オーナーさんとのんちゃんに別れを告げた僕たちは、メンテナンスを終えてピカピカに磨き上げてもらったゼファーにまたがった。
目指すべきはバイクショップのオーナーの教えて売れた場所、岡崎市。
岡崎市に入った僕たちはホテルを取ると、夜を待って、バイクショップのオーナーから聞いたクラブに入る。
そういえば聞き込みばかりでクラブの中に入ることは初めてだったけど、派手な音楽に身を任せるのは、それほど悪い心地はしない。
その日はHIPHOPのイベントで、そこで僕たちは、ステージでライブを行ったラッパーたちと仲良くなった。
「“グールズ”? 俺ら一度、対番したことあるよ」
クラブの奥のソファーに座る僕たちに、ラッパーの一人がそう言った。
「ヴォーカルギターの、モトアキくんだっけ? 一緒にセッションしたこともあるし、すげーアガったの覚えてるわ。一緒に組んで、リンキンみたいなミクスチャーバンド作ろうなって話もしたことあんだよ」
「あー、多分そのころウチ、まだモッチと付き合ってなかった頃だ。マジ見たかったし」
「けどよ、本当にもったいねぇよな。あんないいバンドが解散するなんてよ」
DJをやっていた人が、少し悔しそうな表情でそう言った。
「あんたは、モトアキくんの恋人だったんだっけ。けどあの人、最近あんまいい噂聞かねぇぜ」
その言葉に、スゥの体は固まった。
「まあ、あんたのまえでいうことじゃねぇんだろうけどな。出世するためにバンドを捨てて、どんな手を使っても成り上がろうとしているっつうんだからよ」
「ま、仕方ねえだろ。アーティスト気取る限りは、売れ線作ってのし上がるっつうのは、ある意味当たり前なんだからよ。誰も、モトアキくんのこと責められねぇだろ」
スゥは、表情を変えないまま、僕の知らないカラフルなカクテルを一口飲んだ。
「そんな顔すんなって。モトアキくんは才能あっからよ、きっとあんたのために、ビッグになろうとしてるだけなんだよ。それよりさ、今のモトアキくんが本当に“ジェリーピース”ってバンドにいるってんなら、確かそんな名前のバンドが、ライブやるって話聞いてるぜ」
「え? マジ?」
「ああ、間違いないよ」
「マジサンキュ! じゃあウチら、モッチのだいぶ近くにいるってことだね」
なんだか、スゥの心の底からの笑顔を見るのはすごく久しぶりな感じがしたので、その時僕の心も一緒に高揚していた。
「っと、そうだ、あんたら、オーナーに会いたがってたよな? ちょうどオーナーいるからさ、紹介してやるよ。オーナーなら、モトアキくんのバンドが次どこでライブやるか、詳しく知ってんだろ」
「本当ですか?」
僕は思わず立ち上がってしまった。
「気難しい人だから、誰かの紹介じゃねえと絶対あってくんねぇけどさ、俺らと、チバくん、ほら、あんたらのゼファーメンテしたっつぅバイク屋のオーナー、その知り合いだっていえば大丈夫だろ」
―――
「帰れ」
僕たちの話を聞くや否や、その胡麻塩頭の気難しそうなおじいさんは、そう吐き捨てた。
「あんな下らないもんをやる連中の仲間に、かかわったことすら吐き気がするわ」
「モッチはそんな奴じゃない!」
スゥは怒鳴り、反論した。
「“グールズ”のライブ見たことある? そんな安っぽい奴が、あんなイケてる音楽、作れると思う? そんな話、信じないから!」
「だったらなんで、正々堂々音で勝負しねぇ。わざわざもったいつけたような演出なんか、必要ねぇだろうが」
ウィスキーグラスの中身を一気に飲み干し、苛立ったようにそれを机に叩きつけた。
