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―第十二章 夜が明けて―

「いーってええええ!」

「ちょっと! このくらい我慢してよ!」

「包帯を巻くにしても、強すぎなんだよ! もうちょっと優しく……あだーっ!」


 翌日。拓真はロザリンに借りている部屋にて、朝の手当を受けていた。ロザリンによる、手荒い手当を。


「まったく、朝から騒がしいことだね……」


 ドアが開かれ、壁に肩を任せながら呆れたように言うのはランディ。打撲や切り傷はあれど拓真ほど重傷ではないようで、自分で軽い処置を済ませたらしい。その飄々とした態度が気に食わず、拓真は食ってかかる。


「うるせえ! 俺に傷をつけた張本人が言うなよ!」

「それはすまないと思うけど、あの時は決闘だったからね。僕も本気だったし、君だって……」

「ああはいはいそうですね! だったら手当が終わるまで下で待って……ろおあああっ⁉」

「タクマもうるさい! 集中できないでしょう!」


 そうしてなんとか簡易的な手当を終え、三人は食事室へと向かう。そこではランディの仲間である細身の男、アクロが食事を作って待っていた。丸い身体の青年、ポムは待ちきれないといった様子でそわそわとしている。


「おはようございます。ロザリンさん、言われた通りホウンの葉から使わせてもらいました。卵と合わせて炒ってみたんですが、どうでしょう」

「えっ、すごく彩りも綺麗でいい匂い! 素敵だと思うわ! ごめんなさいね、朝食の準備を任せてしまって」

「いいえ……泊めていただいたので、このくらいのことは……」


 アクロは表情が変わりにくいようだが、わかりやすく照れているようだった。その様子を見て、ポムがニシシと揶揄うように笑う。


「隠しても照れてるのバレバレだぞ! もっと素直になれよー!」

「……お前のスープは底が見えるくらいでいいか?」

「えー! ちょっとからかっただけだろー! 大人げない!」


 なかなか食事が始まらない雰囲気に、ランディが手を叩き、会話を止めさせた。


「そこまで。もうロザリン嬢とタクマ殿は、席についているんだよ」


 その声に、アクロはいそいそとスープを注ぎ、ポムが各席へと運んでいく。人参のような鮮やかな色のスープに、パセリのような細かい緑の葉が乗せてあった。他には先ほどロザリンに話していた卵と緑色の葉の炒り物、パン、それから牛乳も用意してある。あまりにも空腹を刺激する香りに、拓真は口の中が涎でいっぱいになってしまった。


「食事の前に……少しいいかい?」


 皆が席に着くと、ランディが改まった様子で拓真とロザリンへと向く。


「昨日は……本当にすまなかった。僕の傲慢な要求で君たちを困らせ、迷惑をかけてしまったね。申し訳ない」


 頭を下げるランディに倣い、アクロとポムも一緒に頭を下げる。まさか謝罪されるとは思わず、拓真もロザリンも狼狽えてしまった。


「そ、そんな、頭を上げて?」

「そうだぞ、結果的に戦ってよかったなって思うし……あんたも気が済んだだろ?」

「……いいや、逆なんだ」


 ランディは頭を上げ、拓真を見る。その目は何か強い意思を宿しており、自然と拓真の背筋も伸びるものだった。


「君と戦ったことで、僕は己の弱さを知った……違う、本当は気付いていたはずなんだ……なのに僕は、スペシャルスキルを得たことで自分が強くなったと勘違いし、世間に対して自分の強さを認めさせようとしていた。僕はこんなに強いんだって」


 テーブルの下で、ランディは拳を強く握った。一瞬自分の不甲斐なさを悔いるように目を伏せ、もう一度拓真を見つめた。


「君は言っていた。君の剣は……己を律し、心を鍛えるためのものだと」


 その言葉に、拓真は頷く。それは拓真が祖父から学んだことであり、いつでも心の中にある教えだ。


「そこで、君に頼みがある」


 ランディの瞳は、とても透き通っている。今まで以上の硬い表情に、拓真もきちんと向き合った。


「僕を……僕たちを、君の弟子にしてくれないか」


 もう一度深々と頭を下げるランディに、アクロとポムも小さく「お願いします」と言いながら頭を下げる。会話の流れからなんとなく察していた拓真は、口を開いたが、言葉は発さなかった。ちらりとロザリンを見るが、肩を竦めて微笑むだけ。


「あなたが聞かれているのよ。私に答えを求めちゃダメでしょう?」


 ライトフィールズ剣術学校を護るためには、生徒が必要だ。生徒がいなければ、学校は存在している意味がないのだから。

 だが拓真は、まだ迷っていた。


(俺はここで剣の先生をやれるのか……? それに、そうすることが俺のやるべきことなのか……わからない……)


 女神ウェルファーナは、一体何を望んでこの世界に転生させたのか。その答えすらまだ見つけていないのだ。

 しかし、拓真は思い出す。自分の身の上話をした時の、ロザリンの言葉を。


(まずは目の前のことから知っていく……それと同じで、まずは目の前のことからやっていけばいい……俺には、まだまだわからないことがたくさん、あるんだから)


 そう思い改め、拓真は手を伸ばす。申し入れを受け入れるために、握手を交わすための手を。


「俺でよければ、喜んで」


 緊張で凝り固まっていた表情は一気に柔らかくなり、ランディは嬉しそうに笑う。断られるだろうと、心の奥底では思っていた。何せ、一度は拓真の剣士としての命を絶とうとしたのだ。その腕を使い物にならなくしてやろうと、剣を振り上げた相手なのだから、拒絶されるだろうと思っていた。

 それを、拓真は快く受け入れてくれた。なんと幸福なのだろうと、自然と涙が溢れ出してくる。


「お、おい、大丈夫か?」

「す、すまない……自分の振る舞いを考えると、断られて当然なのに……こんなすぐに受け入れてもらえるとは、思わず……!」


 ぐしぐしと涙を拭い、そのままランディは拓真の手を取った。


「ありがとう、タクマ殿。これからどうぞよろしく頼む」

「ああ、よろしくなランディ」


 固い握手を結んだところで、ロザリンが食器を手に取り、声を上げた。


「……よし! じゃあ、ご飯にしましょうか! 今後の話は、また後で!」


 ポムも早速パンに噛り付き、アクロも静かにスープに口をつける。拓真とランディも食べ始め、ロザリンはみんなの飲み物に気を遣いながら食事を進めていった。

 昨日まで戦っていた相手同士が、まるで家族のように食事をする。なんだか不思議なものだと思いつつも、拓真はどこか嬉しい気持ちで満たされるのだった。


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