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―第十三章 ドルミナの町―

 ランディを弟子に迎えてからの数日間。拓真は怪我のこともあり、基礎トレーニングや素振りなどを休んでいた。その代わり、まだ見て回れていなかったドルミナの町を見たり、この世界について学ぶことにした。

 ドルミナの町は、さほど大きくもなければ小さすぎない、程よく住みやすい場所、といった印象だった。比較的王都と呼ばれる大きな都市に近いということもあって物流も盛んらしく、流浪の商人も多く訪れるらしい。土の質が良いので、農業をやっている人も多いようだ。だが近場に森がいくつかあるので、林業が一番の財源とのことだった。

 ロザリンと一緒に歩くと、すれ違う町の人の半分が挨拶をしてきた。上の年代の人々が特に声をかけてくるのは、ロザリンの父親が剣の先生をしていたことが大きいのだろう。

 穏やかで平和。まさにそれを体現したかのような町だと思えたが……。


「決闘の時から思っていたけど、割と治安悪いよな、この町……」


 建物の隙間で殴り合いの喧嘩をする男たちを目撃してしまい、拓真はげんなりと呟く。


「皆、不安なのさ。時代は今、混沌が訪れようとしているからね」

「混沌?」


 紙でできた買い物袋を抱えながらランディが答え、さらにロザリンが引き継ぐ。


「タクマと一緒に戦った人攫いは、何も珍しい存在じゃないの。ここ近年、すごく数が増えてきて……防衛手段のない小さな村は、壊滅させられたところも多いのよ」

「それだけでなく、魔獣もここのところ、数を増やしているらしくてね。一体どこから湧いてきているかもわからず、対応も間に合っていない状態なんだ」


 魔獣。それはこの数日間の中で、教えてもらった存在の一つだ。なんでもこの世界には魔法も存在しているらしく、その魔法で意図的に作られたけだものを魔獣と呼んでいるらしい。ランディの言う通り、一体どこからやってきているのかはわかっていないらしい。気付けば現れ、人々の安寧を脅かしているというわけだ。


「なるほどな……不安なことがたくさんあるってことか」

「それでもここはまだ平和な方だよ。僕が訪れた町や村の中では、ここよりもっとひどく荒れたところもあった」

「剣術協会の定例集会でも、その話はよく聞くわ。魔獣に襲われた町の話や、野盗に支配されてしまった村の話なんかも……きゃっ!」


 すれ違うわけでもなく、通せんぼをするようにロザリンにぶつかってきた男がいた。その取り巻きに数名の男もおり、全員顔や腕には傷が見え隠れしている。


「失礼した、きちんと前を見ていなかったよ」


 ロザリンを護るように、ランディがスッと前に出る。しかしそう言って通り抜けようとしたところを、別の男がまた道を塞ぐように立ち塞がった。避けようとしても何度も道を塞がれ、気付けば周りをぐるりと囲むように男たちが迫っていた。


「おいおい、なんだよ……穏やかじゃねえな……」


 腰に差してある木の剣に手をかけつつ、拓真は男たちの動向を伺う。木の剣は、ロザリンが護身用に、と渡してくれたものだ。町中で使うことなどそうそうあるまいと思っていたが、どうやら認識を改めないといけないらしい。


「剣で遊んでいるような奴らが、どうして昼間から堂々と町を歩いてんだ?」


 始めに行く手を阻んだ男が言った。筋骨隆々な男は腕を組み、不快感を露わにしている。


「今日はみんなで買い物をしていただけさ。ご納得いただけるかな?」


 買い物袋を持ったまま、ランディは努めて静かに答える。だがその瞳は、警戒心を解いてはいない。

 ランディの答えに、男はますます不快そうに、鼻で笑った。


「買い物くらい、アドルフさんの娘に任せりゃいい。決闘とか言うお遊びから時間は経ったんだ、怪我だって治っただろ。だったら剣を持って民衆のために戦うのが、騎士様の務めじゃないのか?」

「……なんでそういうことを、あんたたちに言われなくちゃいけないんだ?」


 男が何を訴えたいのか、拓真にはわからない。そうして口を挟んでしまうと、男は大袈裟なほどにため息をつき、拓真へと歩み寄った。


「腹が立つんだよ。俺たちはドルミナ防衛隊として、命をかけて町を護っている。なのに、お前らときたらなんだ。ただの見世物みてえな決闘なんざしやがって」

「……なんだと?」


 思わず拓真も、一歩だけ前に出る。拓真はロザリンに頼まれて学校の名誉のため。ランディは強さを求めたため。そういった理由があって戦っていたことを、この男は知らない。見世物のように見えたとしても、そんな言われ方をすれば怒りが込み上げてくるものだ。


「ただの対人戦で剣を振り回して、それを見せつけたからどうだっていうんだ? しかも決着はつけないときた……あんな中途半端な試合、眠たくて仕方がなかったぜ」

「あんた……俺とランディの決闘を見ておいて、そんなことを言うのか?」

「当たり前だろ。お前より、実際に魔獣を相手に戦っている俺の方が強いとすら思うね」


 煽るように言う男と拓真の間に割り込み、ロザリンは言う。


「ま、待って! そういうふうに見えていたのなら、ごめんなさい。私が二人の決闘をあそこでするのを提案したの。二人は真剣に戦っていたわ。見世物みたいにしてしまったのは、私のせいよ」