「結局はでけぇレーベルのしかけに乗っかってるだけじゃねえか。レコードの売れない時代の新しいプロモーションなんだろうが、下らねぇんだよ。動画で売れるとか何とか流行ってるみたいだが、結局は裏では資本が流れてコントロールしている人間がいるってだけだろうが。俺はそんな奴、一ミリも信用するつもりはねぇよ」
「スゥ、もう行こう」
僕は、スゥの腕を指でつついた。
「あいつらが今どんな音楽やってるか、自分で確かめてみるんだな。一週間後に、名古屋でライブがある。そのあたりを、勝手に探してみるんだな」
僕の横で、ラッパーの人がすまなそうに小さく頭を下げる。
「あの、失礼しました」
―――
僕たちは駅前のホテルに戻り、ソファーに座って一息ついた。
「疲れたね、今日は」
「うん、そだね」
笑い顔はいつも通りのようだけど、明らかにいつものスゥではなかった。
「とにかくさ、モトアキさんが名古屋にいるのはわかったんだ。ゆっくり寝て、明日名古屋に付けるようにしよう。」
「うん。わんこくん、先にシャワー浴びてきなよ」
スゥに促されて先にシャワー帯び、一足先にベッドに寝転んだ。
そしてスゥがシャワーを浴びる音を聞こえないふりをして、目をつぶった。
すると僕の背中でどさりと、何かが落ちてきたような衝撃。
日に焼けた腕が、這うように僕の背中から、お腹の方に伸びてきて、僕を抱きかかえるような形になる。
「スゥ」
「お願い。今日は、ずっとこうしていて欲しいの」
僕の背中に、熱い吐息とともに言葉が響く。
「理由は聞かないで。だけど、今日はこうやって、誰かと触れ合っていたい気分なんだ。ダメかな。いやだったら、そう言ってくれればいいから」
「僕なら、気にしなくていいよ。君の好きなように、すればいい」
「ありがと」
スゥの言葉に、熱くリズムカルな呼吸が続いた。
その時僕は、スゥは僕よりいくらか背が高いけど、その肩は僕が思った以上に華奢であることに気が付いた。
僕より年上で喧嘩も強くて、何より美人だけど、この時だけは、ものすごくか弱くて、その腕を振りほどけばどこかに消え去ってしまうんじゃないかって思えてならなかった。
※※※※※
次の日僕たちは、昼過ぎに名古屋についた。
「じゃあ、この近くのホテルとかをしらみつぶしに探そう」
この大都市をしらみつぶしにする、自分で言っておいて途方もなく感じたけど、それでも、どこにいるか見当もつかない人間を探してここまで来たということを思えば、もうほとんどモッチを探し当てたかのような気分にすらなった。
僕たちはその店員に礼を言って頭を下げ、ゼファーを止めてあるところまで戻ってきた。
そしてゼファーを発車させようとしたとき
「待って!」
フルフェイスの僕の耳にも大きく響くほどに、スゥは怒鳴った。
「どうしたの」
「今、モッチがいた!」
スゥが指さしたのは一台のタクシーで、それはゆっくりと、僕達の目の前を通り過ぎようとしている。
疑うべくもない、スゥが言ってるなら、それは間違いないに決まってる。
僕はすぐにゼファーのアクセルをふかし、モッチが乗っているタクシーを追いかけた。
僕たちとタクシーの間に、何台かの自動車が挟まる。
何度か追い抜いて割り込もうとしたけれど、荷物を載せた、二人乗りのゼファーではそれもおぼつかず、なんとか見失わないようについていくのが精一杯だ。
名古屋駅周辺を出て、どれくらいたっただろうか、何度もタクシーを見失いそうになり、スゥの指示に従いながら、必死の思いでついていく。
するとタクシーは、名古屋駅から少し離れた、とある大きなホテルの前で止まる。
そこから数人の男女が姿を見せる。
僕は、ゼファーがひっくり返るんじゃないかってくらいの急ブレーキを踏み、それと同時に、スゥが飛び出すようにタンデムシートから飛び降りた。
「モッチ!」