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―第四章 それぞれの事情―

 放浪騎士ランディ。それが青い短髪の青年が名乗った名前だった。

 ランディはまた三日後にここに来ると言い残し、去っていった。拓真の返事も聞かずに。

 勝手気ままなランディの背を睨んだまま見送った後、拓真はロザリンへと振り返り、その手を掴んで引き起こしてやった。


「大丈夫か?」

「ええ、平気よ。ありがとうね、すぐに来てくれて」

「この間戦ったあいつらが、報復に来たのかと思って」

「それはないわ。彼らは王都に連れていかれたから。そんなことより……」

「ああ、大変なことになったな……決闘? を申し込むとか、いつの時代……」


 拓真は完全に呆れていたのだが、ロザリンは違った。改めてロザリンと向き合うと、ロザリンはとても好奇心溢れる目で拓真を見ていた。


「ロ、ロザリン?」

「ごめんねタクマ、私はとっても楽しみよ!」

「……なんで?」

「だって、あなたの実力が見れる機会だもの! あの時見せてくれた力を、今度はしっかりと見ることができるわ!」

「え、いや、俺は……」


 受けるつもりはないと言いたかったのだが、ロザリンは拓真の両手を握りしめ、目を輝かせている。


「早速準備しなくちゃね! 純粋な決闘だったら、きっと素直に技だけで戦うのだと思うけど……最低限の防具と武器は必要ね。そうだわ、タクマのパネルも確認しないと! パネルの確認はできそうかしら?」


 興奮状態であるロザリンは一人で様々な表情を見せ、なんだか楽しそうだ。そんなロザリンを見ていると、決闘をする気がないなんて、とても言えそうにない。

 うう、と項垂れつつも、拓真は先ほど部屋でやってみたように、宙を指で叩く。パネルは無事に出てきたようで、ロザリンは嬉しそうにパネルへと視線を向けた。


「なんだ、出せるんじゃない! ちょっと見させてもらうわ……ね……」


 拓真のパネルを見て、ロザリンは言葉を失ったようだった。何かいけなかったのだろうかと、拓真は不安に駆られる。だがロザリンは口元を手で押さえ、目を見開いてパネルを食いつくように見ている。


「……タクマ、スキルパネルを見せてくれる?」

「スキルパネル?」

「指を右に向かって動かしてみて。そうしたらパネルが変わるのよ」


 ロザリンの言う通りに、拓真は宙で指を右側へスライドさせるように動かす。パネルの表示は入れ替わり、ステータスの数値表示ではなく、スペシャルスキル、と書かれているものが出てきた。しかし、スペシャルスキルという項目には、何も書かれていない。


「スキルは未習得状態……ステータスは一部不明……いや、未知数? というべきなのかしら……それに経験値も、おそらくこの間戦った分の取得のみ……」


 ロザリンは、先ほどとは打って変わって、落ち着いた様子で拓真と向き合う。


「……タクマ。準備の前に、さっき部屋で話そうとしていたこと……それ以外にも、いろいろと聞いた方がよさそうね」


 その言葉に、拓真は頷く。


「そう、いろいろと聞いてほしいことと、聞きたいことが……」


 そこで、ぐぅうう、となんとも情けない音が聞こえてきた。それが自分の腹の虫だと気づいた拓真は、急激に恥ずかしくなってしまい、天井を見上げた。

 一瞬走っていた緊張は解けてしまい、ロザリンは大きく口を開けて笑う。


「そうよね! 五日間も寝ていたら、お腹だって減っちゃうわよね! まずは食事にしましょうか。食べながらいろいろと話しましょう」


 ロザリンの言葉に賛成し、拓真は鳴り続ける腹をさするのだった。




 ――ロザリンの手料理は、とても美味しいもので、食べられないものが出てきたらどうしようと思っていた拓真の不安を忘れさせた。


「う、うまい! うま……うますぎるっ!」

「そんなに慌てて食べないで大丈夫よ? おかわりだってまだまだあるんだから」


 ロザリンは上機嫌に、料理をどんどんテーブルへ並べていく。食事は拓真の生きていた現代日本で言うところの洋食のようなもので、パンに豆のスープ、焼いて香味料で味付けした肉、それから新鮮な野菜のサラダが出されていた。特に肉は肉汁がたっぷりで、香味料の香りも拓真の食欲を刺激する。食器は拓真の知っているものと同じような作りだったので、なんなく食事を進めることができた。

