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―第八章 ランディの剣―

 土煙はすぐに晴れ、その光景は観客をどよめかせた。

 ランディは剣を落としたことに呆然としていたのか、地面に落ちた自分の細剣から目を離さなかった。

 改めて木の剣を両手に持ち直した拓真は、剣道の型を取ってランディと一定の距離を保つ。これで決着がついてほしいとは思ったが、相手が負けを認める姿勢ではないのは、明らかだった。


「どうした! 降参か?」


 拓真がそう声をかけると、ランディはようやく剣を拾いあげた。前髪をかき上げ、剣を片手に持って構えたその視線は、先ほどのものとは全く違うものだった。


「誰が降参なんかするものか」


 もはや相手を小馬鹿にする含みのない言葉は、ようやく本性が見えたような気がした。

 強く踏み込んだランディは拓真との距離を一気に詰め、胸部を剣の柄で殴りつけた。スピードと力が合わさり、拓真の胸を護る木の鎧は簡単に真っ二つに割れ、そのまままたも弾き飛ばされる。


「くっ……そ……!」


 練習場の端に飛ばされた拓真は、呻きながらも使い物にならなくなった鎧を外す。それを投げ捨てたところで、ランディがまたも目の前まで迫っていた。


「遅い」


 凄まじい勢いで、剣の柄がもう一度殴りつけてくる。それを今度は腕を護る木の篭手で防ぐが、あまりの一撃の重さに、篭手も割れて使い物にならなくなってしまった。

 その衝撃で反対側に弾き飛ばされて転がる拓真に、ロザリンが慌てて駆け寄る。


「タクマ!」

「だめだ、来るな!」


 反射的に静止をかけたところで、拓真はまたも急激に距離を詰めてきたランディを避ける。ギリギリのところで横に転がって避けたが、服の端が裂かれてしまったようだ。

 一度その場で姿勢を正したランディは剣を構え、下へ向けて腕を振った。ビュン、と風を切る音を作った細剣は、引っかかっていた拓真の服の切れ端を払い落とす。


「僕に剣を落とさせるなんて、さすがは道端の英雄様。その点は認めざるを得ない。だけど……」


 剣を胸の前で構え、ランディは体勢を立て直す拓真を睨みつけた。拓真も負けじと睨み返すが、両者とも全く怯む様子はない。


「強いのは、僕だ」


 そう呟いたランディは、切っ先を拓真へと向けて踏み込んだ。

 その瞬間、拓真は背中を気味が悪いものに触れられたような感覚を覚えた。ゾワゾワと駆け上がる寒気に身震いし、木の剣で身を護ろうと型を崩す。背を向けて逃走する方が危険だと判断し、攻撃を受けることにしたのだ。


「だから言っているだろう? 遅いんだよ」


 冷たい言葉と共に、ランディの剣が走る。


「スペシャルスキル、”速攻剣技そっこうけんぎ“」


 剣の切っ先が、いくつもあるかのように見えた。全てを目で捉えきれず、どうしても反応が遅れてしまう。次から次へと繰り出される突きは、当然避けられない。


「ぐっ……うおおおおおっ!」


 声を出し、木の剣でなんとかしようと藻掻く拓真だったが、それは無駄に終わった。

 ランディの剣はあまりにも速く、木の剣はボロボロになってしまった。そして拓真の身体を守るものは何もなく、無数の切り傷が身体に刻まれていく。


「もうやめてええええ!」


 ロザリンの叫び声が聞こえたところで、ランディはハッと気が付いたように動きを止めた。剣の動きが止まると、場内で聞こえていた声も止まったようだった。


「がっ……ぁ……」


 顔、胴体、足、腕、手先まで、赤い線が走っている。数えきれないほどの切り傷から血を滲ませ、拓真はその場に崩れ落ちた。

 ロザリンが駆け寄り、焦りを隠せない様子で拓真を抱き寄せる。


「タクマ! タクマ! しっかりして!」

「ぐっ……がはっ……!」


 全身がピリピリと痛む。一つ一つの切り傷は、大して深くもない。これは恐らく、基礎トレーニングで拓真自身の防御力がいくらか鍛えられていたおかげで、大事には至らなかったのだろう。

