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第35話

 体中が、痛い。


 あの後僕たちは畠山さんと別れ、新幹線に乗って名古屋へと戻った。


 その日はあまりにも疲れたし、体中痛かったので、シャワーも浴びずに、半ば気絶するみたいにベッドに倒れこんでいた。


 けどもう、ロードワークに出る時間だ、そう思って立ち上がろうとすると


「だめ」


 僕の体を無理やりベッドへと引き戻したのは、一緒に寝ていたスゥの手だった。


「昨日の夜、高熱出したんだよ? 気づいてなかった?」


 驚くべきことというべきか当然というべきか、僕には一切の記憶がなかった。


「気、失っちゃってたんだよ。今日は、無理しない方がいいよ」


「けど」


「今日は、休むの」


 そういってスゥは、再び僕の腕を引っ張って、ベッドに引きずり倒した。


「九時くらいまでゆっくりベッドでぐだぐだして、それでだらだらと身支度をしよう」


「うん」


「それで、いつもみたく、朝ご飯ともお昼ご飯ともつかないような食事をしよう。そして、午後は本当に好き勝手なことをしよう」


「わかった」


 僕たちは一つの布団にくるまって、お互いを包み込むようにして再び目を閉じた。


―――


 僕たちは昼前に目を覚ました。


 僕は昨日かえってそのまま気を失ってしまったので、シャワーを浴びよう御服を脱いだら、体のあちこちに擦り傷や青あざが見えていた。


 気が付くと、僕の口の中は何か所も擦り切れていたようで、口の中もなんだか晴れて熱を持ってるみたいだった。


 その日僕たちは、名古屋を観光して回った。


 名古屋城を見たり、オアシス二十一っていうビルで、一緒にお茶なんかをした。


 その次の日は早起きをして、ゼファーに乗って熱田神宮とか動物園を巡った。


 その次の日は、ラムコークと缶ビールを片手に、一日中甲子園を見て、夜はケーブルテレビで古い映画を見続けた。


 その次の日も、またその次の日も、僕たちは息切れしそうなほどに、今やりたいと思いついたことを何でも実行した。


※※※※※


ホテルのカーテン越しに、さらさらという音に、僕は目を覚ます。

僕が体を動かした振動のせいか、スゥも同じく目を覚ましたようだ。


「ん、雨みたいだね」


 枕に頬をつけたまま、もごもごと口を動かしたスゥはゆっくりと立ち上がると、カーテンを開けて雨雲に曇る窓に手を当てた。


 僕はベッドに腰を掛けたままテレビのリモコンをつけ、枕元に転がっていたミネラルウォーターで喉を潤す。


 テレビでは明るい表情の女子アナウンサーが、全国的な大荒れの模様だと伝え、予定されていた甲子園の試合も順延になったと報じていた。


「今日は、もう何もできないみたいだね」


「やることは、あるよ」


 雨がガラスを叩く乾いた音と、テレビコマーシャルの音楽が、やけに大きく響いた。


「わんこくんには、やらなくちゃいけないことがあるはずだよ」


「いきなりどうしたの、スゥ」


「会わなくちゃいけない人がいるはずだから」


「何を言っているんだよ。僕には別に――」


「――言いたいことは、言わなくちゃダメ。会いたい人には、会わなくちゃダメ。それでウチら、ここまで来たんじゃん。今度はだから、わんこくんの番」


「スゥ」


「ごめんね、わんこくんが熱を出した時にバッグの中探したら、インナーポケットの中に入ってたの、見つけちゃったんだ」


 スゥは、リュックサックの中から一枚の封筒を取り出した。


「行こう、わんこくん。明日、雨が上がったら、お父さんのところに」

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