 何かしらの責任を感じたのだろう。自分に責任があると謝罪を述べるロザリンだったが、男の威圧的な態度は変わらない。


「はあー……ライトフィールズさんよ……あんたも親父さんがいなくなってからというものの、随分と腑抜けちまったよな。あんたは親父さんに、剣は見世物だって教わったのか?」

「……違うわ」

「そうだよなあ? じゃあ、あんなことしている暇があるなら、少しでも町の防衛を助けようと思わなかったのか? 最近じゃあ、ここらでも魔獣が増えてきているんだぞ」


 男の声に同調するように、周りを囲む男たちも頷いた。彼らは皆、男が言う防衛隊に所属しているのだろう。

 責め立てるような物言いに返す言葉も見つからない中、ロザリンが搾るように声を出す。


「それは……こちらにも、事情があって……」

「事情だと? 町を護ること以外に大事な事情ってなんだ? あんなくだらないことをしている暇があるなら、剣術協会に掛け合って町を護る方法を探したらどうなんだ」

「そ、それは……王都兵団も近隣の見回りはしてくれているから、それ以上のことは……」

「なんだよ、あんただって貴族の端くれだろ? 町のための口利きもできないのか?」

「おい、いったん落ち着けって……」


 男の言葉はどんどん熱が上がっていき、ロザリンを追い詰めていく。拓真が引き離そうとするも、それをものともせず男は詰め寄っていった。


「大体あんたは、アドルフさんの代わりに剣術協会にいるつっても、普段は何をやってんだ? 町を護ることに関して、何か申し入れてきたことがあったか? それとも、親父さんがいないと何もできないってか⁉」


 ごめんなさい、とロザリンは何度も小さく言っている。だがそれはあまりにも弱々しく、怒りに身を任せている男の耳には届いていないようだった。


「どうせ剣もろくに使えないなら、いつまでもアドルフさんの真似事なんかしてるんじゃねえ! 剣も教えられねえ、町の防衛にも手を貸せねえなら、その身体を売るなりして役に立って見せ……」


 その瞬間、男の左頬に拓真の強烈な拳がめり込む。あまりにも突然のことだったので、大柄な男ではあったが、殴られた反動で倒れ込んでしまった。

 さすがに見て見ぬふりをしていた道行く人や、商店の人々もざわめく。倒れ込んだ男は、取り巻きに抱え起こされて拓真と再び向き合うも、その目つきの鋭さに身体を強張らせた。


「あんた、それはさすがに言っちゃ駄目だろう」


 剣を取らない理由はなかった。恩人に酷い言葉を浴びせる者が目の前にいて、怒りを抑え込めることなどできるはずもない。腰から木の剣を抜くと、拓真は男へと歩み寄った。


「はっ! なんだ、俺とやるって言うのか!」

「そのつもりで喧嘩を売ってきたんじゃないのか?」

「ああ、そうさ! てめえのお遊びの剣なんざ、俺が……」


 一触即発の雰囲気の中、町の中を金属の鐘の音が響き渡る。遠くからは悲鳴も聞こえ、ただ事ではない何かが起きていると知らせた。


「な、なんだ……?」

「……ちっ、今日は随分と近いじゃねえか!」


 男は途端に拓真への興味を失くしたように背を向け、取り巻きの男たちと共に悲鳴の聞こえた方へと走る。


「敵襲―! 魔獣だ! 魔獣が出たぞーっ!」

「ま、魔獣……⁉ 魔獣って、こんな町中にも……」


 男たちが走り去っていった後、拓真はロザリンへと振り向く。そこには、優しい笑顔の彼女はいない。罵声と怒声に打ちのめされたロザリンが、ランディに支えられながらもへたれこんでいた。


「ロザリンっ……つらかったよな」


すぐに拓真も駆け寄り、震える背中を擦る。だがほんの一瞬で、その手は拒まれてしまった。慰めを嫌がったのではない。ロザリンは、悲しみを抑え込んで拓真を見つめる。


「私なら大丈夫……タクマとランディで、あの人たちを助けてあげて……」

「さっきの奴らを? あいつらなんか、助けることないだろ! ロザリンをあんなふうに言う奴らなんか……」

「タクマ」


 ロザリンの震える手が、拓真の手を握る。すぅ、と息を吸って、芯のある声でロザリンは言った。


「お願い、私じゃあの人たちの助けになれない。あなたが行かないと」

「……」 


 強く手を握られるも、その力はとても儚い。拓真はロザリンの手を握り返し、ランディと顔を合わせる。何を言うべきか、何を言わんとしているか通じ合っているかのように、二人は頷きあった。


「僕は後で行く。今のロザリン嬢を一人にはしておけないよ」

「俺もそう頼もうと思っていた。任せたぞ」


 改めて目を合わせてからロザリンの手を離し、拓真は防衛隊の男たちが走っていった後を追いかける。逃げ惑う人々を掻き分け、拓真は戦いの場へと身を投じるのであった。


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