「モッチ!」
スゥの言葉は、夜でもなお人通りにぎやかな通りでひときわ大きく響き、その言葉に、タクシーから降りた一群の中の一人が振り向いた。
僕は転ばないように必死で体勢とゼファーを維持しながら、その瞬間を見つめる。
その人は何かを確かめるように大きく目を見開くと、急に大きな笑顔を浮かべた。
「スゥ」
その瞬間、その男の人がモトアキさんだ、スゥが北海道から捜し歩いてきた、スゥにとって一番大切な人なんだ、ということを知った。
その男の人、モトアキさんの胸元に、スゥは一目散に駆け込んでいく。
そのスゥの体をモトアキさんは抱きしめ、自分の肩口のスゥの頭を、いとおしそうに撫でた。
「よくここがわかったな」
顔を上げるスゥの頬に、モトアキさんは手を当てた。
「どうやってここまで来たんだ?」
するとスゥは、ゼファーを支えて立つ僕の方へ掌を差し出した。
「あの子。わんこくんが、東京からゼファーでのっけて来てくれたんだ」
モッチは、僕のところに近づいてきて、そして右手を差し出す。
僕は、少しバランスを崩しながらそれに答えた。
「サンキュな、えっと、わんこくんだっけか」
僕はフルフェイスを外し、小さくお辞儀をする。
「ゼファーか、俺も昔、乗ってたんだよね。てか君さ、どう見ても中学生だよね」
その言葉に、僕は何も返せなかった。
「一見、真面目そうに見えんのにさ、やるじゃん」
「ちょっと、わんこくんからかわないでよ」
そういってスゥは、後ろからモッチの腕を取った。
「そうそう、ウチにバイクの乗り方教えてくれたの、モッチなんだよ。間接的に、わんこくんの師匠ってことになるんじゃね」
僕は、そうだね、という代わりに笑顔を作った。
「そういえば、新しいバンド作ったなんて聞いてなかったし。それくらい言ってから出てっても、バチ当たらないんじゃね?」
ぷうと膨れたスゥの頬に、モッチは優しく微笑む。
「いったろ? 俺はビッグになるって。ビッグになってから、お前を迎えに行きたかったんだ」
するとモッチは、背後に待たせている人たちに顔を向けて笑う。
「こいつらさ、俺の仲間。今はちょうど休暇中だし、しばらく一緒に過ごそうと思うんだけど、いいかな」
するとその仲間たちは、何も言わずに微笑みを浮かべ、小さくうなずいた。
「実はさ、俺たち“ジェリーピース”、メジャーデビューが決まったんだ」
「え?」
スゥの目が、久しぶりに輝いた。
「本当に? 本当に、モッチがメジャーデビューできるの?」
「ああ。いまヴォーカルが休養で東京に一旦帰省しててさ。それが終わるまでは休養することになったから、今こうして俺らも休暇中ってわけさ」
そういうと、モトアキさんはスゥの背中に手をまわして、熱のこもった眼でスゥを見つめる。
「お前ら、どこ泊まってんの? せっかくだから、こっちのホテル泊まれよ。全部、俺が出してやるからさ」
―――
「すごーい」
ホテルの最上階の部屋に入るや否や、スゥは大きな声を上げた。
「ウチ、こんなすごいところに泊まるなんて初めてなんだけど」
そこは、そのホテルのスィートルーム、はしゃぐスゥを嬉しそうに見つめると、モッチは柔らかそうなソファーに腰を下ろし、ビールのプルトップを引く。
「今ちょっと大きめのプロダクションと契約しててさ、今はまだプロモーション期間中だけど、近いうちに大々的にデビューができることが決まったんだ」
「マジで? おめでとう! 夢がかなうんだね! ビッグになれるんだね!」
モトアキさんはビールを一口飲み、頷いた。
「それより、“グールズ”の連中は何か言ってたか?」
「ん、特に何も言ってなかったけど、ただモッチが急にいなくなって、みんなかなり混乱していたかな」
「そうか」
モッチはそういうと、笑顔を浮かべながら言った。
「実は、前々から俺だけプロダクションに誘われててさ。なんかあいつら裏切る見たいになっちゃうから、ずっと言えなかったんだよな。それに、プロデューサーが、俺らのことを“謎のバンド”として売り出したいから、絶対に身内に連絡するなよって言ってたからさ」
岡崎のクラブのオーナーが言っていたことを、僕は思い出した。
「けど成功したら、すぐにでもスゥに連絡しようと思ってた。今までお前にまで、何の連絡もできなくて悪かったな」
スゥは満面の笑みをたたえて首を振った。
するとモトアキさんは、スゥの肩に腕を絡ませ
「わんこくんも、座れよ」
その言葉に従い、ガラスのテーブルをはさんで、スゥとモッチの前に座った。
「ここまで悪かったな。大変だったろ」
いえ、ただ一言、僕はその言葉だけを返した。
それからモトアキさんは、何人かのバンドメンバーやサポートメンバー、プロダクションのスタッフたちを紹介してくれたが、僕の頭には何の印象も残さなかった。
モトアキさんたちが頼んだルームサービスで食事が運ばれると、パーティーが始まった。
僕もスパゲティやらサンドウィッチやらスパークリングワインやら、いろんなものを口にしたような記憶はあるけど、それ以上は記憶がない。