって伸びている。灰色で硬そうな毛並みを持ち、その尾の先はまるで岩のようにゴツゴツとしていて、普通の生き物ではないことを伺わせた。


「も、申し訳ありませんっ……! 私を追って、魔獣はここまで……!」


 防衛隊の男たちの後ろで倒れ込んでいる、ここらでは見慣れない小綺麗な服を着た男が震える声で言った。方角的に王都から来たのだろうか。拓真は小綺麗な服の男に駆け寄り、その手を取って立ち上がらせた。


「大丈夫か?」

「ああっ、すみません……お手を煩わせました」


 そんなやり取りをしていると、先ほど拓真たちに詰め寄ってきた防衛隊の男が横目に言った。


「はっ、腰抜けどもは下がってろ! こんな大物、お前なんかじゃ相手にできねえだろうからな!」


 確かに以前の拓真なら、自分には何もできないと思い、素直に下がっていたことだろう。しかし今は違う。ランディとの戦いを経て、拓真は自分が変わっていると確信していた。自分にもできることがあると、信じているのだ。

 近くにいた民衆の方へ小綺麗な服の男性を避難させ、拓真は防衛隊の後ろに着いた。ロザリンに頼まれたので、助力するつもりではいる。だが防衛隊は六人もいるのだ。下手に手を出さない方がよいかと、一度様子を見ることにした。

 防衛隊の一人が、ひっそりと男に耳打ちする。


「隊長、こいつ……今までのやつらと、なんか違う気がします」

「だからなんだってんだ。所詮は魔獣、今までに散々倒して来ただろ?」

「でも、なんというか……殺気が強いというか……」

「おいおい、ビビってんのか? 俺たちは六人もいるんだ、負ける要素がねえだろ」

「……確かにそれもそうですね! 俺たちは強い!」

「その意気だ! いくぜお前らあああ!」


 防衛隊の男の一人が叫ぶと、他の五人も息を合わせて狼型の魔獣へと飛びかかった。

 三人は剣を持ち、もう三人は拳で戦うようだ。一斉に飛びかかり、始めの一手は防衛隊がとったように思えたが……。


「アオォーーーン!」


 魔獣が遠吠えのように吠えると、キィン、と甲高い耳鳴りが襲う。そして魔獣を中心として衝撃波のようなものが出て、防衛隊は簡単に吹っ飛ばされてしまった。


「こんなもん、屁でもねえよ!」


 だが男たちも一筋縄ではいかない。すぐに立ち上がり、二人が魔獣の目の前に出て気を逸らさせると、残りの四人が背後へと回った。狙うは魔獣の足元だ。

 しかし、そこには岩のような尾がある。尾が左右へ振られ、男たちを遠ざけようとした。


「こんなもんっ、捕まえてしまえば……!」


 防衛隊の一人が尾を捕まえ、そのまま抱き着いて拘束した。その隙を狙い、三人が魔獣の足を砕こうと剣と拳を振り上げる。毛並みを裂き、肉を切って骨を砕くはずが、そうはならなかった。


「んなっ……毛が……⁉」


 毛並みは、見た目通り硬かったらしい。それは生き物としての硬さではなく、物質としての硬さのようだ。剣の切っ先が勢いよく弾かれ、金属音が聞こえてくる。拳は逆に傷を負わされ、男たちは大声で痛みを訴えた。


「うぎゃああああ!」


 仲間の声に驚き、尾を抱えている男の力が緩んでしまった。その隙に魔獣は再び力強く尾を振り、背後にいた四人の男をなぎ倒していく。

 生き物の尾を振る強さと、岩の硬さと重さが加わり、その一撃は凄まじいものとなる。少し離れたところへ飛ばされた男たちは、立ち上がれなくなってしまったようだった。


「馬鹿野郎、そんなことでへたれてんじゃねえぞ!」


 前方で魔獣の気を引く役目を負っていた男が叫ぶと、その隣で共に同じ役目だった男に魔獣が飛びかかる。


「うわああああっ!」

「ドゥガ!」


 仲間の名を呼び、男は必死に魔獣へと剣を振り下ろす。飛びかかられた男は、なんとか牙を抑え込み、致命傷を避けているようだった。

 振り下ろされた剣は、金属音を立てるばかりで魔獣へのダメージはほとんどないらしい。魔獣は背中に当たる剣をものともせず、押し倒した男の喉元を掻き切ろうとしている。


「なんだよこいつはっ……こんなのっ、今まで戦ったことねえよ!」


 防衛隊の男は、何度も何度も魔獣の背中へと剣を振り下ろす。そうしているうちに、大きな金属音が鳴った。男の後方に、折れた剣の刀身が落ちる。


「うそ、だろ……」


 男は、今までに何度も魔獣を退治してきた実績を持っていた。角の生えた兎、二足歩行の羊、人間のような大きさの蝙蝠。それら全てを、仲間たちと力を合わせてなんとか倒してきていたのだ。それは、大きな自信だった。


(……いや、俺たちが倒してきたのは、本当に魔獣だったのか?)


 思い返してみれば、今まで倒してきていた魔獣はふらふらと歩くだけの存在だけだった気がする。ここまで明確な攻撃性を示すものは、いなかった。みんな攻撃をすればし返してくるというだけで、相手から攻撃してくることはなかったのだ。

 そう思うと、男は一気に生きた心地がしなかった。全身から汗が噴き出し、呼吸が浅くなる。眩暈がしてくると、仲間の声が聞こえてきた。


「隊長っ、助けて! おれ、もうっ……!」


 どうしろというのだ。自分の武器はもうない。男は折れた剣を握ったまま、動けなくなってしまった。


「うわああああっ! やめろ! 死にたくないっ! 死にたくなっ……!」


 押し倒された男の眼前に牙が迫った、その時。


「突きぃ!」


 魔獣は突然現れた攻撃に驚き、飛びのいた。それは魔獣の目を狙っていた。そのまま留まっていれば、片目は潰れていたことだろう。


「まあ、そう簡単にやられてくれはしないよな」


 剣を構え直し、拓真はそう呟いた。折れた剣を握ったままその場にへたりこんだ男は、拓真を見上げる。その視線に向き合うことなく、拓真は応えた。


「あとは俺に任せてくれ」



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