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―第九章 目覚め―

 時は僅かに戻り、倒れた拓真にロザリンが駆け寄った頃。


(くそっ、いてえ……いてえよ!)


 ランディのスペシャルスキル“速攻剣技”により全身を傷つけられた拓真は、倒れたまま痛みと命が脅かされる危機に身体を震わせていた。痛みに支配された身体は、まともに動かすことすらままならない。


(やっぱり俺には無理だったんだ……だってそうだよ、俺がやっていたのは剣道だ。こんな身体を傷つけるような、実践じゃない!)


 ロザリンに抱き寄せられ、しっかりしてと声をかけられるも、声が出ない。大丈夫だという強がりすら出てこないほど、拓真の心は敗北していた。

 ひんやりとした空気が、心臓を通っていく感覚がする。このまま死ぬんだと、直感的に拓真は思う。何のためにここに転生したのかもわからず、ただ自分と境遇が似ているというだけの乙女へ無駄に肩入れをし、何もできずに死ぬのだ。

 それでいいのか? 否、いいわけがない!


(でも、俺には……もう、なにも……)


 身を護る防具も、木の剣も、己の身体すら使い物にならない。戦う心さえも。


(何もかもが違いすぎた……そもそも俺には、あんな技だってない……)


 この身体で実際に受けた、高速で剣を振るう技。スペシャルスキルと呼ばれる技。

 ロザリンにパネルを見せた時、言っていた。拓真はスペシャルスキルを習得していないと。言い方から察するに、いずれは覚えられるものなのだろうが、それがいつかはわからない。ただ、この決闘までに習得できなかったのは事実だ。


(俺にも……技があれば……)


 もしかしたら、勝てたかもしれない。だがそんな甘い夢を見るのは、拓真の性分ではなかった。


(現に、俺は負けた……勝てるわけが、なかったんだ)


 起こったことが全て。希望的観測は何の役にも立たないと、拓真は知っていた。

 ロザリンは拓真を護ろうと、ランディの前に立ちはだかっている。自分を護ろうとする無謀な乙女の背中は、なんとも儚いものだった。

 命は奪わないと、ランディは言った。だが、二度と剣を持てないようにするとは言った。剣を持てなくなってしまえば、自分には一体何が残るというのか。元々、何者でもないというのに。


(ロザリン、逃げてくれ……あんたまで傷を負う必要は、ない……)


 声にならない訴えをしながら、拓真の意識は落ちていく。深い深い、暗闇へと。




 暗闇に漂う感覚を、拓真は感じていた。一度経験したことがある。これはウェルファーナと出会った時と同じ、死んだあとの空間にいるような感覚だった。


「俺は……また死んだのか……」


 返事はない。何も見えない。何もない空間の中、土の上を歩くような音が聞こえた。


「……誰だ?」


 音は、足の裏を擦って歩いているようだった。拓真は音のする方へ向く。すると、淡い光を放つ人型が見えた。はっきりと顔までは見えないが、袴を履いているように見えるシルエットは男性のようで、どことなく親近感を覚えた。


「あんたは……?」


 拓真の問いかけに、人型は答えない。ただ、人型はゆっくりと腰に差してあった刀に手をかけた。


「なんだよ……あんたも俺を殺す気なのか?」


 二度目の問いに人型はやはり答えなかったが、別の言葉で呼びかけた。


『剣の道を往く同士よ。お主が私を呼び出した』


 なんのことだがさっぱりわからず、拓真は首を傾げる。だが人型は、腰の刀を抜くと、それを拓真へと向けた。


『剣を持て』


 その声で気付けば、拓真は目の前の人型と同じような服装になっていた。腰には刀が刺さっているが、真剣であるが故に手を付けることを躊躇ってしまう。

 人型はゆっくりと歩を進める。そのまま切りつけられるものかと思っていたが、どうやらその意思はないようだ。拓真の隣に来た人型は身体を反転させ、同じ方向を向く。いつまでも抜かれない拓真の刀を顎で指せば、人型は冷淡に言う。


『持たねば勝てぬぞ』


 ぐっ、と喉を詰まらせてしまうような言葉に、拓真は俯いた。思い起こされるのは、常人では受けきれない幾千もの高速の剣。あれとまた立ち向かうことなど、できるのだろうか。身体の奥底で覚えた恐怖は、思考に陰りを差す。


