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―第七章 決闘開始―

 ランディに一方的に決闘を申し込まれ、また再来を言い渡された三日後。決闘の場として、ロザリンは大広間の裏の塀に囲まれた練習場を案内した。案山子も撤去し、地面も均して双方に不利がないように整えてある。


「へえ、なかなかおあつらえ向きじゃないか」


 ランディは練習場の様子を見て、満足げに言う。その言葉にロザリンは少しだけ腹立たし気に眉を上げて見せたが、ランディは気付きもしない。


「さて、道端の英雄様はどこに?」

「待たせたな、ランディ」


 ランディの後から練習場に入った拓真は、木でできた剣を持ち、胸部と腕を守る簡易的な木製の鎧をつけて現れた。振り向いて拓真と向き合ったランディは、出会った日と同じように心臓の位置に右手を置き、軽くお辞儀をした。


「君と戦うことができて光栄だよ。今話題の人物を倒せば、僕の名声も上がるからね」

「ああ、俺も光栄だよ。本当は戦いたくなんかないが、あんたを倒さなくちゃいけない理由ができたんでね」


 そう言って、拓真はロザリンへと軽く視線を向けた。ロザリンは緊張気味に頷き、拓真もそれに応える。

 観衆は、ロザリンだけではなかった。騒ぎを聞きつけて、ドルミナの町の住民も少しばかり見に来ているようだった。不安そうに見ている奥方もいれば、昼間から酒を飲んでどちらが勝つかなんて金を賭けている輩もいる。ランディについていた二人の男も、すっかり観衆に入り混じっているようだった。


「ランディさん、やっちまえー!」

「俺たちは見ていますよ」


 そんな掛け声が飛んでくると、ランディは呆れたように首を横に振った。


「すまないね、僕のツレが騒がしくて」

「別にいいさ。騒がしかろうがそうでなかろうが、関係ない」


 拓真は剣の柄を両手で握り、剣道と同じ構えをした。見たことのない構えと拓真の鋭い眼差しに、ランディは上げていた口角を真っすぐに直す。


「ふぅーん……噂通り、見覚えのない剣術を使うらしい……」

「ビビったなら、やめてもいいんだぜ」

「ふふっ、そんなことでやめるわけないだろ? 僕は僕が強いと知らしめるために、戦うんだから!」


 ランディは、一気に駆け出して拓真との距離を詰めてきた。その腰に差してあった細剣を手に取り、素早い一撃を繰り出す。


(これがロザリンの言っていた、ランディのスペシャルスキル? いや、それにしては目で追えるっ……!)


 なんとか横に避け、拓真は体勢を整える。一瞬の隙ができたランディの手の甲を狙い、拓真も一撃を放った。


「小手ええええっ!」


 だがランディもやはり只者ではない。拓真の一撃を見切ったランディは、すっと後ろへ引いた。空ぶった拓真の一撃は勢いがよく、そのまま地面を叩いて跳ね上がった。

 抉れた地面を見て、ランディは口笛を吹く。


「うわあ、すごい勢いだね。それで人攫いたちの首も抉ったのかい?」

「えぐっ……⁉ そ、そこまではしていない!」

「へえ、そこは噂と違うのか……じゃあ、これはどうかな?」


 ランディが鋭い突きを繰り出すと、それは衝撃波となって拓真に襲い掛かった。


「うおおおぉっ⁉」


 もろに正面から受けてしまった拓真は、その衝撃に弾き飛ばされ、ロザリンの足元に転んでしまった。ロザリンは慌ててタクマの後ろで膝をつき、その肩を抱いて起き上がらせた。


「タクマ、大丈夫⁉」

「だ、大丈夫だけどっ……あれがスペシャルスキルか⁉」

「ううん、あれは普通の攻撃に衝撃を乗せただけ……彼のスペシャルスキルは、こんなものではないはず!」

「じゃあ……まだいけるな!」


 やはり敵わないのではないかという不安がよぎるが、拓真は立ち上がる。ランディは余裕綽々といった様子で、拓真が戻ってくるのを待っていた。




 ――決闘の前まで、拓真とロザリンが何をしていたのかというと、基礎トレーニングなるものと、ロザリンの剣で対ランディ戦を想定して戦う練習を繰り返していた。

 拓真は以前の世界で行なっていた素振りや走り込み、筋力トレーニングをこなしていくと、自分のステータスが少しずつ上がっていくのを感じていた。実際、パネルで確認すると数値としても上がっており、自分が強くなっていることを実感できた。

 拓真のステータスで見えるのは、体力と精神力、そして防御力と運の四つのみ。残りの攻撃力、魔力、魔防力、素早さは数値化されていなかったが、見えないものをどうにかしようとは考えていなかった。なんせ、決闘はすぐそこまで迫っていたのだから。


「ランディのスペシャルスキルには気を付けた方がいいわ」


 ある時、訓練の休憩中にロザリンが言った。

 スペシャルスキル。拓真は、ロザリンと出会った日の戦いの中で、風の衝撃波のようなものを放った男が、そう叫んでいたのを覚えていた。


「スペシャルスキルって……危ないのか?」

「人によるけれど、基本的には攻撃として使う人が多いわ。この間の人攫いもそうだけど……使われたら終わり、という可能性が高いの」


 あの時ロザリンがいなければ、木っ端微塵になっていたのは間違いないと、あの風を思い出して拓真は身体を震わせた。ロザリンは水を飲み終わると、剣を持って言う。


「ランディのスペシャルスキルは、とにかく早いと噂よ。目で追えないほどの速度で剣を振るわれて、あっという間に切り刻まれてしまうそうなの」


 拓真の身体は、さらに震える。自分の身体が切り刻まれるなんて想像できないが、目の当たりにするときっと何もできなくなるだろうと、自分の身体を抱きしめた。


「そ、それは……どうしたらいいんだ? なんとかしてできなくさせるとか……」

「魔法を使えない限り、そういったことは無理ね。私が唯一思いつくのは……」




 拓真は、ランディの待つ練習場の中心にまで歩み寄った。


「ああ、やっと戻ってきたのかい。愛しのお嬢さんに最後の言葉は言い残せたかな?」


 小馬鹿にするような態度をとるランディを前に、拓真は足を上げた。ただ上げるのではなく、あえて土埃を上げるように、地面に足を擦り付けて蹴り上げたのだ。


「なっ……! 下手な小細工を!」


 すぐに剣を構え、土埃を払おうと手を振るランディ。土埃に隠れ、正面から来るであろう拓真を待つ構えだったが、見ていたランディの仲間である男が叫ぶ。


「ランディさん! 違う、前じゃねえ!」


 その声に気付いた時には、もう遅かった。ランディの右側から現れた拓真は、剣を持つ手を目掛けて、鋭い一撃を打つ。


「小手えええええっ!」


 拓真の張り上げた声と共に、ランディの手の甲が打たれる。


「スキルを使われる前に決着をつける。これしかないわ」


 作戦が成功したのを実感し、ロザリンはニヤリと微笑んだ。

 ガラン、と剣が地面に落ちる重い音がしたのは、そのすぐ後のことだった。

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