目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
―第五章 ライトフィールズ剣術学校―

「ようこそ、ライトフィールズ剣術学校へ! ここは王都認定騎士、アドルフ・ライトフィールズが民衆に剣を教えるために設立した学校です! 常に心に剣を持ち、精神を落ち着かせ、人間として強くなりましょう!」


 バッと両手を開いた笑顔のロザリンに、拓真は若干戸惑いつつも拍手を送った。それ以外の音は聞こえず、空を飛んでいく鳥の鳴き声が虚しく聞こえてくるだけ。薄く小さな拍手ではあったが、ロザリンは満足げに何度も頭を下げていた。


「ありがとう! 父はいつもこうして、見学に来ていた人たちに紹介をしていたの。まあ、冷やかしというか、父のこの口上を聞いて帰るだけの人も多かったんだけど……」

「わかりやすくていい紹介だと思うけどな。それに、個人的には……すごく共感できることもある」

「ありがとう、父が聞いたら喜ぶわ」


 人間として強くなる。そこの根幹は、剣道に通じるものがあると、拓真は一人で頷いていた。ロザリンの父親が帰ってきたら、いつか話をしてみたいものだと思っていると、ロザリンが部屋の紹介を始めてくれた。


「それでね、ここは大広間。基本の剣術練習は外でやるんだけど、できないときはここでするわ。集会を開くときも使ったりするの。入り口はすぐ正面で、常に解放しているわ」

「えっ、泥棒とかこないのか?」

「このドルミナの町で、そんなことをする人はいないわよ。まあ、さっきのランディとかいう放浪騎士みたいに、流れてここへやってくる人はわからないけど……基本的に泥棒が入ったことはないわ」


 ずいぶんと町の人たちに信頼を置いているようだ。そういえば、ロザリンと共に戦っていた人たちも、農民のような格好の人たちばかりだったと、拓真は思い返す。この学校に通っていた人たちなのだろうか。

 気になることはいろいろあるが、ロザリンが次の部屋を紹介すると言うので、拓真もついていくことにした。


「ここは着替え用の部屋よ。ここで防具を身に着けたり、汗をかいたら着替えたりするの。奥には水桶部屋もあるわ。あ、石鹸もちゃんと置いてあるんだから! すごいでしょ?」


 水桶部屋。つまるところ、浴室のようなものだろうか。日本に住んでいた拓真からすると、温かいお湯が出る方が嬉しいのだが、特に何も言わなかった。そもそも、風呂に入るという概念があるのかどうかすらわからない。石鹸が置いてあることを自慢しているあたり、日本とは風呂事情がだいぶ違うようだ。


「反対側の廊下は、来た道だからわかるわよね。途中に食事室があって、廊下の先の階段を上がれば私の家よ。タクマが寝ていたのは、昔の私の部屋。今は物置なんだけどね、また後で綺麗にしておくわ。それから……」


 ロザリンに導かれ、大広間の奥側の壁の中心にあるドアをくぐる。そこは外へ繋がっており、周りは木製の塀で囲われていた。塀で囲われた中庭のような場所には、案山子が数体立っており、それぞれ防具をつけたものや、藁がほつれてむき出しになっているものもあった。


「ここが剣術の基本練習場よ。ここにかけてある木の模造剣を使って、みんなで練習をするの」


 外に出てすぐに、木でできた剣が入れてある箱がある。その中の一つを手に取ってみると、よく使われていたのがわかるほどボロボロになっていた。


「すごいな、ぜひ練習風景を見てみたいものだけど……次はいつ頃、生徒さんが来るんだ?」

「いないわ」


 ロザリンの回答があまりにも早すぎて、拓真は一瞬、思考が停止してしまった。風が外の練習場を吹き抜けて、案山子が揺れる。そのうちの一つが、ばさりと音を立てて倒れてしまった。


「父が留守にして以来……生徒は減って、今や誰もいないわ……だって、剣を教えられる人がいないんだもの……」


 どこか遠くを見つめ、他人事のように言うロザリン。えっ、と短い声をあげ、拓真は先日戦っていたはずのロザリンの姿を思い返した。


「でも、ロザリンは剣を使えていただろ? 教えられるんじゃないのか?」

「……恥ずかしい話なんだけど、これを見て」


 そう言って、ロザリンは自分のパネルを表示させた。すい、と左側へ指を動かし、ステータスパネルでも、スキルパネルでもないものを表示させる。


「これは……経験値?」

「そう、これは経験値パネルと言って、これまでに獲得してきた経験値、会得した技術にそれぞれ割り振られた経験値やレベルを見せてくれているんだけど……ここを見て?」


 ロザリンが指を差す場所は、剣、と書かれていた。そのレベルは「15」と表示されている。


「剣のレベルが……15? これは低いのか? 高いのか?」

「私は剣を学んで、今年で10年目になるのだけど……低すぎるのよ。私より後に父から剣を習った人は簡単にレベル20とか、高い人で30にまで到達していたわ。レベルが低すぎて、私は誰にも剣を教えられないのよ」

「でも、この間の戦いでは全然強かったじゃないか! あの風? みたいなのも受け止めていたし……」

「それは私自身のレベルが彼らより高かったのと、防御、精神が強かったからね。あと、あの時はタクマが助けてくれたから……」


 なるほど、と納得したように見せるが、実のところ拓真はさほど理解していない。経験、というのは実際にあるとは思っていたが、こうして数値化して見えるものとは考えたことがなかったのだ。そして、その経験値とレベルという概念が、剣術を教えることに直結するということも。


(ますますゲームみたいな世界観だな……じいさんが買って来たゲーム、ちゃんとやっとけけばよかった……)


 拓真はRPGより、シューティングゲームの方が好きだった。直感的に動かして操作できるからシューティングが好きだったのだが、結局ゲーム自体にはそんなにのめり込まなかった。

 とにもかくにも、拓真はロザリンの置かれている状況が、死ぬ前の自分と非常に似ていると悟った。この調子では、おそらく――


「もしかして、この学校自体の存続も怪しいんじゃ……?」

「そうなの! よくわかったわね!」


 やはり、と拓真は頭を抱えた。どこまで経営が悪化しているのかはわからないが、生徒もいない、設備もボロボロといった状況では、長い間経営難であることには違いない。


(早いところ出て行って、ロザリンには自分の問題に向き合ってもらわないと)


 自分のように―ならないかもしれないが―なる前に。こんな状況なら自分の問題にロザリンを巻き込むわけにはいかないと、拓真は出ていくことを提案するために口を開く。


「なあ、ロザリン。俺……」

「それで、タクマにお願いがあって……」


 同時に口を開いたロザリン。はた、と視線を合わせるが、拓真が何を言わんとしているのか察したのか、ロザリンは無理やり先に声を張り上げた。


「ランディとの決闘を、ライトフィールズ剣術学校の代表として受けてほしいの!」


 予想外の提案に、拓真は目を見開いた。

 次から次へと問題が発生し、巻き込まれていく。果たして女神が望んだのはこういうことだったのかと、拓真はさらに疑問を渦巻かせるばかりだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?