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―第十一章 その剣の意味―

「僕の、剣がっ……!」


 スキルで体幹を維持していたランディはバランスを崩し、拓真の目の前に落ちた。うつ伏せに倒れてしまったがすぐに起き上がり、崩れた剣の柄を握る。しかし拓真に剣の切っ先を向けられると、悔しそうに顔を歪ませた。まだまだ自分は戦えると言わんばかりに、ランディは剣の柄を強く握りしめる。


「もう、いいだろ……俺もあんたも、よくやったと思わないか?」


 肩を揺らして荒い呼吸をしつつ、拓真は落ち着いた声で語りかける。ランディはそれが気に食わないのか、端正な顔立ちが崩れるほど、強く拓真を睨みつけていた。


「何を言う……慈悲でもかけているつもりかい?」

「そういうわけじゃない。でも、別に何もここまで傷つけ合うことも……」


 戦いをもう終わらせたい。その気持ちは確かにある。なのに拓真の身体は言うことを聞かず、剣を両手で握り、頭上へと振り上げた。


「えっ?」


 そのまま振り下ろされた剣は、間違いなくランディの頭を狙っている。そのままいけばどうなるかは、想像するに難くなかった。


「や、やめろ!」


 咄嗟に叫んだ拓真は、なんとか腕の方向を変えることに成功した。剣は僅かにずれ、ランディの髪先を切って地面へと突き刺さる。ランディはぽかんと口を開けたまま、拓真を見上げる。


「お、俺は……何を……」


 自分の身体が信じられず、拓真は慌てて剣を捨てた。静まりかえる場内に、ガランと無機質な音だけが聞こえる。ロザリンが心配そうに二人を見ている中、突然として大きな声が上がった。


「なにやってんだ! やるなら最後までやれ!」

「首をはねろ! こっちは金賭けてんだ!」

「迷惑な放浪者なんだろ? だったら殺しちまえ!」


 少数ではあるが、乱暴な声が大きく響き渡る。はじめは戸惑いの声もあったが、次第に乱暴な声への賛同が多くなり、場内を強い暴言が包み込んだ。


「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 拓真もランディも、困惑して場内を見渡す。そんな雰囲気はなかったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。


