ぶるっという自分自身の体の震えと、節々の痛みに僕は目を覚ます。
どうやら、昨日はそのまま眠ってしまったようだ。
首筋から背中が張り、頭の右側の部分が強張る。
僕は起き上がり体の泥を払って両手で頬をはる。
僕はタンクトップをきちんとデニムにしまい込み、パーカーのファスナーをしっかりと閉めてフードをかぶった。
寒くてたまらない僕は、体を温めようといつも通りのロードワークに出る。
湖畔の朝の空気は想像以上に冷たく、僕の皮膚をざらざらと撫でる。
僕は頭を振って、いつも以上にペースを上げて足を回転させる。
右わき腹がきりきりしだすころ、ようやく額に、うっすらとだけ汗が染みてくる。
「ん、おはよ。早いじゃん」
テントから出てきたスゥは、僕を見るなり
「ちょっと、どうしたん?」
ロードワークから帰ってきた僕を見たスゥは、朝食の準備の手を止める。
「ねえちょっとわんこくん、顔色おかしいよ」
そういってスゥは僕の額に手を当てようとするが
「あ、だめだよ。汗ばんでるから汚いよ」
そういって僕は、スゥの手を払った。
「ごめん、だけど、全然心配ないから」
「ちょっと、手ぇめちゃくちゃ熱いし。なんか、やばくね?」
「走ってきたからだよ。そんな、気にする必要ないから」
そういって僕はゼファーの上で乾かしていたタオルで体をふく。
タオルが思のほか暖かく感じられ、ほんの少しだけ心地よさを感じた。
そして、ペットボトルから水分を補給する。
「さ、早くご飯食べよ。沼津市まで、早くいかなくちゃね。汗流してくるから、ご飯の支度しておいてもらえるかな」
僕は近くの水飲み場で汗を流すと、背中や腰にひりひりとしたものが走る。
僕がテントまで戻ると、スゥは固形燃料に火をつけ、鉄板の上でパンを温めていた。
僕はキュウリをスライスし、ツナ缶の油をきってマヨネーズをかけ、パンの上に乗せる。
その即席のツナトーストを、二人で食べて、その後コーヒーを飲む。
結構塩味が強い味付けのはずなのに、なんだか口の中がマヒしたようになって、何の味も感じなかった。
すでに雨は上がり、真夏の太陽は箱根の峠のアスファルトを完全に乾かしていた。
峠の上りを越えた後は、ゼファーは軽やかに下り道を行く。
左手に潮の香りを感じるころ、僕達は沼津市に入ったことを確認した。
沼津市は、思ったよりもずっと大きな街だった。
―――
太陽は残酷だ。
夏の日差しとアスファルトの照り返しがあれば体はすぐ温まるかと思ったけど、体中の悪寒は消えず、だけど猛烈な日差しは相変わらず僕の体を痛めつける。
赤信号で停車した時、スゥが僕のフルフェイスのメットをこんこんと叩く。
「もうしばらくしたら、公園があるよ。そこでちょっと、休憩しよう」
―――
沼津市街地の公園、僕はゼファーを停車させると、一目散にトイレに駆け込んだ。
体の中のものをすべて排泄し終わっても、胃とお腹の違和感がぬぐえない。
まるで内臓が溶け出して水にでもなったみたいだった。
―――
「やっぱりわんこくん、普通じゃないし」
トイレから出てきた僕の肩を強引につかむようにして、スゥは抱えた。
「ゼファーの後ろでしがみついてたわんこくんの体、めちゃくちゃ熱かったし。どう考えても体調悪いっしょ」
そういって、また僕の額に手を当てる。
「今日はもう休も? これ以上ゼファー乗ってたら、事故るし。何より、わんこくんやばいし」
スゥは僕を駐車場の縁石に座らせると、道の駅の脇の芝生にテントを組み、僕の肩を抱いて、テントの中にゆっくりと身を横たえさせた。
スゥは僕の、汗でぐっしょりと濡れたパーカーを脱がせ、それを枕にして、僕のカラダにはタオルケットをかける。
「旅の疲れが出たんだよ」
僕の体の汗を拭き、道の駅の水道で濡らしたタオルを、スゥは僕の額に乗せてくれた。
「ウチも、旅に出てから一度だけ熱を出したことがあるし。普段の生活に体が慣れてるから、急に環境変わると、体がついてくなるんじゃね?」
「ごめんね、心配かけて」
「そういうのは、言いっこなし。とにかく、今日はゆっくりしな」
スゥは僕の首筋に手を当てると、しばし考え、スゥの大きなリュックの中をまさぐる。
「ほら、ちょっと体起こしてみ」
スゥは僕の状態を起こすと、手に持った小さなプラスチック製の箱を開けた。
「これ、家から持ってきたんだ。痛み止めとか、睡眠導入剤とかいろいろ、何かあったとき用のためになんだけど」
それは、ピルケースだった。
「痛み止め。これ飲んどけば、とにかく熱は下がるから。体の痛みとか軽くなるし」
そういってスゥは、僕の口の中に二錠ピルをいれ、ミネラルウォーターを口に含ませた。
「ふぁりがと」
ピルとミネラルウォーターで口をふさがれた僕は、もごもごとお礼を言った。
そして再び、ゆっくりと体を横たえる。
目の裏側を押し付けるような痛みが、少しずつ痺れに代わり、いつの間にかそのこわばりが緩んでいく。
氷をつかんでいるみたいだった背筋が、ちょっとずつ温まっていく。
「おやすみなさい」
スゥの言葉の優しさに、僕の意識はだんだんと遠のいていった――