「俺はあいつに……ランディに、勝てるのか……?」


 やはり刀は抜けない。抜いたとて、勝てるかどうかなんてわからない。拓真は確定された答えが欲しかった。


『それはわからぬ。だが……』


 人型は、拓真を見た。


『護ることはできるだろう』

「護る……?」


 一体何を? 誰を? 護るとは、どういうことなのか。それを示す候補は、あまりにも多すぎる。自分のこと。約束したもの。自分のために立つ人。


「わかんねえよ……俺は一体、どうしたら……」

『……お主が学んできた剣の道は、たった一度の敗北で折れてしまうものだったのか?』


 人型の言葉に、拓真は自信なさげに視線を下げた。


『お主は師から、何を学んだのだ?』


 拓真にとっての師は、祖父である。両親を失って意気消沈としていた時、剣道を学んで心を鍛えよと勧めてくれたのだ。

 晩年の寝込んでいた祖父ではなく、道場で剣道を教えてくれていた祖父を思い出す。真っすぐな目で拓真を見つめ、祖父として、師として教えてくれていた姿を。


「俺の師……じいさんは、言っていた」


 何もない空間に、風が吹いた。心地よく、生ぬるい風をその身に受けながら、拓真は刀の柄に手を伸ばす。


「全ては心を鍛えるための学びだと……その学びを捨てた瞬間、成長は止まると」

『悪くない教えだ。お主はその教えを、無下にする気か?』


刀の柄を握る拓真の手は、もう震えていない。


「するもんか……俺はただでさえ、じいさんとの約束を護れずに死んだ……教えてもらったことまで無下にしちゃ、じいさんに向ける顔がねえ!」


 真剣を手に取るのは初めてだ。しかし握ったことがあるかのように、拓真は鞘から刀身を抜き、隣に立つ人型と同じ構えを取った。剣道で竹刀を握り、相手と試合の際に向き合うような、目の前に刀を立てる持ち方だ。

 視界が一気に開けていくようだった。暗闇は晴れ、光が空間に溢れていく。


「一度負けたからなんだ! 俺はランディに勝つ! 約束を……ロザリンを、必ず護るんだ!」


 力強い宣誓と共に、拓真と人型の周りを風が覆った。


『気に入った……お主に私の剣を……伊東一刀斎の剣を、授けてやる……』




「……タクマ⁉」


 ロザリンの驚愕する声で、拓真はハッと我に返る。その手には、西洋風の剣―ロザリンの剣―が握られていた。いつ起き上がったのかは、自分でも定かでない。

 しかし一つわかっているのは、身体の奥底で何かが目覚めたということだった。


「ロ、ロザリン……俺……」


 驚いているのは、ロザリンだけではなかった。目の前にいる決闘相手であったランディも、目を丸くして拓真を見つめている。

 痺れているのか、ランディは片手で腕を擦っていた。それと地面に落ちている細剣を見て、拓真は自分がランディの剣を弾いたのだと知る。

 改めて体勢を整えたランディは、強く拓真を睨みつけた。


「はっ……まさか起き上がってくるとはね……驚いたよ」


 どこか余裕のないランディに向き合った拓真は、ロザリンの剣を竹刀と同じように持つ。そして剣道の型を取ると、ロザリンに目配せをした。


「タクマ……身体の方は……」

「大丈夫、動くから」

「でも!」


 片手で抑えるような形を取ると、拓真はロザリンに向かって笑みを見せた。


「必ず護ってみせる」


 ランディが距離を詰めてくるのを見て、拓真は一歩だけ前に踏み出した。ランディは腕を前に出し、またもスペシャルスキルを使おうとしている。


「スペシャルスキ……」


 技が出る前に、拓真はランディの剣の切っ先と自分の持つ剣の切っ先を絡ませ、下へと弾いた。剣同士がぶつかり合う甲高い金属音が、空へと響き渡る。


「なっ……!」


 思いがけない拓真の行動に面食らったランディは、距離を取るために後方へと下がった。


「……なんだ? さっきまでと、何か違う……」


 注意深く拓真を観察するも、何が変わったのかはわからない。ただ、拓真の鋭い眼光が、ひとすらに自分を捉えていることを、ランディは理解していた。


「ふんっ、負けを素直に認められないなんて……かっこ悪いよ!」


 正面から距離を詰め、ランディはもう一度仕掛ける。しかし今度こそ届かせると放った突きは、先ほどと同じように切っ先を絡ませられ、再び弾かれてしまった。観客席からわあ、と声が沸き、先ほどまでの張り詰めていた空気感は消えたようだった。


「……くそっ!」


 明らかな焦りを覗かせるランディに、拓真は笑いかける。


「さあ、二回戦目といこうか!」


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