「やめて! そんなことを望まないで! やめて、やめてったら!」


 必死に人々を制御しようとロザリンも大きな声で言うが、数には勝てない。無論、静観している者もいれば、ただただ怯えている者もいる。

 流れる血、行く末のわからない戦い、命と命を削り合う刃の音。それらが見ていた者の血肉を沸かせ、暴力的な興奮を与えてしまったなど、誰が思っただろう。

 熱狂的な渦を作り上げてしまった拓真は、もう一度剣を手に取る。待っていたと言わんばかりに、歓声は爆発的に上がった。


「……やるなら、一思いにやってくれ」

「……は? 何を言って……」


 暴言の熱に負けたのか、ランディは眉尻を下げつつ懇願した。先ほどまで戦う気力で満たされていたとは、到底思えない表情だ。


「僕は負けたんだ。素直に認めないとね」


 壊れた剣の柄を手離し、膝を揃えて地面の上に座り込む。膝の上に乗せた手は、カタカタと小さく震えていた。


「ラ、ランディさんっ……だめだ、やめてくれえ!」


 見守っていたランディの取り巻きである丸い身体をした一人が、涙をたっぷりと溜めながら叫んだ。その願いは、さらに過熱していく暴言に掻き消されていく。

 拓真は剣を持ち、ランディを見据えた。橙の瞳は終わりを認め、瞼を閉じる。


「君と戦えて光栄だったよ、道端の英雄」


 それを最後に、ランディは口を閉じた。あとはただ、粛清されるのを待つだけ。


「…………ふ」


 騒々しい暴言の中で聞こえた、消え入りそうなほど小さな一言。疑問に思ったランディは、思わず閉じた瞳を開けてしまった。その瞬間、拓真は剣を振り上げ、叫ぶ。


「ふざけんなあああああああ!」


 剣が振り下ろされることは、なかった。拓真の声が場内に響き渡ると、先ほどまで大口を開けてランディの死を望んでいた人々の口は、一斉に閉じられてしまった。

 ランディも驚いて目をぱちくりとし、拓真を見上げた。しかし拓真の目はランディを向いておらず、場内へと向けられていた。


「簡単に殺せとか言いやがって! そんなことできるか! 俺は人を殺したくはない! ランディは負けを認めた! それでいいじゃねえか!」


 場内はどよめく。納得がいっていない様子を見て、拓真は剣先を場内へと向けた。


「文句がある奴は出てこい! 俺が相手をしてやる! ランディの代わりに戦え!」


 その言葉に反論できる者は、いなかった。誰もが拓真の戦いぶりを見ていたのだ。素人では相手にならないことは、誰もが理解していた。


「俺の学んだ剣道は、人の命を奪うことなんかしねえ! 自分を律し、自分の心を強くするための剣だ!」


 剣を振り、地面へと刺す。場内を改めて見回してからランディへと手を差し出し、拓真は言った。


「だから……決闘はこれで終わりだ! 俺が勝った! もうこれ以上の戦いはしない!」


 ランディは首を横に振る。拓真の手を取れないと、戸惑っているのだ。


「なんでだよ、立てって」

「そんなこと、できないよ……負けたのにまたその場に立つなんて、騎士としての誇りが……」

「いいんだよ、あんたは強い! その強さを誇れ!」


 橙の瞳が、大きく見開かれる。まだ膝の上に置かれている手を取り、拓真は無理やりランディを立ち上がらせた。ふらつくランディの肩を支え、拓真は強く叫ぶ。


「この世界では戦った人を称えないのか? どうか俺たちに拍手を!」


 拓真の声に、場内は再び静まり返る。そして少しすると、罰が悪そうにしながらも席を立ち、帰路へ着く人が出始めた。「白けたぜ」と悪態をつきながら帰る者もいれば、拓真に頭を下げて席を立つ者もいる。

 場内から人がいなくなると、ロザリンだけが拓真とランディへと駆け寄った。


「二人とも! 大丈夫……なわけがないわよね。怪我の手当をするわ、あなたもよかったら……」


 ロザリンの言葉に、ランディは首を横に振ると、拓真の手を振り払った。その場にどかっと座り込むと、ハッ、と鼻で笑った。


「僕の心配なんか、しなくてもいいんじゃないか……僕は決闘を仕掛けたくせに負けた、大間抜けだよ?」

「それと怪我の具合の何が関係あるのよ! 意地張ってないで、今夜はうちに泊まっていきなさい!」


 キィン、と耳が痛いくらいの声量で言うロザリンに、ランディは何も言えない。


「まあ、とりあえず……ロザリン、水を貰えないか?」


 そう頼むと、ロザリンはすぐに食事室へと向かったようだった。

 後ろ姿を見送ると拓真は地面に寝転び、大きく深呼吸をした。


「はーっ……疲れたな。あんたもお疲れ様だ」


 労いの言葉をかけられるも、ランディは答えられない。少し間を置いてから、ランディは控えめに訊ねる。


「……君は、本当に僕が強いって思ったのかい?」

「えっ、そりゃそうだろ。俺の身体を見てみろよ」


 空へと突き上げられた拓真の腕は、無数の切り傷ができている。どれもが血を滲ませており、どうにも痛々しい。


「俺は本当にもうだめだって思っていたんだ。負けたとすら思っていたよ」

「……でも、実際は君が勝った」

「俺は……勝ったのか? でも……」


 あの光る人型と出会わなければ、おそらくあのまま負けていた。それを口にしようとした時――。


「……あだだだ!」


 今になって全身の痛みを感じ始めたのか、拓真は身悶え始めた。驚いたランディは若干引き下がり、拓真の様子を注意深く観察する。そして痛みに悶える拓真の顔がなんだか可笑しく見えてしまい、ランディは思わず吹き出した。


「くっ……ははははは!」

「なんだよ、笑うことねえだっ……だだだだ!」

「すまない、でも人の顔がそんなに歪むなんて……あはははは!」


 初めて会った時の殺気すら消え失せ、今はただ純粋に笑う青年がそこにいるだけ。それがなんだか嬉しくて、拓真も痛がりつつ笑い始めた。

 そこへロザリンが、ランディの仲間二人を連れて戻ってきた。どうやら学校の入り口前で待っていたらしいのだ。


「ランディさぁん! 無事でよかったあ~!」


 身体が丸い男がランディに駆け寄り、大粒の涙を流しながら言う。


「ポム! アクロ! すまない、僕は負けてしまったよ」

「いいんです。ランディさんがご無事なら、それで……」


 細身の男も無表情ではあったが、その口元は緩んでいるように見えた。

 喜んでいる様子のランディたちを見て、拓真とロザリンも顔を見合わせて微笑む。本来の目的は、ライトフィールズ剣術学校の名声を上げることだったが、そんなことは今やどうでもいい。この決闘がランディという一人の若者のためになったならそれでいいと、拓真は一人で頷いていた。


「さ! とにかく中に入りましょう。今日はあなたたちを客人として歓迎します!」


 ロザリンの掛け声で、五人は学校の中へと戻って行く。明日は騒がしい日になるだろうと、どこか温かい気持ちになりながら。




 ――拓真とランディの決闘が終わった直後。学校の壁沿いに立つ大柄な男と小柄な少女が、拓真のことを見ていた。


「あれがロザリンを助けたという男、か……」

「はい、エルヴァントの人攫い共を木材の破片で撃退したと聞きます」

「ふむ……今度の集会に連れて来いと伝令を出せ」

「承知しました。王都に戻り次第、すぐに使いの者を出しましょう。ですが、連れてこさせて、何をするおつもりで?」

「そんなの、決まっておろう」


「かの者が我が刃と足りえるか、私の剣で確かめるのだ」


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