 しかし、剣はもう握れない。それどころか、握る剣すらない。拓真の持っていた木の剣は無理に細剣を受けたことで、だいぶ欠けてしまったのだ。ロザリンの剣を借りればなんとかなるかもしれないが、実際の剣を使っての練習はしてこなかった。慣れないものを使って戦っても、まともな行動ができる気がしない拓真は、ロザリンの剣を持つつもりはなかった。

 木の剣でなんとかしようとしか考えてこなかったのが甘かった。だが、ロザリンと出会った日の戦いでどうにかなってしまった経験が、拓真の判断を鈍らせた。自分ならなんとかできるのかもしれない。あの日はなんとかなったのだから。その考えが、甘かった。


「へえ、僕の速攻剣技を食らってまだ息があるなんて、すごいね」


 ロザリンと瀕死状態の拓真の元に、ランディが再び歩み寄る。


「大体の人は気を失うよ。血を一気に流すからね。そうやって僕の仕掛ける決闘は決着がつくんだ。でも君は、そうならなかった」


 血を帯びてうっすらと赤くなった細剣の切っ先を、拓真に向けるランディ。ロザリンが庇うように前に立ちはだかるも、ランディは軽く肩を竦めて笑う。


「避けなよ。君みたいな美しいお嬢さんの肌を、傷つけたくない」

「いいえ、避けないわ。タクマはもう戦えない。なら、私があなたと戦う!」

「……決闘に割りいるっていうのかい? それは感心しないなあ、ライトフィールズ嬢」


 威嚇ともとれる言葉に臆することなく、ロザリンは立ち上がって自分の剣を構える。それを見てランディは、大口を開けて笑った。


「あはははは! 君は御父上と違うんだろう? 王都認定騎士、アドルフ・ライトフィールズ男爵の娘でありながら、剣の才がないロザリン・ライトフィールズ嬢」

「……やってみないと、わからないわよ?」

「いいや、わかるさ。君も僕の速攻剣技には敵わない」


 そしてランディはその瞬間、ロザリンの剣を弾いた。簡単に弾き上げられた剣は宙で回転し、ロザリンの足元へ突き刺さる。


「ほらね? さあそこを避けておくれ。僕は彼と決着をつけなくてはならない。なに、命まで奪いはしないよ。ただ、もう二度と剣を持てないようにするだけ……」


 拓真を護るべき武器を失ったロザリンだったが、その両手を広げて、決して退こうとはしなかった。全く怯む様子がなく、むしろ戦う意思を見せつけられ、ランディも苛立ってきたのか声を荒げ始める。


「こんなに観衆がいる前で、恥を晒してもいいのかい⁉ 君の御父上が悲しむぞ!」

「タクマは、父のためにも戦ってくれた!」


 張り上げられた声に、後ろで倒れ込んでいる拓真の指先が僅かに動く。


「タクマはこの剣術学校の代表として、あなたとの決闘を受け入れた! 私がこの学校を護るために、この決闘で名を上げてほしいとお願いしたから……名誉のある戦いをしてくれたの! そんなタクマを護ることが恥を晒すということなら、喜んで晒すわ!」


 強い意思を持った青い瞳は、じっとランディを見つめていた。居心地の悪さを感じるランディだったが、引き下がることもできない。自分から仕掛けた決闘なのだ、ここでやめにすることなど、絶対にできなかった。


「……御父上と彼のために戦うのか。尊敬するよ、ライトフィールズ嬢」


 ランディは、剣を構えた。胸の前に剣を携え、その瞳は一点にロザリンを見つめている。


「ならこちらも、その心意気に答えなくてはならないな。騎士の端くれとして」


 スッ、と足を引かれると、突きを繰り出す構えが整っていく。拓真をここまで追い込んだスペシャルスキルが来るのだと肌で感じ取り、ロザリンは思わず目を瞑る。


「スペシャルスキル、”速攻剣技“」


 客席から、息を飲む音がした。ランディの放つ細剣の切っ先が、ロザリンに迫る。

 だがそれは、一つとしてロザリンに届かなかった。

何の衝撃もこないロザリンは、恐る恐る目を開ける。そして、目の前の光景に驚愕した。


「……タクマ⁉」


 ロザリンの前に立つのは、傷だらけでありながらもロザリンの剣を持った拓真であった。


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