 がっついて食べる拓真を見ながら、ロザリンはクスクスと微笑む。


「嬉しいわ、口に合わなかったらどうしようかと思った」

「すごく美味しいよ! いくらでも食べられそうだ!」

「それならよかった。人にご飯を作るなんて、久しぶりだったし……」


 そう言われて、そういえば、と拓真は辺りを見回した。ダイニングにあたる部屋で食事をしているのだが、キッチンも広く、食事棚の中に見える食器も数名分あるように見える。

 目が覚めて出会ったのは、ランディを除けばロザリンのみ。こんなに広い建物なのに一人暮らしなのかと、拓真は祖父母が亡くなってから、一人で生きていた自分との姿を重ねた。


「ロザリンは……一人暮らしなのか? ご両親とか、兄妹とかは……」

「兄妹はいないわ。父はだいぶ前に隣の大陸の国……エルヴァントへ行ってから、帰ってこないの。母は数年前に、病に倒れて亡くなったわ」


 ぴたりと、拓真は食事の手を止めてしまった。口の中のパンと肉を同時に飲み込み、一息ついてからロザリンへと頭を下げる。


「……すまない、つらいことを聞いてしまって」

「ううん、大丈夫よ。母は仕方のないことだし、父はきっと帰ってくると思うし……私はあまり気にしてないから、タクマも気にしないでね」


 ニコっと笑うロザリンは、その言葉の通り気にしていないようだった。心の奥底ではどう思っているかわからないが、その笑顔は無理をして作っているものではなく、本当に笑っているように思える。


「タクマはどうなの? ご家族のことも記憶にない?」


 今度はロザリンからの問いに、拓真は悩みつつも答えた。


「どう話せばいいのか……俺にも家族はいたよ。ここに来る前、というべきなのか……両親は早々に亡くなったけど、大人になるまではじいさんとばあさんに育てられた。んで、二人が亡くなってからは、一人身だったな……」


 拓真の話に、ロザリンは悲し気に眉尻を下げる。


「私こそごめんなさい、あなたもつらかったのね」

「まあ、俺は気にしていないわけではないけど……ある程度、自分の中では踏ん切りをつけているから」

「そう……きっとそれが、あなたの強さにもなっているのね」


 果たして、それはどうだろうか。自分の中に疑念はあれど、拓真は頷くしかなかった。


「そうだといいんだけどな」

「大丈夫、きっとそうよ……ねえ、他にも聞いて大丈夫かしら?」


 ロザリンはフォークを置き、口元をクロスで拭いた。拓真はサラダを口へかき込みながらも頷く。


「あなたは一体、どこから来たの? 何者で、何を覚えているのか……教えて?」


 ロザリンの問いに、拓真は自分の中の情報と疑問を整理するためにも、一つ一つ丁寧に話した。まず前提として、自分はここではない世界で一度死んでいるということ。その後、自らを女神と名乗る女性によって、この世界に招かれたこと。気付けばロザリンと出会ったあの場にいたこと。自分の住んでいた世界とは違うことが、ここでは多すぎること。そして、この世界のことは全く何一つわからないということ。

 拓真の話を一通り聞いたロザリンは、どこか難しい表情をしていた。悩むように顎に手を当て、うーん、と唸っている。


「ど、どうしよう……思ったより難しいことが多すぎて……」

「まあ、そりゃそうだよな……」


 生まれ変わったとか、女神だとか、世界が違うとかどうとか、いっぺんに話してわかるわけがない。そもそもこんなことになるきっかけを作ったウェルファーナともう一度話ができればいいのだが、今のところ簡単にはいかなさそうだ。


「とりあえず、俺の話は置いといて……ロザリンのこと、というか、ここのことを教えてくれるか? さっきの広い部屋のこととか、俺が寝ていた部屋に案山子があったこととか……」


 話題を変えるために拓真は言う。事実、気になっていることに変わりはない。どうすればいいのかと二人で悩むより、今いる場所のことを知ったほうがよいのだろう。

 拓真の話に目をぐるぐると回していたロザリンは、パッと表情を変えて立ち上がった。


「そうね、まずは目の前のことから知っていきましょう! 来て、案内するわ!」


 ロザリンの勢いに気圧されたが、その元気の良さに、拓真はなんとなく救われた気になったのだった。

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