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―第六章 約束―

「あの放浪騎士ランディはね、最近剣術協会でも問題視されている人だったの。強いと噂を聞けば、すぐに噂された人のところに行って、決闘を申し込む。そして戦い、打ち勝ってはまた別の人のところへ行く……」


 剣術学校の案内が終わり、拓真とロザリンは食事室へ戻ってきていた。ロザリンがお茶を淹れ、飲みながらランディとの決闘についての話をしようと誘って来たのだ。その前に、ランディについて知っていることを教えるというので、ロザリンの話を聞いているところだった。


「それだけ聞くと、あんまり問題には感じないけど……」

「問題は勝った後なのよ……」


 ロザリンは深いため息をつき、お茶を飲む。小さな花びらが浮かぶお茶は甘い香りがするが、のど越しはさっぱりとして飲みやすいものだった。それを見つめながら、ロザリンは言う。


「自分は強い、どんな相手でもかかってこいってあちこちに喧嘩を売るものだから、その場は治安も悪くなるし、横柄な態度をとっていざこざも起こすしで……一応、注意喚起はしているんだけど、それでもね……」


 いわゆる、チンピラみたいなものかと、拓真は冷めた感情でランディ一味を思い出す。ぼんやりと記憶の隅に居る丸い体格の男と、やけに細長い男と、そして容姿端麗な青い髪の目立つ青年。特徴的なあの三人組は、なかなかに迷惑で厄介な存在のようだ。


「しかしそれでいて放浪騎士、なんて名乗っているんだな」


 騎士というのはもっと崇高な存在なのかと、拓真は勝手なイメージを持っていた。同意するように、ロザリンは呆れた笑みを浮かべながら頷いた。


「そうなの、騎士の風上にもおけないでしょう?」

「たしかに」

「だからね、そんなランディをライトフィールズ剣術学校代表という形で、あなたが打ち勝てば……」


 剣術学校としての箔もつく。そうして名声がつけば、剣術学校自体に興味を持つ人も増えるだろう。しかし、拓真にはまだ疑問点があった。


「それで学校の名前が広がるのはいいとしても……先生はどうするんだ? ロザリンは教えられないんだろう?」

「それなんだけど……」


 ロザリンは、お茶の入ったカップを握ると、見つめたまま動かなくなってしまった。チラチラと拓真を見てはいるが、言うのを躊躇っているように見える。

 まさか、と思いつつ、拓真は首を横に振る。


「いや……俺は……」

「経験値パネルを見せて」


 拓真が断りを入れる前に、ロザリンはパネルを要求する。自分が戦ったのは、ロザリンと出会ったあの日のみだ。まさかロザリンよりレベルが高いわけはないだろう、と拓真は思いつつ、ロザリンがやっていたように経験値パネルを呼び出す。

 ところがパネルは、拓真の期待を裏切ることになる。入手している経験値はやはり少ないようだが、剣の項目のレベルは、10と記載されていたのだ。


「はあ⁉ な、なんで……」

「やっぱり! あれだけの戦闘でここまで剣のレベルが上がるなんて……あなたは剣の才能があるんだわ!」


 剣、と言っても、拓真が学んでいたのは剣道だ。この世界の剣術とはわけが違う。どうにかロザリンを説得させようと、拓真はいろいろと理由を探す。


「お、俺は剣のことはわからないぞ……」

「それは嘘ね、私は確かに見たもの。私の知っている剣術ではないけれど、あなたは確かに剣術で戦っていた。それはこのパネルも証明している」

「でも、真剣……本物の剣は持ったことがない! 今まで竹刀……って伝わらないか。とにかく、偽物の剣しか使ったことがない!」

「だったら、これから学べばいいのよ。たった一回の戦闘でそこまで経験値を積めるなら、あなたならすぐに父と同じレベルに到達できると思うわ」


 パネルがある。実際に一緒に戦った経験がある。ロザリンを説得するのは無理だと悟った拓真だったが、もう一つだけ心配事があるのも兼ねて、言及する。


「俺があのランディとかいうやつに、勝てる保証はあるのか……? 実戦経験は、絶対にあいつの方がはるかに上だぞ⁉」


 決闘を申し込んできた時の、ランディの目。恐れもなく、かといって揶揄いがあるわけでもなかった、真っすぐに戦いを望む熱い視線。あんな目を持つ者に勝てるかと聞かれたら、剣道の試合の経験しかない拓真には、不安しかなかった。

 ましてや、おそらく竹刀といったものはないだろうし、仮にあったとしてもそれで戦ってくれるとは思えない。ランディが望んでいるのは、試合ではなく命を懸けた決闘なのだ。

 考えれば考えるほど、だんだんと不安と焦りが拓真に募る。なのに、どうしてロザリンは純真な瞳で拓真を見つめるのか。


「大丈夫」


 ロザリンはそう囁いた。


「大丈夫なわけがあるか! 何をもって大丈夫だっていうんだ⁉ 俺が死ぬかもしれないっていうのに!」

「大丈夫よ、落ち着いてタクマ」

「落ち着いていられるか! 大体、なんで俺が……」

「お願い」


 ロザリンの瞳に涙が溜まっていることに気付いた拓真は、荒げていた声を抑えた。いつの間にか立ち上がっていたことにも気付き、拓真は息を吐きながら再び椅子に座る。


「……すまん、大きな声を出したりして」

「ううん、私こそごめんなさい。そうよね、あなたはこの世界に来たばかりで、何もわからないのに……私こそあなたに求めすぎたわ。でも……」


 ロザリンは俯いた。その肩は、微かに震えている。


「父さんと、約束したの……父さんが帰ってくるまで、この学校は私が守る、って……」


 ロザリンの言葉に、拓真の心臓が強く打つ。

 これは何の因果なのだろう。まさに、神のいたずらなのか。そんなところまで同じなのかと、拓真は息を飲んだ。

 家族に託された場所。それを守ろうとしている者と、守りきれずに死んだ者。苦い経験を経てここに来た拓真は、ロザリンの事情がより他人事とは思えなくなってきた。

 しばしの静寂が、二人の間に流れた。ロザリンが涙を拭い、部屋に戻ろうと立ち上がる直前、拓真は言った。


「……わかったよ」

「……え?」


 拓真の声に、ロザリンは驚く。


「俺はライトフィールズ剣術学校の代表として……ランディの決闘を受ける」

「……いいの……?」

「ああ。ロザリンも大丈夫っていうからには、俺なら勝てる、って思ってくれているんだろ?」


 その言葉に、ロザリンは何度も頷いた。


「ええ……あなたの剣術は、他では見たことがない。ランディに通じるかは、確かに不安なところはあるけれど……でも、きっと勝てるって信じてる」

「なら、勝ってみせる。約束だ」


 拓真の言葉に、ロザリンの瞳からは涙が流れる。無理やり押し付けた希望を受け取ってもらえたという事実に、ロザリンは感謝するしかなかった。女性が泣いている場合、どうすればいいかわからなかった拓真はただおろおろとしているだけで、そんな様子にロザリンは笑う。


「ええ、約束!」


 夕闇が迫る中、二人は約束の硬い握手を交わす。そして迫る決闘の日までどうしていくのか、作戦を練り始めるのだった。

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