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第23話

 僕が目を覚ますと、バスルームからさらさらという音が聞こえる。


 スゥがシャワーを浴びているんだろう。


 やっぱり疲れていたんだろう、僕は夢を見る間もなく、朝を迎えていた。


 僕はぼんやりとした頭を抱えながら、日課になっていた筋トレと、シャドウをこなした。


「おはよ」


 バスルームから出てきたスゥは、バスタオルを一枚体に巻き付けた、目のやり場に困るような姿だった。


「汗ぐっしょりじゃん。わんこくんも、シャワー浴びたら」


―――


 シャワーを浴びた後、僕たちはチケットを持って一階のレストランでモーニングを食べる。


 だけどスゥは朝ごはんに手をつけるでもなく、コーヒーカップに指をかけてぼんやりと外を眺めていた。


―――


 その後も、僕たちはほとんど口を聞くことなく、周囲に重苦し空気を身にまとったまま、西へと向けてゼファーを走らせる。


 右手に大きな富士山が見えたけど、それに感動する間もなく、とにかくこの空気を置き去りにしたかった僕は、ゼファーのアクセルを強く吹かす。


「止まって!」


 その叫び声と僕の背中を叩く感触に、僕はブレーキを絞る。


 スゥはゼファーを降りると、目の前にある看板を指差した。


「ここ。ここに行こう」


―――


 そこはまるで、巨大な遊泳浄化、もしくは水族館のようだった。


「あっついなあ。近くに水辺があると、照り返しマジやばいし」


 巨大なプールの水面が、ぎらぎらとした夏の太陽を照り返す。


「どうしたの急に」


 その看板に書かれた文字は、“ボートレース浜名湖”。


「生まれ変わらせるの、このお金を」


 ヘルメットを脱いだスゥは、眩しそうに晴天に手をかざす。


「生まれ変わらせるって、もしかして――」


「――賭けるの。昨日置き引きしたあのお金を、全部」


「もしかして、僕が昨日言ったことが――」


「――この旅に、後ろめたいところなんて、何一つあっちゃだめなんでしょ?」


 その強い言葉に促されるように、僕もうなずく。


「ウチらが賭けに負けたら、このお金は全部消えて元に戻って、この旅はおしまい。だけど賭けに勝ったら、七万円は寄付して、それ以外は私たちの旅を続ける資金にする。これでどう?」


 その表情とその態度にスゥの覚悟を感じた僕は、強く頷いた。


―――


「ねえスゥ、スゥはボートレース詳しいの」


「んー、ウチ北海道出身だから競馬は少しくらい知ってるけど、ボートレースはよくわかんない。けど、システム自体は同じじゃね?」


 僕たちは舟券売り場の前で、その日の出走予定を確認する。


「この予定表だと、あと一時間後にレースが開始されるね」


 僕は頭上の電光掲示板を指さして言った。


「なんだボウズ、競艇場でデートか?」


 その声の方向を僕が振り向くと、一人の老人が立っていた。


「競馬場でデートなんてのは最近よく聞くけど、競艇場でデートなんてなかなか通ずらぁ」


 色あせたデニムとしわのよったポロシャツ、どこのメーカーかわからないキャップをかぶったそのおじいさんは、新聞を片手に隙間の多い歯の笑顔を見せた。


「デートとか、そういうんじゃないんです」


「照れるなって。あんたの顔を見ればわかるらぁ」


「ちょっと、わんこくんからかうなし」


 ぼくとそのおじいさんの間に、スゥが割って入った。


「これからウチたちは、人生をかけた大勝負をするんだからさ。そんなデートとか、悠長なこと言ってらんないの」


「競艇にィ? 人生かけるゥ?」


 スゥのその言葉におじいさんは目をまん丸くすると、たくさんの抜けが見える歯をむき出しにして笑った。


「あんたら、まだ若ぇのにおもしれえこというずらぁ」


「いろいろ理由があんのよ、うちらにも。とにかく負けらんない戦いなの」


 するとおじいさんは、僕達の顔をまじまじと確認する。


「あんたらよく見たら、高校生くらいらぁ。舟券なんて、買えねえよ」


「あの、やっぱりわかりますか」


「そうずら。ばれるとこれがなかなか、面倒くさいよ」


「あの」


 僕は思い切って、おじいさんに切り出した。


―――


「二―五―三の三連単に七万円? 本当にそれでいいずら?」


「はい」


 僕は頷いた。


「ちゃんと周回展示みた? 掛け率は十二.三倍、どう考えても穴番、はっきり言って無謀ずら」


「それでもいいんです」


 僕はお爺さんに頭を下げた。


「僕たちのお金に、掛け率とか儲けとか、そういうのを考えちゃだめなんです。僕の頭に浮かんだ適当な数の組み合わせ、それに全財産をかける、そのために、僕達はここに来たんです」


「わんこくんのいうとおりだよ、おじいさん」


 スゥも、言葉を付け加えた。


「わんこくんの数字にかけるってウチたちは決めたんだ。だからおじいさん、その番号を、ウチらに代わって買ってきて」


 おじいさんはほんの少しあきれた表情を見せる。


「金をどぶに捨てるようなもんずら。本当に、覚悟はいいずら?」


 僕とスゥは、力強くうなずいた。

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